世界が震えた日
第18話です。
宜しくお願い致します。
その報せは、世界中を駆け巡った。
――魔族を弱体化していた塔のひとつが、破壊された。
それは、数百年揺るがなかった“前提”が崩れたということだった。
◆ ◇ ◆
ガザリア王国・王城。
金や宝石でこれでもかと飾り立てられた玉座の間で、ひときわ下品な怒号が響き渡った。
「なぁにぃいぃぃ!? 塔が壊されたじゃとォ!?」
玉座でだらしなく寝そべっていた巨体が、ぶるん、と揺れる。
丸々と太った体。
脂ぎった頬。
幾重にも顎を重ね、指先には山ほどの宝石の指輪。
その男こそ――
ガザリア王国国王、
ギャラン=ゴウ=ダークである。
彼は怒りに顔を真っ赤に染め、手にしていた骨付き肉を床に叩きつけた。
「なぜだッ!! なぜ我が“魔族抑制の塔”が壊れる!!
塔は絶対だろうが!! 我ら人族の“神の鎖”だろうが!!」
震える声で報告した官僚風の人族が、床に額を擦り付けた。
「も、申し訳ございません、ギャラン王ッ……!
報告によりますと、魔族の一団と――“魔王”を名乗る存在が……!」
「魔王じゃとォ!? 前の腑抜け共の仲間か!?」
ギャラン王は椅子を蹴立てて立ち上がる。
「どうせまた塔の前では震え上がる腰抜け共じゃ! なのになぜ壊せるッ!!?」
その怒声を、冷たい声が静かに遮った。
「――陛下」
玉座の間の中央、赤い絨毯の上に、白銀の騎士が跪いていた。
純白のマント。
よく鍛えられた長身。
氷のように冷たい瞳。
純血騎士団団長、
《第1席》 セイヴァー=ヘルマンである。
「魔族抑制塔の崩壊――この一件、軽視はできません。
報告によれば、塔の防衛機構と配備兵力、さらに“実験体ドレッドハウンド”をも突破されている」
「なァにが“実験体”じゃ!! あれにどれだけ金を投じたと思うておる!!」
ギャラン王は床を踏み鳴らした。
「それに――アークレイドとか言うのも死んだのじゃろうが!!
あのグランハイトの犬め、塔の前を守らせておけばいいものを、何をしておる!!」
セイヴァーの眉がかすかに動く。
「アークレイドは、グランハイト殿の直属の部隊長。
確かに、あの男を失ったことは損失です」
しかし、とセイヴァーは続けた。
「それ以上に問題なのは――
“塔の直下で、まったく弱体化していない魔族がいた”という点です」
玉座の間の空気が、少し冷えた。
「ど、どういう意味じゃ、セイヴァー」
「報告をまとめるに、塔の半径内で魔族は著しく力を削がれていたはずです。
ですが、その魔王マラン=タン=リースと名乗る個体だけは――
塔の真下で、高位純血騎士団クラスを圧倒し、塔を破壊した」
セイヴァーは淡々と言葉を重ねた。
「すなわち、塔の弱体化に“例外”が発生した、ということです」
「例外など認めん!!」
ギャラン王が吠える。
「我は人族、世界の頂点じゃ!
魔族は弱り、他種族はひれ伏し、我が肉と酒と玩具を差し出せば良いのじゃ!!
その前提を壊す奴など、いてはならん!!」
唾を飛ばしながら叫ぶ様は、まさに欲に塗れた豚そのものだった。
「セイヴァー!!」
ギャラン王は指を突きつける。
「純血聖騎士団を使え!
あの魔王とやらを八つ裂きにしろ!!
塔を壊した報いを、身に刻ませてやれ!!」
セイヴァーは静かに頭を垂れる。
「御意。
純血騎士団《十傑》に命を伝えます。
各塔の防衛強化と――“魔王マラン”の殲滅を」
その瞳には、冷たい光が宿っていた。
(……魔王マラン=タン=リース。
塔の枠外にいる“異物”……か)
セイヴァーは心の中で、その名を一度だけ繰り返した。
◆ ◇ ◆
しばらくして。
純血騎士団本拠の地下神殿に、淡い光の輪が次々と浮かび上がった。
魔導通信陣だ。
円陣の中央にセイヴァーが立ち、その周囲の光の中に、十人の姿が映し出される。
――純血騎士団《十傑》。
だが今回は、全員がこの場にいるわけではない。
各地、各塔に散っている者たちと、光越しに繋がっているに過ぎない。
「全員、聞こえているな」
セイヴァーの低い声が、空間全体に響いた。
最初に応じたのは、荒々しい笑い声だった。
「ハッ! 聞こえてるぜ、団長サマよ!」
巨大な槍を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべる男。
《第2席》 グランハイト=ヴォルツ。
「で? アークレイドがやられた、って話は本当かよ。
あいつ、俺の隊の中じゃまだマシな方だったんだがなァ?」
「事実だ」
セイヴァーは淡々と答える。
「あの塔の防衛と、お前の顔に泥を塗って死んだ」
「クク……ッ」
グランハイトの目に、殺気が灯る。
「良いじゃねぇか……。
いい口実ができた。
その魔王ってやつ――ブッ潰すのは、この俺の特権にしてくれよ」
「相変わらず、脳筋ね、アンタ」
氷のような声が、別の光輪から響いた。
長い銀髪、冷たい瞳を持つ女剣士。
《第5席》 カレン=ミュゼル。
「塔一つ壊された程度で、そんなに騒ぐ必要ある?
