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第2話

「ちょっと、医局長!それの一体どこがおかしな事なんですか?彼女はまだ専門医になりたてなんですよ?!基本的なことをオペ中に質問しないと身につかないのは当たり前じゃないですか!」


彼の言うことは、しかりである。すると、医局長は何がそんなに腹立たしいのか、光莉に向けて、左手をひらひらと動かし何やら促した。


「手、見せてみろ」


尾坂は瞬き、え、と呟く。彼は医局長から光莉へと視線を移し、彼女の愛らしい顔と、その彼女の手を交互に見やった。医局長が、「早く…早く見せろ!」と怒鳴ると、光莉は一度ビクリと肩を震わせ、左手を差し出した。医局長はその彼女の左手を掴み、くるりと手のひらを上に向かせるように返した。途端、尾坂は彼女の手のひらを見てパチパチと目を瞬いた。意外なもの、もとより何なのか分からないもの。光莉の左掌には、何か青いインクで丸い円形の形の線が描かれていたのである。線の中央には、綺麗な星形の模様のようなものが複雑に羅列している。

医局長はその手のひらを、手でパチンと叩いて落とした。


「…なんだこれ。…何なのか説明しろ!」


光莉は再度肩を跳ねさせた。尾坂はそんな光莉を見ると、眉根を寄せた。


「医局長、いいじゃないですか。手のひらに落書き書いてたって…そこまで他人がどうこう言うことじゃ…誰に迷惑かけてるわけじゃないですし…」


するとそれを耳にした医局長は、尾坂の顔をまっすぐ見て突然怒った。


「かけてるんだ!!迷惑を!!」


尾坂はその大きな怒鳴り声に、さすがに驚いて身体を強張らせた。


「尾坂、お前も知っての通り『清水先生』は、我が『東総合北口医療センター』の年間の支援金を援助してくださってる財団の……『清水財団』のご子息様だ。その“強力”な外科医様が、昨日のオペが始まる前に、この『光莉(バカ)』の手のひらを見たんだよ!甥っ子様が一時期、西洋の魔法陣を描くのに夢中な時期があって、見てすぐにお分かりになったそうだ!!」


魔法陣…、と尾坂は彼女の手に描かれた物が何なのか理解できたらしく、納得の声を漏らした。


「あぁ…そうですか…」

「第2助手のコイツの手の魔法陣を見たことを昨日の夜、料亭で会合した席で仰って…!『外科医として知られたかの“名医”の娘さんが外科医になられたと聞いて、期待してオペに入ったというのに、手には魔法陣がありましてね…いくらプライベートに書かれたとは言え、命のかかったオペで“呪術”のマークを書いた手をそのまま洗いに入るとは、不謹慎ではないですか?』と!!」


そこで一度彼は言葉を切って、堪らないとばかりに、天を仰いで両手で顔を覆った。


「あの時、私がど!れ!だ!け!大恥をかいたか…!副院長からもその後で“小言”を言われたんだ!!」


ようやく、光莉は状況を汲み、頭を深く下げた。


「知りませんでした…医局長にご迷惑を…申し訳ありませんでした」


後頭部が見えるほど深く頭を下げた光莉を見て、医局長は大きく声を出してため息を吐いた。その横でふと尾坂はゆっくり頭を上げた光莉を見つめる。


「でもどうして手に魔法陣なんて描いてるんです?いつから…」


光莉は引きつった苦笑いを見せると、魔法陣を描いた左手をお腹の辺りで握りしめた。


「これ…御守なんです。…私、医者に不向きみたいなので…」


 その後、佐藤医局長は「手にはもう二度と魔法陣は描くな!描くなら今後医者をやれなくしてやるからな!覚悟しとけ!」と乱暴に言い捨て、医局の扉を乱暴に閉めて去って行った。


 この日、光莉はオペは『心臓バイパスオペ』の第2助手を一度だけ担当し、他は診察と回診で1日を終えた。


 夜8時過ぎのこと。すっかり板についた白衣を脱ぐと、個人個人に割り当てられた更衣室のロッカーに白衣をハンガーへと掛け、扉を閉めると更衣室を光莉は出た。当直である同僚であり先輩の男性医師に『お疲れ様です、失礼します』と挨拶をすると、医局を出る。

 院内のスタッフ用のエレベーターを使い、病棟を出ると、院内の1階のエントランスの正面玄関へと向かった。広いエントランスに出ると、両腕を伸ばして伸びをしながら歩く。


「あー…やっと帰れる」


 正面玄関に着いた時のことだった。自動ドアが開いて、そこで初めて、屋外が土砂降りだと知る。


「うっそ…雨?」


顔をしかめて思わず嘆いた時だった。ふと、横から白いSUVの車が走って現れた。右から現れた車は光莉の目の前に止まると、パッパッとクラクションを鳴らした。ちょうど院内からの灯り、光の反射でフロントガラス側からも、助手席からも運転しているのが誰なのか分からない。誰ともしれない人物がクラクションを鳴らしている状況に戸惑い、光莉は顔をしかめて車内を覗き込んだ。すると―――。

 助手席の窓がガーッと開いて、顔がようやく見えた。


「どうぞ、町里さん!ご自宅近くまで送りますから乗ってください!」


窓の奥から現れたのは、尾坂医師だった。

思わず両手を胸の前で振った。


「いや!良いです結構です!そんな!」


すると、彼はフッと笑ってみせた。イケメンな顔が余計に眩しく見えた。


「遠慮しないで。乗ってください!天気予報だと…これ、しばらく雨、止みませんから」


何のアテにもならない()()()()をしていた時のこと。

 彼らの車の背後に別の車、黒塗りの高級車、クラウンが正面玄関前に横付けした。直後、運転席から降りてきた運転手が、そのクラウンの後部座席に駆け寄る。

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