第6章「信玄と氏治、知略の戦」
甲斐の国――武田信玄の本陣。
敗走した山県昌景が、傷だらけのまま頭を垂れていた。
「……申し訳ありません。まさか馬が、弾かれるとは」
「よい」
信玄は茶を啜りながら、静かに言った。
「敗れたのは騎馬ではない。常識だ。小田氏治とやらは、それを破壊する術を持っていた。それだけだ」
「では、次は軍を……」
「否。我が直接、動こう」
その眼には、かつてない興味の色が浮かんでいた。
「科学という名の“妖術”……これを制す者が、次の天下を獲る」
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数日後。小田領の峠に、信玄の偵察部隊が姿を現した。わずか二百。だがその裏には、信玄の周到な罠が隠されていた。
「変ですね。敵が妙に“見せてくる”」
報告を受けた理は、思わず唸った。
「わざと偵察を撃たせて、こちらの装備や布陣を探ってる。知略型の武将か……」
「どうします?」
「罠には罠を返す」
理は笑った。
「こっちから“偽情報”を見せてやる」
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翌朝。
信玄の陣に戻った偵察兵が、熱心に報告を伝えていた。
「小田軍は、装甲兵を五十展開中。火薬ランチャーは後方。磁気装置は、どうやら高台に固定式で――」
「……ふむ。すでに情報戦だな」
信玄はあえてすべてを鵜呑みにせず、冷静に考えを巡らせた。
「常識に囚われてはならぬ。あれは“理”を操る化け物。ゆえに我もまた“理”を持って対抗する」
その日の夕刻、武田軍の一部が突然小田の補給路に襲いかかった。
「しまった、偵察じゃない! 本体が来てる!」
由布の報せに、理はすぐさま対応する。
「電撃対応部隊、即時展開! 火薬馬車を自爆用に転用しろ!」
「じ、自爆!?」
「いいからやれ! 信玄の狙いは、物量じゃなく“補給の破壊”だ!」
瞬時に装備を変更した鉄甲兵たちが、坂を駆け下りる。爆薬を積んだ無人馬車が後を追う。接近する敵の中央に突っ込むと――
ボンッ!!
大爆発。黒煙と炎が武田軍の先鋒を包み込む。
「く……敵は即応力まで備えているというのか……」
それでも信玄は退かない。
夜陰に乗じて、さらに奇襲部隊を回し込む。狙いはただ一つ――理の本陣。
「指揮官を落とせば、軍は瓦解する」
だがその刹那。
「――来ると思ったよ、信玄公」
火薬煙の中から、**新型スーツ「アーマー弐式」**を纏った理が姿を現した。
今度の装甲は軽量で俊敏。両腕に内蔵された電磁ブレードが、闇を裂く。
「科学とは応用の連続だ。お前の知略がいくら巧みでも、“速度”には勝てない」
ズバッ!
飛びかかってきた武田兵の鎧を、理のブレードが一瞬で切断する。
信玄の目が鋭く光る。
「……なるほど。これは、もはや“軍勢”ではない。個人が戦局を変える兵器だな」
「そういう時代なんだよ。ようこそ、未来へ」
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戦は三日三晩に及び、ついに武田信玄は撤退を選んだ。
「負けではない。だが……時代が変わる前触れを見た」
そう語った彼の瞳には、悔しさではなく、高揚が宿っていた。
一方、小田本陣。
「信玄を退けた……本当に!」
「だが、今回はギリギリだった。次は、もっと大きな波が来る」
理は、設計図を机に広げながらつぶやいた。
「次は“空”を取る。空から、時代を見下ろしてやる」
小田氏治――いや、科学者・理の戦いは、まだ始まったばかりだった。