どうせ魔族でしょ。
塔のない場所なら、いくらでも虐殺してきたじゃない」
「おやおや、お嬢様はご機嫌ななめかな?」
軽薄そうな男の声が続く。
空中でひょいひょいと跳ねているように見える青年。
背後には風を切る音が常にまとわりついている。
《第7席》 エストラーダ=フィンベル。
「でもまぁ、塔に近づかれて壊されるのは――
さすがに笑えないっすねぇ。
オレらの“狩場”が減っちゃうわけだし」
「狩場、ね」
別の光から、陰湿な笑い声。
細身の男。
顔は笑っているのに、目だけが笑っていない。
《第8席》 バルド=カイゼル。
「魔族を弄ぶ場所が減るのは、少々退屈だな。
せっかく“弱った獲物”を解体する楽しみがあったのに」
その言葉に、別の青年がニヤリと笑った。
《第9席》 ルークス=ハーデン。
「ま、でもさぁ……
“塔の真下で普通に動ける魔族”なんて、超レアだろ?
痛覚切ってボコボコにしたら、どんな顔するかなぁ。
ちょっとワクワクするんだけど」
温厚そうな顔立ちの男も、光の中で静かに微笑んだ。
《第10席》 ノーラン=ツヴァイト。
「弱者を追い詰めるのは、楽しいですからね。
泣き叫ぶ声を、至近距離でじっくり聞く――
あぁ、想像しただけで、ゾクゾクします」
ぞわり、と空間の温度が下がった。
彼らは、例外なく“クズ”だった。
魔族を、人種族以外を、完全な“おもちゃ”としか見ていない。
そんな中、一人だけ、姿も声も静かな男がいた。
《第3席》 ランフォード=グリムス。
眼鏡越しに書類のようなものを見ながら、淡々と口を開く。
「感情的になるのは簡単ですが……
問題は、“塔が壊された”という事実そのものです」
「チッ、インテリが口出してきやがった」
グランハイトが舌打ちする。
ランフォードは気にせず続けた。
「塔は、“魔族を弱体化させるシステム”です。
そこを真正面から突破されたということは――
その魔王は、少なくともシステムの“外側”にいる可能性が高い」
「外側……?」
セイヴァーが僅かに興味を示す。
「はい。
塔の前提は、“この世界の種族に対応した弱体化”です。
それでも影響を受けない魔族がいるのなら――
そもそも、魔族として数えるべきではない、ということになります」
「異物ということか」
「ええ。
……あるいは、“人族にとって都合の悪い存在”」
ランフォードの瞳に、一瞬だけ愉悦が浮かんだように見えた。
「――もういい」
セイヴァーが一度、手を打った。
十の光が、ぴたりと静まる。
「状況はこうだ。
魔族抑制塔のひとつが破壊され、アークレイドが死亡。
ドレッドハウンドも失われた」
そして、冷たく言い放つ。
「よって、命令を下す」
光の中の十傑たちが、一斉に姿勢を正した。
セイヴァーの瞳が、ひとりひとりを順番に射抜いていく。
「《第2席》グランハイト=ヴォルツ」
「おうよ」
「お前は、魔族抑制塔《第二塔》の防衛を統括しろ。
同時に、“魔王マラン”が向かう可能性のあるルートを想定し、罠を仕掛けておけ」
「チッ……。
直接ブチ殺しに行きたかったが……まぁいい。
そいつが来るなら、“最高の舞台”を用意してやるさ」
「《第3席》ランフォード=グリムス」
「はい」
「お前は塔のシステム解析と、“例外”の理論化だ。
塔が効かない魔族など、今後二度と生まれてはならん。
原因を洗い出せ」
「光栄ですね。
“異物”の研究は、いつだって楽しい」
「《第5席》カレン=ミュゼル」
「何?」
「お前には“捜索”を命じる。
魔王マランと、その配下の足取りを追え。
必要とあらば、塔の外で暗殺して構わん」
「最初からそう言えばいいのよ。
……見えない一撃で、魔王がどんな顔をするか――楽しみね」
「《第7席》エストラーダ=フィンベル、《第9席》ルークス、《第10席》ノーラン」
「はーい」「おっ、まとめてかよ」「ふふ、猟犬の出番ですね」
「お前たちは“狩猟班”だ。
各地で魔族の動向を探り、“魔王の噂”を集めろ。
見つけたら……“遊んでから”でも構わん。
ただし、見逃しは許さない」
