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第3話

手にとって下さりありがとうございますm(_ _)m

 横目で一度振り返るものの、光莉は再度尾坂に目をやって『お断り』を伝える。


「ホント…悪いんでいいです!」

「遠慮しなくたって、町里さんを取って食ったりしませんよ」


言いながら彼は苦笑している。

尾坂()はこの病院の『好感度No.1のイケメンドクター』である。一緒に乗っているところをスタッフに見られたらどんな噂が立つか。光莉が両手で遠慮しながら、苦笑いした。するとその間に、背後のクラウンからもう一人が現れた。後部座席が開いたようだ。

 クラウンの後部座席から現れたのは、40歳前か30代後半くらいの男性だった。ほとんど黒カラーのスーツを着ており、20代の頃は尾坂と同じくモテたであろう印象を受ける。とても落ち着いた雰囲気の、綺麗な顔立ち。そんな人物が車から現れたことで、思わず彼女は見つめた。


―――あれ、どこかで見たことがあるような…誰だっけ。


 一度記憶をたぐり寄せるように空を見上げるも、誰なのか思い出せない。

 尾坂の声が土砂降りの中、響く。


「町里さん!早く乗ってください」


するとどうやらその“彼”にもその声が聞こえたらしい。相変わらず苦笑いして遠慮の声を返していた光莉と車の辺りに視線をやり、クラウンから出たその男性は真顔でただひと言、吐き捨てるように光莉たちを見て言った。


「…医者が病院前でイチャつくな」


冷ややかにそうはっきりと響いた声に、光莉は、直後表情を引きつらせた。彼はそれだけ言うと、院内へと自動ドアを開けて入って去って行った。



             *



「すみません、送ってもらっちゃって…」

「いーえ」


 土砂降りで視界が悪い中、尾坂医師がハンドルを握るSUVの白い車体は、都内の車道を走り行く。あれから仕方なく、尾坂医師の車の助手席へと乗り込んだ光莉は、どことなく気まずい感覚を心の端に持ちながら、大人しく過ごしていた。尾坂医師とは、普段オペ室内を中心に言葉を交わす。プライベートの内容で話したことなど数少なかった。

 どれくらい走った頃か、赤信号にぶつかり、尾坂がブレーキを緩く緩く踏み、やがて車体は停車した。車の外は、久しぶりに酷いゲリラ豪雨だった。雷の音も微かに響いて聞こえる。

 運転席から見える外の土砂降りの音と様子を、彼は覗くように見上げ、ふと独り言のように呟いた。


「凄い雨ですねぇ……」


どこか自由研究のカブトムシを探して回る男の子の声に、口調が似ている気がした。


「…さっきの」


 不意に光莉はずっと頭の隅で考えていた考え事を、言葉に無意識に口に出していた。尾坂は不意打ちを喰らったように瞬いて振り返る。


「さっきの大きな黒い車から出て来た男の方、誰なんでしょう…」


 口をへの字にして正面の土砂降りの風景をフロントガラス越しに眺める。いくら思い出そうとしても分からない。今までどこかで見かけたことのある人物だ。

 アラフォーの年頃、綺麗に整えた髪型と清潔感ある顔たち、そして大人の男らしい雰囲気―――。何より、あの少し高圧的な…。


「…どこで見たんだろう?見覚えのある人だけど、ハッキリ思い出せない」


赤信号が青信号へと変わった。

 グッとアクセルを踏み込む尾坂の足元で、エンジンが低く唸った。


「ウチの病院の“理事長”ですよ」


ハッとして顔を上げると尾坂の横顔を見やった。目を丸くする。


「え?」


尾坂は軽く苦笑する。


「知りません?見たことないですか?特集番組」

「何の特集番組ですか?」

「“最高のドクターシリーズ”ですよ」


何を言っているのか分からず、眉毛を寄せていると、彼は笑い声を漏らした。


「あれ、ホントに知りません?民放のJTTチャンネルで有名な医療番組です。年末に放送される国内の凄腕ドクターを特集した番組です」


彼女は首を横へと振った。


「……知りません」


途端、少しバツが悪そうな顔をして彼は軽く苦笑いを見せた。


「あ、知らないか…笑っちゃって失礼なこと言っちゃったみたいで、すみません」


いえ、と光莉は軽く苦笑いを同じ様に浮かべて流した。


「さっきの男性は“石嶺(いしみね)裕貴(ひろき)理事長”です。8年ほど前にその番組で特集されて国内で騒がれた外科医ですよ。あまりにオペの腕が優秀だったので引く手あまたな状態らしかったんですが、2年前に当院に来られて……。理事長職に就かれたんです」


「町里さんは今年の初めに来られましたから、ご存じなかったんですねぇ」と彼は半ば又しても独り言を呟いている。

 ようやく、光莉は1人得心した。

言われてみれば、いつか院内の廊下で“彼”を見た気がする。怒鳴っているわけでもないのに、話しているその様子が『威圧的』に感じた。だから覚えていたのか―――。



 フロントガラスに打ち付けていた豪雨は、走り続けていくとすっかり大人しくなって行った。

 2人が辿り着いたのは、3棟ほどが連なったそこそこ大きなマンションだった。ブラウンカラーの煉瓦レンガ色の壁面を、1階下に備え付けられた多くの小型ライトが照らしており、どことなくお洒落なインテリアのよう。周囲は長方形型に刈られたグリーンの生茂(おいしげ)る垣根で囲まれている。囲むように生い茂った垣根は、都内のオフィスビルや住宅街などが立ち並ぶ冷たげな風景にいっときの癒やしを落とし込んでいるようだった。


「この辺りで結構です」


尾坂がハンドルをグイッと回すと、広い駐車場にSUVの車体は乗り込んで行く。徐々にスピードを落として、やがては停車した車から、光莉はその助手席から降りた。


「どうも、すみませんでした…送ってくださって…ありがとうございました」


ゲリラ豪雨の地域を脱したらしく、マンション傍は綺麗な星が見える穏やかな夜空が見える。


「いえいえ。お気になさらず…」


彼はペコリと頭を下げた光莉を見て、律儀だなぁ、と言わんばかりに苦笑した。


          *


 (まばゆ)くビルやネオンの灯りが照らすこぼれそうな夜空が、2人が去った『東総合北口医療センター』の窓辺からも覗いている。

お読み下さりありがとうございましたm(_ _)m

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