01. 目覚め
わたしは海にいた。
大学生の頃、ずっと憧れていた女の子と仲良く泳いでいた。
今の季節はまだ春なのに、なぜかそこは炎天下だった。
その女の子と話したことは一度もない。
けれど、いつもお洒落で明るく元気で笑顔がとっても可愛いその子を、同性ながらわたしはずっと見ていた。
恋とかそういうのではなく、ただ憧れの存在。あんな風になりたい、仲良くなりたいと思いながら、結局卒業まで関わることは一度もなかった。
その子とわたしは、まるで親友みたいに仲良く、海ですいすいと泳いでいた。
ちなみにわたしは泳げない。しかしそんなことこの世界では関係ないようで、浮き輪もなしにすいすいと、笑い合いながら泳いでいた。
しばらく泳いだあとは砂浜にあがり、スマホで仲良く写真を撮った。一緒に撮ったり、お互いの姿を撮り合ったり。
とても楽しかった。
ふと、夫からLINEの返信が長らくきていないことに気が付いた。
さっきまで楽しすぎて、夫の存在なんてすっかり忘れていた。こんなことは結婚してから一度もなかった。わたしはいつも夫の顔色ばかり窺っていた。
少し不安になっていたら、スマホが鳴った。夫からの着信だった。
しかし聞こえてきたのは、彼の声ではなかった。
なぜか遠方に住んでいる彼の母が
『幹久が死んだの……』
と、とても悲しい声で言った。
女の子はいつの間にか消えていて、わたしは瞬間移動みたいに夫のお葬式にいた。
棺桶の中、たくさんのお花に包まれて夫は眠るように死んでいた。
頬に触れるととても冷たく、名前を呼んでも応じない。
もうこの人と話をすることもできないのだと思うと涙が込み上げてきて、子供みたいに大声で泣いた。
交通事故だと聞かされた。
何も知らずに海で楽しく遊んでいた自分を恥じた。
**
目が覚めたら、真っ暗な部屋の中だった。
一人でいるような気がして、慌てて起き上がり、部屋中を見渡した。
いない、どこにもいない。
しかしそれはただ寝ぼけているだけで、わたしの隣に夫はいた。
安らかに、いつも通りの大きないびきをかいて寝ていた。
毎日うるさくてたまらないはずのいびきも聞こえず、わたしはすっかり夢の中に入り込んでいたようだ。
夢だとわかり、心底ほっとした。
「よかった、生きてた……」
思わず呟いてしまったわたしの声に、少しの物音では起きないはずの夫が目を覚ます。
「ん?」
「幹久さんが死んでしまった夢を見たの」
「え……」
眠たそうに、きょとんとした顔でわたしを見つめている。
「ほっとしたわ」
「……死んでしまって?」
ほっとするあまり、すぐに言葉が頭に入ってこなかった。
やがて十秒ほど経ってから
「違う、生きててほっとしたの」
わたしはむっとしながら言い返した。
「そうか……」
消え入りそうに呟くと、夫は再び眠りに落ちた。
わたしは彼に近付き、ぎゅっと抱きついた。
夫はわたしを抱きしめ返してこなかったが、今はそんなことどうでもいい。
浮気されたことも、共働きなのに家事は全てわたしがしていることも、この間貸したお金が返ってこないことも、全部どうでもいい。
生きててくれればそれでいい。
わたしは夫の温もりが感じることに幸せを噛み締めながら、もう一度眠った。
まさか翌日、自分のこの手で殺すことになるなんて思いもせずに。
一ページ目をお読みくださり、心から感謝いたします。
ほぼ毎日更新していきますので、少しでも続きが気になっていただけましたら、ブックマークや⭐︎評価お願いいたします!
作者、とても励みになります(^0^)!