ネザリア、国として動き出す
第19話です。
宜しくお願い致します。
塔が崩れ落ちてから、まだ多くの日数は経っていない。
だというのに――ネザリアの谷には、見慣れぬ魔族の姿が増え続けていた。
「おい……あれが、塔をぶっ壊した魔王だってよ」
「本当にいたんだな、“世界を壊す”って言うイカれた魔王が」
「イカれてるが……悪くねぇ。
塔が壊れてから、体が軽い軽い……久しぶりに“血が巡ってる”感じがするぜ」
岩肌に耳を立てた獣人系の魔族、
皮膚に紋様が浮かぶ魔族、
角の形状も瞳の色もバラバラな者たち。
本来なら互いに距離を取り、群れることを嫌うはずの魔族たちが――
一つの谷に集まり、ざわめき、期待と警戒の入り混じった視線を、中央に立つ男へ向けていた。
マラン=タン=リース。
異世界から来た“エラー”の魔王。
かつて十数人だったネザリアの民は、
いまや百名近くにまで膨れ上がっている。
谷の中央、即席の広場のような場所に、魔族たちがぐるりと円を描いて集まっていた。
その視線を一身に受け、マランは少しだけ肩を回す。
(……人前で長々喋るのは、正直あまり好きじゃないんだがな)
心の中でぼやきつつも、目は真剣だった。
隣にはザナド、少し後方にはフェロー、マニア、シェリー、そしてアークレイドが控えている。
アークレイドはまだ、どこか落ち着かない表情で、周囲の魔族の視線を受け止めきれていない。
「静かにしろー!」
先に声を張り上げたのはフェローだった。
バカでかい胸板から放たれる声はよく通る。
一声でざわざわが半分ほど収まり、もう一声で完全に静まり返った。
「マラン様がお話なさる! 耳かっぽじって聞きやがれ!」
「お父さん、言い方!」
マニアが横から小声でツッコむが、もう遅い。
注目は完全にマランへ向けられていた。
マランはひとつ息を吐き、口を開く。
「……さて」
紅と黒の光を宿した瞳が、集まった魔族たちをゆっくりと見渡した。
「まずは一つ。
よく来たな、“ネザリア”へ」
その一言で、場の空気がわずかに和らぐ。
誰も歓迎されるとは思っていなかったのだ。
「勘違いするな。
俺はお前たちを“救いに来た英雄”じゃない」
その続きに、数人の魔族が顔をしかめる。
「この世界が気に入らないから、壊しに来ただけだ。
その過程で、お前たちが“利用価値のある仲間”になりそうだから、呼んだだけだ」
あくまで淡々と、魔王らしい台詞。
だが、その声には嘘は一切含まれていない。
むしろその誠実さに、魔族たちは逆に安心していた。
「ただ――俺には、世界を壊したその先に、作りたいものがある」
マランの声音が、少しだけ熱を帯びる。
「誰も奴隷にならない世界。
“種族”で上下が決まらない世界。
それを作るために、“国”ってやつが必要になった」
ネザリアの名が、霧のように広場に染み渡っていく。
「だから、ここを一つの国として動かす。
名前は――すでに決めてある」
静かに告げる。
「魔族の国ネザリア。
ここにいるやつらは、その“最初の民”だ」
魔族たちは互いの顔を見合わせた。
誇らしさ、照れ臭さ、半信半疑……色々混じった表情。
そのざわめきが落ち着くのを待って、マランは続けた。
「国として動く以上、好き勝手に暴れられると困る。
だから――いくつか“約束事”を作る」
ざわ、と一瞬緊張が走る。
マランは指を三本、立てた。
「一つ。仲間内で争わないこと」
ざわ……。
魔族の性質上、喧嘩や小競り合いは日常茶飯事だ。
思わず何人かの眉がぴくりと跳ねる。
「もちろん、口喧嘩や軽い殴り合いまで禁止する気はない。
ただ、“仲間を殺す”のは論外だ」
何人かの魔族が、ほっとした顔になる。
「二つ。ネザリアの外で、他種族を無闇に襲わないこと」
ここで、露骨に顔をしかめる者もいた。
「……ただし、例外が一つある」
マランは口の端を、ほんの少しだけ吊り上げる。
