02. ミキちゃん
ミキちゃん。
夢に出てきた憧れの女の子の名前は、たしかミキちゃんだ。
夏なのに、夢の中みたいに夏らしいことは何もできておらず、きっとこれからもできない。
冷房が効いているはずの車内は、暑苦しくてたまらない。
通勤の満員電車に揺られながら、わたしはSNSで彼女のアカウントを探した。
直接関わりはなかったものの、知り合いの知り合いに飛んで検索していくと、すぐにアカウントが出てきた。
鍵はかけておらず、わたしは久しぶりに彼女の姿を見た。
大学を卒業してから五年ほど経つのに、あの頃と全くと言っていいほど変わらない、可愛い笑顔がそこにあった。
良い意味で華やかさがなくなり、落ち着いた大人の女性になっていた。
アナウンサーみたいに整った顔に、綺麗な歯並び。誰が見ても美人と言えるだろう。
何より驚いたのは、彼女が母になっていたことだ。
どうやら大学時代に付き合っていたサッカー部の彼氏とは別れたようで、彼女の隣で余裕のある笑みを浮かべていたのは、少し歳上に見える落ち着いた感じの男性だった。
三歳くらいの可愛らしい女の子が彼女の腕に抱かれていた。
服装やアクセサリー、バッグから、なんとなくセレブなのがわかる。
わたしはあらためて、ミキちゃんになりたいと思った。あの頃も今も、彼女はわたしの憧れのままだった。
電車が大きく揺れ、誰かに足を踏まれた。
「いっ……た……」
誰にも聞こえないくらいの小声で呟いたら、どこかから舌打ちが聞こえた。
苦しい、と素直に思った。
まだ一日は始まったばかりなのに、もう帰りたい。
それにしても、おかしな夢を見たなと思う。
ミキちゃんと仲良く海で遊んでいたこと。そして夫の死。
二つの夢にどんな繋がりがあるのかわからないけど、天国から地獄へ突き落とされたようだった。
そして目が覚めた時、生きている夫を見て再び天国へ突き上げられた。
嬉しくて嬉しくて……いや、待てよ。
わたしはふと、電車内の天井を見上げる。
夫が死んだと聞かされたとき、罪悪感はたしかにあったものの、ミキちゃんと遊んで楽しかった余韻はまだ消えていなかったような気がする。
ミキちゃんはいつの間にかいなくなっていたけど、わたしはずっと彼女の在処を気にしていなかったか?
夫のお葬式に行って、泣きながらも、ミキちゃんはどこにいるのだろうと考えていなかっただろうか。
しかし、夫が生きていることに本当に心の底から嬉しく思ったのも紛れもない事実だ。
というか、こんなことを満員電車の中でぐるぐると考えている時点でわたしは結構疲れているのかもしれない。
また電車が大きく揺れ、前のおじさんの体重がぐっとこちらに寄りかかる。
臭い。
話したこともないミキちゃんに、わたしはなりたい。
彼女は今頃、大きい綺麗なおうちの中、仕事へ行く旦那を見送った後、広いベッドで子供とぐっすり眠っているのだろう。
わたしの家では、夫が一人でまだ寝ているはずだ。
家賃は夫、食費はわたし。そう決めていたのに、競馬で大きく負けてしまったから今月だけは払ってほしいと頼まれ、それが何度かあり、いつの間にかどちらもわたしが払うようになった。
貯金なんてもちろんできず、専業主婦になるなんてもってのほか、子供はつくれそうにない。
お金にだらしないくせに、わたしに管理されるのは嫌だと言う。
だからわたしは今日も、満員電車に揺られて嫌な上司のいる会社へと向かう。
大人になって自由になれたはずなのに、まるで牢獄のような毎日だ。
このままでいいのだろうか。
やっぱりわたしは今も、ミキちゃんになりたい。
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