第4章「忍、鋼を盗みに来る」
深夜。小田城の空に、月が鋭く光る。
静寂を裂くように、一つの影が忍び込んだ。
漆黒の装束、音もなく地を駆け、屋根から屋根へと跳ねるその者――
「目標、鍛冶場……」
男は伊賀流の忍――その中でも腕利きとされる者。雇い主は不明だが、指令は明確だった。
「“鉄の鬼”の装備、その設計図を奪取せよ」
目標地点は、城下の外れにある古びた鍛冶場。小田氏治――いや、科学者・理が開発拠点とする場所だ。
屋根裏から内部を覗く。中には少女が一人。
鍛冶娘・由布が、火を消して帰り支度をしていた。
(好都合。夜警もいない)
音を殺し、忍は木の梁から着地――
「誰?」
由布が振り返る。目が合った瞬間、忍は迷わず刀を抜いた。
(見られた以上、生かしてはおけぬ)
が――
「……残念だったな」
声がした瞬間、床が爆ぜた。
ボンッ!!
忍の足元から火薬が弾け、煙が舞い上がる。視界を奪われた刹那、背後から鉄の拳が飛ぶ!
ゴッ!!
「ぐっ……!」
鉄の装甲に包まれた拳が、忍の顎を撃ち抜く。壁に叩きつけられ、忍は気絶寸前で目を見開いた。
「お前みたいなのが来るのは、想定済みだ」
立っていたのは、鋼鉄の仮面を被った男――小田氏治、アーマー零式装着状態。
(読まれていた……!?)
理はスーツの関節を鳴らしながら言った。
「こっちも軍事機密ってのは承知してる。だから罠を仕掛けておいた。まさか一人で来るとはな、舐められたもんだ」
「くっ……殺せ……」
「殺しはしない。だが、記憶は奪わせてもらう。あとで“記憶抜き取り装置”の試験体になってもらおうか」
「な、なんだそれは……!」
「この時代には存在しないものだよ。まあ、実験段階だけどな」
理が拳を振り上げると、忍は震えた。
(この男……“魔術”じゃない、“理”だ。科学という魔を使う者――!)
ガシャンッ。
後ろから現れた由布が、鉄製の拘束具で忍を縛る。
「御屋形様、こいつ、他の仲間はいませんでした」
「おそらく偵察。だが……これで確信した」
理は目を細めた。
「“外”が俺たちの力に気づき始めた。次は軍勢ごと、技術を奪いに来るだろう」
「じゃあ……戦、来るんですか?」
「ああ。本格的なやつが、な」
⸻
その報せは、すでに海を越えて届いていた。
「小田氏治。鉄の鎧を着た軍団で勝利を重ねているそうじゃ」
報告を聞いたのは、西国の鬼――毛利元就。
「面白い。歴史の隅にいた小物が、時代を変えるだと? 放ってはおけぬな」
同じく、甲斐の虎・武田信玄も動き始めていた。
「鉄の軍か……兵器か……ふむ、“火”ではなく、“知”の戦かもしれんな」
だが最も早く、最も危険な反応を見せたのは、越後の軍神――上杉謙信だった。
「天は試練を与え給うた。我が剣が、その鋼を断つに値するかを」
戦国の英傑たちが、動き出す。
理――小田氏治は、静かに拳を握りしめた。
「来いよ、戦国。俺がこの時代の“理”になってやる」