「“先に襲ってくる人族”は、例外だ」
魔族たちの口元に、同じような笑みが浮かんだ。
「あいつらは自分から喧嘩を売ってくる。
なら、買えばいい。
ただし、“ネザリアの名”を汚すような真似だけはするな」
少し間を置き――最後の一本の指を立てる。
「三つ。――常に考えること」
魔族たちが首を傾げる。
「力に頼るのは悪くない。
だが、力だけでどうにかなる時代は、もうとっくに終わってる」
マランは、自分がいた世界を思い出す。
AI、塔、システム、人間を家畜にする構造。
「何も考えずに暴れれば、そのうちまた“塔”みたいなものを誰かが作る。
そういうものを壊し続けるのは、正直面倒だ」
くす、とマニアが笑った。
シェリーは口元に手を当てて、色っぽく肩を震わせる。
「だから、お前らには考えてほしい。
自分の行動が、ネザリアにとって得か損か。
この世界を“よりマシに壊す”ために必要かどうか」
マランは、静かに結ぶ。
「この三つを守れるなら――ネザリアの一員だ。
守れないなら、出ていけ」
一瞬の静寂。
次の瞬間、ガハハ、と誰かが笑い、あちこちから賛同の声が上がった。
「上等だ!」
「おもしれぇ! いいじゃねぇか!」
「私、元々群れるの好きじゃなかったけど……
この程度の縛りなら、悪くないかもね」
ざわめきは、いつしか高揚へと変わっていく。
ネザリアという名の下に、バラバラだった魔族たちが、少しずつ一つの方向を向き始めていた。
◆ ◇ ◆
「……さて。約束事も決めたところで」
マランは少し姿勢を崩し、今度は近くに控えていた仲間たちへ視線を向けた。
「次は“役割”だな」
ザナドが一歩前に出る。
「マラン様。役職を?」
「国として動く以上、俺一人で全部見るわけにもいかない。
信頼できる手が必要だ」
マランは、まずザナドを見た。
「ザナド=リース」
「はい」
「お前を、俺の“側近”の一人とする」
広場が一瞬、ざわめいた。
ザナドは少し目を見開き、すぐに片膝をついた。
「……過分なお言葉。
この身、この心、この魂――すべて、マラン様にお預けいたします」
「固いな」
マランは苦笑する。
「お前は考えるのが得意だ。
それに……回復と分析の能力は、国を運営する上でも重要になる」
ザナドは深く一礼した。
次に、マランの視線はシェリーへ向かう。
「シェリー」
「あら、やっと私の番?」
シェリーは腰に手を当て、色っぽく笑う。
白銀の甲殻が光を反射し、そのギャップが妙に目を引いた。
「お前も側近だ。
戦力としても、情報収集や裏の仕事にも向いている」
「ふふっ。
マラン様の“側”にいられるなら、役職なんて何でもいいですけれど――」
シェリーはわざとらしくウインクする。
「側近、承りました。
命じられれば、どこへでも、誰とでも踊ってきますわ」
マランは軽く肩をすくめた。
「マニア」
「は、はいっ!」
突然名前を呼ばれ、マニアはビクッと肩を跳ねさせる。
「お前は――ネザリアの料理長だ」
「えっ」
一拍置いて、マニアの目がぱぁっと輝いた。
「ほ、本当に!? 私が……!?」
「お前の料理はうまい。
それに――」
マランはちらりと周囲の魔族たちを見る。
「この人数を養うには、相当な工夫がいる。
食は、国の基盤だからな」
「……っ、が、頑張る!!」
マニアは拳を握りしめる。
「みんなが“今日も生きてて良かった”って思えるご飯、いっぱい作るから!!」
フェローが、感極まったように鼻の奥を鳴らした。
「ああ……うちの娘、最高だろ……?」
「はいはい、お父さん落ち着いて」
マランは、そんな親バカを軽くスルーしつつ、フェローへ視線を向ける。
「フェロー」
「おう!」
フェローは胸を張って一歩前へ出た。
「お前は――ネザリアの警備長だ」
「……!」
一瞬の沈黙の後、フェローの顔に大きな笑みが浮かんだ。
「その任、確かに預かった!!
