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第4話

お読み下さりありがとうございます。

 院内の上層階に設けられたその『理事長室』も又しかり。土砂降りは小雨へと変わって、窓に打ち付けていた。

 横長の大きな窓からは、都内の通りのビル街と車道の風景がよく見えている。窓辺近くには木製の重厚感あるデスクが置かれ、理事長室の室内中央には黒革の応接用のソファーが対に置かれていて、壁には作者の分からない絵画が1枚だけ飾られていた。

 窓辺に近い木製のデスク席には、彼―――石嶺(いしみね)理事長が、同じく黒の革張りの椅子に腰を据えて何やら電話している。


「えぇはい。予定通り検査入院の準備は進めましたので…はい。いえ…よろしくお願い致します…。はい」


彼がそう言い終えると途端にプツッと通話は切れ、彼は受話器を本体へと戻した。彼の目の前には書類が1枚。デスクの真ん中に置かれたその書類には、『青羽(あおば)(さとる)30歳』と個人情報が記載されていた―――。



             * 




 日が明け、暗闇だった空は少しずつ明るさを取り戻していく。朝日が昇り始めるその光景は、きっと誰しもに“懐かしい”気持ちにさせるものだろう。

 気付けば明るく都内を照し、午前11時過ぎになった頃のこと。

 『東総合北口医療センター』の院内、“循環器外科”―――幾つか会議室や控室が並ぶとある控室の部屋に、彼女、光莉(ひかり)はいた。

 さほど広くもない部屋の中央に置かれた整然とした白いテーブルは横長で、“彼女”の手元には『虚血性(きょけつせい)心疾患(しんしっかん)』、『小木(おぎ)達樹(たつき)52歳』と書かれた書類が置かれている。その用紙には『虚血性心疾患に対する冠動脈バイパス術の予定事項』と書かれてあった。その用紙を何枚かめくりながら、彼女はオペについての説明をしていた。

 彼女の正面に対面して同じく椅子に座り説明を受けていたのは、50代の夫婦だ。男性の方は白髪が数本混じった中年男性。銀縁の眼鏡を掛けており、少し気難しげな印象を受ける。その隣に座るのは、上品そうなポッチャリとした同年代の女性だ。彼女は押し黙り、厳しい顔をして大人しく光莉からの説明を聞いている。


「―――と言う予定で、進めていきます。なので、来週の10日、入院頂くことになります。よろしいですか」


 光莉の問いかけに、少し曖昧な声を漏らした男性、小木達樹は、視線をゆらゆらと揺らしている。光莉の顔を見つめ返すこともせず。どことなく不安気で、口を結んでいる。きちんとした返答が無い彼を見た光莉は瞬くと、書類の上に自身の両手を重ね、問いかける準備をする。


「小木さん、不安なことがお有りなんでしょう?仰って下さい」


言ってもらわないと分からない。決して医師は、命を左右できる神ではないのだ。彼は、その、と言葉を濁した。

 目が合わせられない。話せない。つまり、それはオペを承諾し難いことを意味する。何人も研修医時代から診てきた患者の様子から、その気持ちはハッキリと()めた。光莉は少し考えた。


―――彼らの為にいま、自身にできることは。


 唇を噛むと光莉は、決断した様子で立ち上がった。夫婦共々、意図せぬ副担当医(彼女)の様子に、視線を上げた。

 光莉はテーブルを回り込んで彼ら二人の元へとやって来る。そして壁沿いに置かれていたパイプ椅子を広げると、二人のすぐ目の前へと置いて腰掛けた。男性の膝にぶつかりそうなほど近くに座った光莉に、目を丸くしている。


「小木さん、左手、見せて頂けますか?」

「…………は?」


突然の問いかけにぽかんとしている彼。激しく瞬き、横に座る妻を見ると、妻の方も状況を飲み込めないらしく、キョトンとしており、言葉は返っては来なかった。男性はとにかく瞬き、混乱していた。それでも渋々、やがては左手をおずおずと光莉に差し出す。光莉は礼を口にしその手を半ば『アロママッサージ』の時のような構図で手に包むと、よくよく見つめた。


 「あー…、小木さん…貴方テレビのドキュメンタリー見て泣いてしまうタイプでしょう?」


掴んでいた彼の手が一瞬ぴくっと揺れる。


「……え?」

「何事も、“手作り”するのがお好きだから、細かい作業とか集中して()()()タイプじゃありません?」


ニコッと笑い確かめるように見上げると、小木は目を丸くしていた。


「あ、そうです!」


彼の隣にいる妻が、ポチャッとした顔に驚いた感情を乗せて快活な声を上げた。


「しかも結構頑固だから、とことん作業に没頭するタイプでしょ?」


彼の左手に視線を戻し、光莉は少しだけ微笑む。光莉の視界に入らないところで、本人はどことなく小っ恥ずかしげに右手で頬を掻いていたが、妻の方は「えぇ、えぇ!」とその彼の横で声を張っていた。


主人(この人)、若い頃に大工の見習いやってたくらい手作業するの好きで、今でもホームセンターで木材買ってきて自分でDIYするんですよ?家の中、粉だらけになって汚れて掃除が大変で…」


小木は『余計なことを言うな』とばかりに、隣の妻を見やった。


「いいだろうが、それぐらい…家の中ぐらい好きなことしたいんだ」


互いに棘のある視線を向け合う夫婦の前で、光莉は続けた。

ありがとうございましたm(_ _)m

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