04. 帰り道
再び地獄絵図のような満員電車に乗り、家路に着く。
おしくらまんじゅくみたいにぎゅうぎゅうと前から後ろから押され、息が苦しい。
スマホを見るのもやっとで、顔から10センチも離れていないくらいの距離でなんとかいじる。
開いたのは、ミキちゃんのインスタのアカウント。
最新のものから数年前のもので、ひたすらスクロールしていく。
友人達と高そうなランチやディナーをするミキちゃん。バイト先で盛大に誕生日を祝われて喜ぶミキちゃん。かっこいい男の子達を交えて飲み会をするミキちゃん。おしゃれなネイルをするミキちゃん。彼氏と楽しそうにデートをするミキちゃん。プロポーズされるミキちゃん。子供が産まれるミキちゃん。
まるで絵に描いたような幸せな人生を歩んでいる彼女は、いったい前世でどんな良いことをしたのだろう。そしてわたしはどんな悪いことをしたのだろう。
同じ大学に通っていたことと女であること、年齢が一緒であること以外、天と地のようにあるこの差は何なのだろう。
また誰かに足を踏まれ、誰かが舌打ちをする。
夫からLINEが送られてきた。
『今日飲みに行くことになった』
周りに人がいることなんておかまいなしに、大きなため息が出た。
隣にいた若い男性が、わたしから一歩引いた気がした。
飲みに行くお金があるなら、どうして貯金をしないのだろう。
わたしが貸したお金はどこへ行った?
飲みに行く前にまず返すのが筋ではないか。
……全部、幹久さんのせいだ。
あいつと結婚さえしなければ、わたしはこんな不幸にならなかったはずだ。
天井を見上げ、少しでも酸素を吸えるようにする。そして思い出す、あの夢を。
ミキちゃんみたいな素敵な女の子と遊べてとても幸せだった。
同等に肩を並べ、わたしはたしかにミキちゃんと同じレベルだった。
幹久さんが死んだと知ったときとても悲しかったけれど、あの夢の中の彼はなぜか、浮気の前科もなければお金にだらしなくもなかった。
夢は所詮夢なのだ。目が覚めてから彼が生きているとわかったときの安堵感も、まだ寝ぼけていたせいだ。
こうして現実に戻ると、もはや本当に死んでいたらよかったのにとすら思えてくる。というかむしろ、殺したい。
あいつさえいなければ、あいつと出会ってさえいなければ。今頃わたしは……それほどお金持ちじゃなくてもそれなりにちゃんと貯金ができて優しくてギャンブルをしなくて浮気もしない、頻繁に飲みに行かない人と結婚して、子供を産んで幸せに暮らしていたはずだった。
ミキちゃんみたいに高レベルじゃなくていい。ただ普通に、平凡に、小さな幸せを感じながら暮らしていたはずなのに。
……全部あいつのせいだ。
身体中に血が駆け巡っていくように、わたしの奥底から怒りという熱が湧いてくる。
イライラ、イライラ、イライラ。あぁ、このイライラはどこにぶつけたらいいのだろう。
また足を踏まれた。だから痛いんですけど。
「チッ」
今度の舌打ちは、わたしから出た。
そういえばもうすぐ生理だ。
夫に対してこんなに憎しみが込み上げてくるのはきっとホルモンバランスのせいだ。だってわたし、夫が生きててくれて嬉しかった、はずだから……。
お尻に人の手の感触があった。
一撫で、ニ撫でと触られる。
痴漢だとわかったと同時にイライラが消えて、恐怖や怒り、気持ち悪いを通り越して感情が死んでいくのがわかった。
あぁ。どうしていつもわたしだけがこんな目に合うのだろう。
「ちょっと!何してるんですか!痴漢ですよね!」
威勢の良いその声こそやはりわたしから出たものではなく、綺麗にスーツを着こなした同い年くらいの、正義感の強そうな女性からだった。
わたしのお尻から手が離れ、振り向くと汚いおじさんが怯えた顔で立っていた。
「大丈夫ですか?次の駅で降りましょう」
女性が心配そうに顔を覗き込んできた。
とりあえず頷き、言われるままに次の駅で一緒に降りた。
駅員室に入り、警察がやってきて、女性は先に帰り、おじさんは連れて行かれ、わたしは長い事情聴衆を受けた。
後日警察から連絡がくると言われ、やっと再び電車に乗れたのは午後十一時だった。
最寄駅で降り、早く家に帰りたいのに足が思うように動いてくれない。
「もう疲れた……」
星のない夜空を見上げると、涙が浮かんでは流れた。
今日泣くのは二回目だ。
わたしが悪いのだろうか。
夫がクズなことも、会社でのパワハラも、さっき痴漢されたことも。全部全部、わたし自身が招いた結果なのだろうか。
こういうときに一番見てはいけないものだとわかっていながら、わたしはスマホでミキちゃんのインスタの画面を開いてしまった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
もうすぐクライマックスです。
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