株券(後)
〈優曇華を見ない今こそ畸蹟待つ 涙次〉
【ⅰ】
故買屋Xは云ふ‐「株券の事。(株)貝原製作所は最近のして來た、新興株式上場企業だ。方々のライヴァルを蹴散らして、それだけ色んな會社に怨まれてもゐる。そんな會社が、株券を盗まれたとあつちや信用を失くす。それで潤ふ者たちもゐるつて事だ」‐國王「なる程。怨んでる連中にして見れば、萬歳つて事になるわな」‐「さうだ。この仕事は、信用を失墜させるのが狙ひなんだ。株価下落を狙つての事で、株券のあるなしは問題ではない。たゞ株券を盗まれたつて云ふ、既成事實だけが慾しいつて事。特に貝原會長の資産運営が立ち行かなくなれば...」‐「魑魅魍魎の世界だねえ」‐「そんな奴らにして見れば、汗みどろ血みどろの爭ひな譯。分かつたかい?」
【ⅱ】
貝原の屋敷には警備員が詰めてゐるだらう、と云ふ譯で、カンテラ一味の出馬となつた。用心棒である。會長の保持してゐる金庫の中身、株券だけを國王の取り分とする。その他何か入つてゐるだらうから、一味にはそれが報酬となる、と云ふ取り決め。
「安保さんの上司から資産を掠め盗るなんて、わくわくするねえ」まだ外殻(=カンテラ)に籠もつてゐるカンテラの、問題發言。じろさん、「お主も惡よのお・笑」念の為、テオは、前回ご紹介した、タロウ・スコープを持參で參加。万が一、護衛の中に【魔】が混じつてゐた場合に備へ、準備萬端である。不測の事態もあり得る。用心棒なのだから、用心には用心を重ねるつてのが鉄則だ...
【ⅲ】
仕事当日。「バイクの代金が大ごとになつたなあ」そんな暢氣な事を云ひ、國王は貝原邸に向けてトンネルを掘り始めた。カンテラ一行は、盗みの件にはノータッチ。それは國王の仕事なのだから‐
「さあて、怪盗もぐら國王一味、貝原邸に見參!」國王は警備員らをカンテラたちに任せ、比較的易々と金庫を運び出した。金庫のキイナンバーは故買屋が何処かゝら聞き出してゐた(蛇の道は蛇)。金庫には、株券の他に、純金インゴットが數本入つてゐた。で、素早くとんずら。
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〈水溜り仰向けに足掻くかなぶんに一指差し出す大魔神の俺 平手みき〉
【ⅳ】
「盗つたかい? 警備の者には、【魔】が混じつてたらう」と安保さん。テオ「ご慧眼の通り。何故分かつたの?」‐「會長はそれこそ、株券の為には、魔道に墜ちたも同然だから、さ。社員たちの汗と涙の結晶が、あんな紙切れになつちまふなんて、狂つてるよ」‐國王「なる程。安保さんは貝原にそれを気付かせやうと」‐「彼に人間らしい心が殘つてるなら、ね。政府與党にばら撒いた分も、パアさ。ざまみろ」
【ⅴ】
結果として(株)貝原製作所の株価は暴落。氣概のある社員たちは、會社を去つた。「また俺たちが、心血注ぐべき時が來た!」‐因みに國王と故買屋、山分けで800萬づゝを手にした。それだけの怨みを、貝原は買つてゐた譯。
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〈短パンにコミさん思ふ他家の父 涙次〉
【ⅵ】
「だうしやうかなあ。これを機に俺も脱サラするか」と安保さん。「カンさん、俺の居場處まだある? 事務所に」‐待つてましたとばかりに、「安保さん、うちの常勤になつてよ!」‐人望のあるなし斯くの如し。「開發センター長つて事で」‐「考へとくわ」
さて、安保さん迄事務所に來たとあれば、もう一味、鉄壁である。だうなる事やら。お仕舞ひ。
PS. 牧野は「火氣取扱責任者」受験、見事合格。「赤飯でも焚くか」‐カンテラ。