08. ミキちゃん
ミキちゃんの後ろを、一生懸命ついていく。
本当は友達同士みたいに並んで歩きたいのに、走っても走っても、どうしても彼女に追いつけない。
わたしの気配すら感じていないようなミキちゃんの背中は小柄で可愛らしく、それでいて凛々しくて綺麗だった。
この世の全てが楽しくてしょうがないというような、軽やかな足取り。その姿は大学生のあの頃と何一つ変わらない。
そうだ、ミキちゃんはいつだって楽しそうだった。大人になった今でも……。
五メートル、十メートル、十五メートル、二十メートル。
どんどん遠ざかっていくミキちゃんが、不意にこちらを振り返る。
その美しく整った顔が、奇妙に醜く歪む。
「こっち来んな、バーカ」
声こそ聞こえないものの、口がはっきりとそう動いていた。
わたしはどうにかして笑顔をつくろうとするけど、顔が石みたいになって全く動かない。
ミキちゃんが、わたしに向かってあかんべーをする。
「あんたとあたしじゃ、生きてる世界が違うの」
そして彼女は醜い顔のまま、ふふっと笑った。
今度の声ははっきりと聞こえた。講義室のどこにいてもよく聞こえる、自分の存在をアピールしているようなミキちゃんの大きな声。
承認欲求の固まりのようなミキちゃん。
ちゃんと周りに承認されているミキちゃん。
やっぱりわたしは、ああなりたかった。無理なのはわかっている。それならばせめて、友達になりたかった……。
ミキちゃんは再び意地悪く微笑むと、くるりと前に向き直り、脇目も振らずに走り出した。軽い走り方なのにそのスピードはとても速かった。
わたしはもう、追いかけることすらできなかった。
**
生臭い血の臭いで目が覚めた。
隣を見ると、至近距離で、血まみれの純二さんがわたしの方向いて寝転んでいた。目をかっと大きく見開き、そこにわたしが映っていた。
死んでいるのに。たしかにリビングで殺したはずなのに。
完全に殺しきったのに、どうしてここにいるの?どうしてわたしを見ているの?
彼の口が動く。
「許さない、許さない、許さない、許さない、許さない……」
のろいの呪文のように呟くと、にやぁっと笑った。
わたしは確信した。彼は地獄の果てまで追いかけてくる、と。
気の狂った女の、叫び声が聞こえた。
わたしは裸足のまま逃げるように家から飛び出した。
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