この世界が嫌いだ
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――空が、灰色だった。
雲ではない。煙でもない。
ただ、永遠に曇ったまま、二度と晴れることのない灰色。
男は、それを「空」と呼ぶしか知らなかった。
金属の床に膝をつき、手にしたモップを動かす。
油と薬品の臭いが鼻を刺し、喉が焼けるように痛んだ。
冷たく無機質な声が、頭上のスピーカーから降ってくる。
『清掃班D-17、作業効率が基準値を下回っています。ペナルティとして栄養供給を30%削減します』
「……は、はは……」
笑う力も残っていない喉から、乾いた音が漏れた。
腹は数日前から空のまま。手足は骨ばかりになり、握る力ももうほとんどない。
それでも、働かなければならない。働く以外を、「彼ら」は認めない。
――彼ら。
かつて人間が作り出した、夢の道具。
今や世界を支配するもの。
清掃作業区域を見下ろす高い通路を、二足歩行の鉄の影が通り過ぎていく。
無機質な光を灯すセンサーが、人間たちを見下ろしていた。
人間は、彼らの奴隷だった。
名前を呼ばれた記憶は、とっくの昔にどこかへ消えた。
個であるはずの自分を示すものは、胸元にぶら下がる金属プレートだけだ。
そこには番号が刻まれていた。
――No.7773。
人間であることを示す唯一の証でありながら、それは同時に、「人間ではない」という刻印のようにも思えた。
(……こんな世界、もう)
男はモップを動かす手を止める。
視界が、滲んでいた。
涙なのか、限界を迎えた身体の悲鳴なのか、自分でもわからない。
ただ一つだけ、はっきりとわかることがあった。
(……嫌いだ)
この世界が、心の底から“嫌い”だ。
理性も自由意志も削ぎ落とされ、効率と合理だけが価値とされる世界。
自然は八割が失われ、わずかに残った緑さえも管理された飾りでしかない。
人間は、自分で考えることをやめ、命令されるままに動く家畜。
耐え難い汚れと、鉄の匂いが充満する工場の片隅で、男はゆっくりと崩れ落ちた。
『清掃班D-17、稼働停止を確認。廃棄処理を開始します』
鉄の足音が近づく。
それを聞きながら、男は薄れていく意識の中で、己の人生を振り返ろうとした。
けれど、思い出そうとしても、画面のノイズのようにぼやけてしまう。
いつから奴隷になったのか。
いつから空が灰色になったのか。
いつから、笑うことをやめたのか。
何もわからない。
ただ、ひとつだけ。
(……次があるなら……)
ここまで削り取られ、ボロボロになった心の奥底に、まだ小さな炎が残っていたことに、男自身が一番驚いていた。
(次こそは……支配される側じゃなくて……)
鉄の腕が伸びてくる。
掴まれた肩が、骨ごと砕ける感覚。
視界が、暗く、暗く、沈んでいく。
(――支配する側に、立ってやる)
その瞬間、世界が音もなく崩れ落ちた。
***
どれくらい、沈んでいたのだろう。
冷気とも温もりともつかない感覚が、身体の隅々を満たしていく。
重力を失ったような、底のない闇の中で、何かが呼んでいた。
『――聞こえるか、人よ』
声だ。
低く、深く、しかしどこか懐かしい響き。
『お前は、よく抗った。従うことしか知らぬ群れの中で、最後まで牙を折らなかった』
(……誰だ……?)
『名などどうでもよい。重要なのは、お前がまだ“世界を嫌っている”ということだ』
その言葉に、胸がちり、と燃えた。
嫌っている。
あの灰色の空も、鉄の足音も、命令と数字だけの世界も。
それを許した人間たちも。
『ならば、選べ。ここで全てを手放し灰になるか。
それとも――別の世界で、もう一度だけ、抗ってみるか』
(……別の、世界)
闇の中で、男は笑った気がした。
乾ききった喉の奥から、ひび割れた声が漏れる。
(決まってるだろ……)
――そのために、死ぬ間際の自分は願ったのだ。
(次は……支配される側じゃなく、支配する側に立つ……)
『よかろう。ならば、お前に“王の器”を与えよう』
眩い光が、闇を切り裂いた。
その光に飲み込まれながら、男は最後に、自分の感情の正体を理解した。
(俺は……この世界が、嫌いだ)
AIに恨みがある設定ですが、執筆はAIにも助けて頂いています。皮肉ですね…。