「了解っす、団長」「任せろよ」「じっくり追い詰めてさしあげます」
「《第8席》バルド=カイゼル」
「何なりと」
「お前は、ガザリア近辺の塔防衛と、“見せしめ処刑”を兼任しろ。
塔に近づいた魔族や他種族は――適当に弄んで殺せ」
「ふふ……。
久々に、“長く遊べるおもちゃ”が欲しかったところです」
残る者たちにも、それぞれ命令が飛ぶ。
《第4席》ベリオスには、別の塔の“力押し要員”としての配備。
《第6席》ドレイクには、魔物の多い地域での“制圧任務”と、魔獣族への圧力。
セイヴァーの指示は、無駄がなく、冷酷だった。
「最後に――」
セイヴァーは一度だけ、光の輪全体を見渡した。
「これは、人族の秩序を脅かす“反逆者”の始まりだ。
魔族であれ、異物であれ、
人族に逆らう者はすべて――純血騎士団が処分する」
十傑たちの口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
「魔族は奴隷」
「他種族は玩具」
「世界の頂点は人族」
その共通認識が、静かに、しかし確実に共有されていた。
「以上だ。散れ」
セイヴァーの言葉とともに、光の輪は一つずつ消えていった。
◆ ◇ ◆
そのころ――世界の別の場所でも、同じ報せが届いていた。
荒れ果てた大地に広がる黒い草原。
巨大な牙を持つ獣たちが闊歩する、その中心に。
骨で組まれた玉座に腰掛ける、獣人の王がいた。
魔獣族の王――その名を、ガルド・バルグレインという。
全身を覆う黒い毛皮。
鋭い黄金の瞳。
その男は、報告を終えた部下を見下ろして低く唸った。
「……魔族抑制塔が、一つ、壊された……だと」
「はっ。ガザリア方面の塔だそうです、王よ」
「ふん」
ガルドは牙を剥き、笑った。
「面白い。
あの忌々しい塔をぶっ壊すような魔族が、まだこの世界にいたか」
彼の背後で、巨大な魔獣たちが唸り声を上げる。
「人族の鎖が一本切れた、ということだ。
……さて、“次”があるかどうか、見物だな」
◆ ◇ ◆
どこまでも高くそびえる、大樹の頂。
風と光が舞い踊る、澄んだ空間。
そこに浮かぶ透明な玉座に、一人の女性が座っていた。
淡い緑の髪、透き通るような瞳。
精霊そのもののような気配を放つ存在。
精霊族の長――エルフィリア・リュミア。
彼女は、風の精霊が囁く報せを受け取り、細い指で唇に触れた。
「魔族抑制の塔……人族が“秩序”と呼んでいた檻が、一つ壊れた、のね」
近くを飛ぶ小さな光の精霊たちが、くるくると回る。
「世界の“流れ”が、少しだけ軽くなった気がするわ。
……あの魔王とやら、会ってみたいものね」
エルフィリアは、微笑みながらも瞳の奥に警戒の色を宿した。
「人族の鎖を壊す者が、“新たな鎖”にならない保証はどこにもないもの」
◆ ◇ ◆
山脈を貫くようにそびえる、巨岩の城。
その最奥の広間で、巨人族の王が静かに腕を組んでいた。
岩のような肌。
山のような体躯。
巨人族の王――ドルガン・ストレイル。
彼は、足元にいる使者の言葉を黙って聞いていたが、やがて低く笑った。
「人族の塔が壊れたか。
……あれは目障りだったからな」
ドルガンはゆっくりと立ち上がる。
その動きだけで、広間がわずかに揺れた。
「だが、面白い。
人族の“最も安全な場所”を破った魔王……マラン、だったか」
「は、はい。そう伝え聞いております」
「覚えておこう」
巨人の王は、遠くを見るような目をした。
「世界は今、“揺れ始めた”。
さて、その揺れがどこまで広がるか――
我らが立ち上がるべき時は、必ず来る」
◆ ◇ ◆
魔族の塔が壊れた、その日。
人族は怒り狂い。
純血騎士団は牙を研ぎ。
他種族の王たちは、静かに目を覚まし始めていた。
その中心にいるのが、自分であることを――
マランたちは、まだ知らない。
だが確かに、この日を境に。
世界は、ゆっくりと。
しかし確実に、“壊れ始めて”いたのだった。
一気に登場キャラクターが…
こんなに登場させないと行けない展開になり
すいませんでした…
絶対に憶える事出来ないですよね…




