第29章「覇の終着点」
《黒雷丸》が、ゆっくりと、しかし確実に崩れ落ちてゆく。
鉄の巨艦が空を裂き、炎と煙を残して雲海へと没した瞬間、徳川軍の全戦力は沈黙した。
「……降伏だッ! 徳川は、もう……戦えねえ……!」
白い布を掲げ、次々と残兵たちが武器を捨てていく。その場に膝をつき、ある者は泣き、ある者は天を仰いだ。
その様を、《鋼ノ浮城》の艦橋から見下ろしながら、小田氏治は静かに息を吐いた。
「終わったか……」
だが、まだ一人、終わっていない者がいた。――徳川家康。
崩壊寸前の《黒雷丸》の中枢区画。砲塔の瓦礫の中、なおも立っていたのは半ば機械と化した家康だった。
全身からは火花が散り、人工筋肉の一部は剥き出し、黒い液体が流れ落ちていた。
その前に降り立ったのは、ブースターで滑空してきた氏治だった。
「……まだ動けんのかよ、あんた」
「貴様こそ、なぜ来た。殺す機会など、空で腐るほどあったはずだ」
「俺は――話がしたかった。あんたと」
家康の赤く輝く義眼が、カチリと音を立てて動いた。
「話? それが武将のすることか」
「戦国はもう終わりだ。殺し合いでしか決着がつけられねえ時代に、ケリをつけたくてな」
少しの沈黙ののち、家康は低く笑った。
「……で、問うがいい、小田氏治。貴様の問いに答えてやろう」
「なぜ、そこまで人を捨てた」
家康はふっと目を閉じた。
「人は、裏切る。欲に走る。誓いを破り、主を討ち、民を売る。ゆえに、私は人を捨てた。“人”という不確かな存在を、“安定”に置き換えるために」
「それが……《システム》か」
「そうだ。“感情なき秩序”こそが、真の平和をもたらすと信じていた。……だが、私は間違っていたようだな」
ガシャン――膝をついた家康の装甲が、ひときわ大きな音を立てた。
「貴様のような狂人に……あの信長さえも惹かれるとは。やはり、“人の業”は捨てきれぬということか」
「……ああ。どれだけ空を飛んでも、地を這った日々を捨てることはできねえよ」
その言葉に、家康は微かに目を細めた。
「小田氏治。貴様の時代が来るのかもしれん。だが、覚えておけ……人を信じる道は、血でしか舗装できぬ」
「その血を止めるために、俺は戦った」
一瞬、互いの瞳が静かに交差する。
そして――家康は、自らの胸部パネルを開いた。
「もうこの体は保たん。貴様の手で終わらせられるより、自らで終わらせたい」
「……いいのか?」
「無駄に生きすぎた。これ以上は、“人”としての尊厳を穢すだけだ」
カチリ、と指がスイッチに触れた。
「さらばだ、小田氏治。貴様こそが、戦国の終わりを告げる者よ」
青い閃光が走り、家康の肉体は静かに崩れ落ちた。爆発は起きなかった。ただ、機能を止めた機械が一つ、そこに横たわるのみ。
氏治はその姿に、無言のまま一礼した。
やがて、《鋼ノ浮城》に帰還した氏治は、全軍に向けて言葉を発した。
「――戦国の世は、これをもって終わりとする。これからは、人が人として、未来を選び取る時代だ」
歓声と涙が空にこだました。
鉄と火の時代は終わり、希望の時代が、その翼を広げ始めた。