この腕、この筋肉、この拳で――ネザリアに手ぇ出すバカは全部ぶっ飛ばしてやる!!」
「やめときなさいよ、筋肉自慢」
シェリーがくすくす笑う。
「でも、頼もしいわ。
ネザリアの門番がひょろひょろじゃ、絵にならないものね」
「門番じゃねぇ! 警備長だ!」
「はいはい」
周囲からも笑いが漏れる。
最後に、マランは少し間をおいてから、視線をアークレイドに向けた。
「アークレイド」
「……はい」
かつては人族側の騎士。
今は、塔の戦いで命を落とし、マランによって悪魔として再構築された男。
だが――その立ち位置は、まだ曖昧だ。
「お前の役職は――保留だ」
アークレイドの眉が、かすかに動いた。
「……当然かと」
その声には、納得と、わずかな悔しさが混ざっていた。
「お前がやってきたことは重い。
いきなり“仲間だ!”と言って受け入れられるほど、この世界もネザリアも甘くはない」
フェローが腕を組み、じっとアークレイドを見つめている。
マニアも、きゅっと唇を噛みしめていた。
「だが、お前には“償う機会”を与える。
それをどう使うかは、お前次第だ」
アークレイドは、ゆっくりと膝をついた。
「……マラン殿。
この命、すでに一度失ったものです。
今度こそ、正しく使い切ると誓いましょう」
マランは頷いた。
「――さて」
役割の割り振りが一通り終わったところで、マランは改めて空を見上げる。
ネザリアの上空は、以前よりも明るくなっていた。
塔の瘴気が薄れた分、陽光が降り注ぐ時間も増えている。
(……だが、このままじゃ、その陽の下で飢えるだけだな)
百名近い魔族。
この人数を、今までの狩りの感覚だけで養っていくのは、もはや不可能だ。
「――どうしたものか」
マランが小さく呟くと、すぐ隣でザナドが口を開いた。
「……もしよろしければ、提案が一つ」
「聞こう」
ザナドは、谷の周囲の森を見やりながら言う。
「この谷は自然に恵まれています。
しかし、私たちは“魔族”であって、“農民”ではありません。
ここから大規模な畑を作り、継続的に運営していくには――」
「専門家が要る、ってことだな」
マランはすぐに続きを言い当てた。
「はい。
精霊族です」
ざわり、と周囲の空気が揺れた。
「精霊族は、自然と共に生きる種族。
土と水と風、あらゆる生命と対話し、
大地を育てることにかけては、世界で最も優れています」
ザナドの視線が、マランへと戻る。
「彼らと手を結び、“農作物の技術と供給”を得る代わりに――
精霊族を弱体化させている塔を、我々が破壊する」
周りの魔族たちが息を呑む。
「……一石二鳥ってやつか」
マランは口元だけで笑った。
「精霊族にとっては、自分たちを縛る塔が壊れ、
こちらは食料と知識を得られる。
悪くない取引だ」
「もちろん、外交でこじれる可能性もありますが……
少なくとも交渉の余地はあるはずです」
ザナドは深く頷く。
「魔族が“正面から頼みに行く”というのは、前例がほぼありません。
だからこそ、意味があると思います」
マランは少しだけ空を見上げ、すぐに皆へ向き直った。
「――よし。精霊族の元へ行く」
短く、しかし力強い宣言。
「メンバーは俺、ザナド、シェリー、マニア……」
そこでマランは一瞬だけ視線を横へ流し、アークレイドを見る。
「それと、アークレイド」
「……私も、ですか」
「お前には、“人族側の事情”を知る者として同行してもらう」
あちこちで小さなどよめきが上がる。
「精霊族が最も嫌っているのは、“人族のやり方”だ。
その象徴であるお前を連れていくのは、リスクでもあり――カードでもある」
アークレイドは、しばし黙考した後、静かに頷いた。
「……お好きに使ってください」
マランは満足気に頷き、その視線をフェローへと移す。
「フェロー」
「おう!」
「お前には、ネザリアの留守を任せる」
フェローの表情が、ピシッと真面目なものに変わった。
「……任された」
「塔を壊したことで、ここが標的になる可能性もある。
その間、ここを守れるのは――お前しかいない」
フェローは拳を握り締め、胸に当てた。
「この命にかけて。
マラン様が帰ってくる場所、ネザリアを絶対に守り通す」
マニアが横から、にっと笑う。
「じゃあお父さん、ちゃんと野菜も食べて待っててね」
「お、おぉ……!」
「変なやつ入れないでよ?」
「い、今ここにいるのもだいぶ変なやつばっかだと思うんだが……」
笑いが起こる。
「準備が整い次第、出発する。
ネザリアはここから、“世界”と関わり始める」
マランの宣言に――
ネザリアの魔族たちは、それぞれの胸に期待と不安を混ぜ合わせながら、新しい国の“動き出し”を感じていた。
ここに来てすいません、
サブタイトル入れさせて頂きました。
宜しくお願い致します。




