10. 新たな目覚め
「神谷さん起きてください!朝ですよー。もう朝食の時間ですよーっ」
看護師さんの呼ぶ声がする。
あたしは重い瞼を開けて、彼女を見上げる。
「えぇー、まだ眠いよアカネちゃーん」
「だめです、起きてください」
ふぅーっとため息を吐いて頬を膨らまし、あたしは仕方なく起き上がる。
今日はいつもよりも眠たい。どうしてだろう。
……あ、そうか。そういえば昨日は、
「パーティーまじ疲れたわぁ……」
大学時代の親友達を呼んで、それぞれの知り合いとかをたくさん集めて、お洒落なバーを貸し切ってパーティーをしたのだ。
「っていうかアカネちゃん、神谷さんって呼ばないでっていつも言ってるでしょ?」
あたしのこのやけにハスキーな声は、酒やけのせいだ。
「はい、そうでしたね。ごめんなさい、ミキちゃん」
いつものことのように看護師さん、通称アカネちゃんはにこっと笑う。
「昨日はパーティーだったんですか?」
まだ二十歳くらいに見えるアカネちゃんは、手際良くあたしの体温や血圧を測りながら、興味深そうに聞いてきた。
あなたにはまだちょっと早いかもしれないけど、話してあげるわ。とっても楽しかった昨日の記憶を。
「そうなの。五十人くらいはいたかな?見たことのある芸能人まで来ちゃってびっくりした。楽しかったわぁ。久しぶりにあんなに飲んだ。シャンパンおろしまくり。夫や子供は置いて楽しむのも悪くないね。でも少し疲れた」
「へえぇ、いいなぁ、楽しそう」
病室のどこかから、くすくす笑っている音が聞こえる。
「本当に狂ってしまったんだ。はっはっは」
すぐ隣のベッドで、老婆が言った。
「松田さん」
アカネちゃんが老婆をきつく睨む。
笑いをこらえた様子で老婆は肩をすくめた。
「いいのよアカネちゃん。他人がどう思うかなんて、どうでもいいの。あたしはあたし、他人は他人。それだけのことだから」
キマった、と確信した。
病室中の空気が静まり返った気がした。
みんなあたしの格好良さに圧倒されているのだろう。
これこそが、ずっとなりたかった本当のあたし、立花ミキだ。
「ふふっそうですね、ミキちゃん」
あたしのことを“ミキちゃん”と呼んでくれる彼女がいる。
ずっとなりたかったミキちゃんに、あたしはなれたのだ。
最低な夫、最悪な会社。劣等感に揉まれながら、まともに息をすることもできないような人生。
あの牢獄に戻りたいだなんて、誰が思うだろう。
ここは天国だ。
ここにいる限り、あたしはミキちゃんなのだ。
この現実を、あたしは絶対に捨てたりしない。
Fin.
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