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あなた方が出ていけと言ったのではなくて?

作者: セト

「単刀直入に言おう。エリーナ、お前とは絶対に婚約破棄させてもらう!」

 大事な夜会の準備中、リズ王国の王太子であるベルガーは怒りながら言った。

「なにを言っているのですか? 本日の夜会で婚約発表をする予定なのに……」

 動揺しながらもエリーナは言葉を紡いだ。

 すると、彼の隣にいた伯爵令嬢のフェミリアが泣き真似をする。

「ベルガー様ぁぁ、わたくし怖いです。この人に復讐されるんじゃないかって……」

「大丈夫だよ。君のことは絶対に僕が守るから」

「大好き、ベルガーさまぁ!」

 ベルガーはフェミリアの肩を抱き寄せて、あろうことか口づけをする。

 仮にもまだ、エリーナは婚約破棄の返事もしていないというのに。

 茫然自失のエリーナだが、なんとなく理由はわかった。

 ここ一年、エリーナは外交にいそしんでいた。

 富国強兵の著しい隣国たちと上手くやっていくために、あちこちで立ち回っていたのだ。

 父譲りの外交術もあってそれらは順調だった。

 ただ、当然留守が多くなった。

 その隙を狙って、フェミリアがベルガーを寝取ったのだろう。

「……本日の夜会には他国の要人が沢山いらっしゃいます。どうなさるおつもりでしょう?」

 エリーナは比較的早く冷静さを取り戻していた。

 元々、彼に対する愛情は深くない。

 公爵家の一人娘である彼女は、親同士の約束のような形で婚約者となった。

 しかし去年、不運にも両親は亡くなってしまった。

 それでも親の意思を継ごうと決意し、国の繁栄のために外交に精を出していたのだ。

 その矢先、この仕打ちだ。

 悪びれる様子もなくベルガーは話す。

「他国の方々に婚約発表はするさ。相手は君じゃなくて、フェミリアだけどね」

「ああん、ベルガーさま素敵〜!」

 そうして、また目の前でイチャイチャし出す。

 公園などにたまにいるバカップルとなにが違うのだろう?

 そんな冷めた目をしつつも、エリーナはどうしても気になることを質問する。

「先ほど復讐がどうとか仰ってましたね。あれは?」

 待っていたとばかりにベルガーが伸ばしたひとさし指をビシッとエリーナに向ける。

「とぼけるなよ。君が陰でフェミリアを虐めていたことは知っている。暴言、ビンタ、靴隠しなど、幼稚すぎるぞ!」

 まったく身に覚えがない。

 神に誓って一つも行っていない。

 というか、そもそもエリーナはフェミリアとの接触などほとんどなかったのだ。

 多くの男に色目を使っている尻軽女という噂は聞いていたが、特に興味はなかった。

「そうですか。ベルガー様は婚約者である私の話も聞かず、彼女の作り話をすべて信じたのですね」

「作り話? 彼女の目を見ろ! どこまでも澄んで綺麗だ。嘘を言う人間の目じゃない!」

 甘やかされて育ったのは知っていたけれど、これは教育の失敗だなとエリーナは内心思った。

 さらに腹が立つのはフェミリアがニヤニヤと勝ち誇った顔をしていることだ。

「エリーナさまはぁ、わたくしの若さに嫉妬しているみたいなんですぅ」

 三文芝居もいいところだ。

 確かにエリーナは年上の22歳で、フェミリアは19歳。

 しかし、たかが3歳程度になんの違いがあるのだろうと感じるし、そもそも若ければ偉いという感覚がまるで理解できない。

 年相応の振る舞いや知識は大事だとは思うも、それでいうなら彼女は色々と酷い。

 嫉妬など起きようもない。

「とにかく、君との婚約破棄は確定だ。君の父は王国に献身的だった。それに免じて罰は与えない。だけど近い内、自分の足で新天地を見つけるべきだとは思うよ」

 つまり国外追放にしたいけれど、そこは温情をかけてやるから自分から出ていけと。

 エリーナは細く長い息を吐いた。

 それからゆっくりと頷いた。

「承知しました。それでは私は夜会の準備を行いますので」

 スッと二人の横を通って下女たちの手伝いを行う。

 本来、エリーナがやるような仕事ではないけれど、彼女がやる理由があった。

 本日くる方々の好みなどに応じて、準備する料理や花、食器などを分けるためだ。

 そんな彼女を見て、例の二人はイチャイチャし出す。

「クスクス。あの人、下女がお似合いなのでは?」

「さすがにそれは言い過ぎだゾ」

 笑顔でコツンと優しくフェミリアの頭を小突くベルガー。

「いやん、ごめんなさい〜」

「いいよ、許すよ僕は」

 熱い抱擁を交わす二人には目もくれず、エリーナはせっせと準備に励んだ。


  ☆ ★ ☆

 

 城内で行われた夜会は最大級のものだった。

 軍事力の強化が注目されているカスニア王国の第一王子。

 カリスマ性溢れる教皇率いるオズル教国の騎士団長。

 特産物が豊富なロート王国の第三王子。

 それ以外にも国を代表するような面々が揃っている。

 皆、席について座っているが、王子二人や騎士団長の顔は冴えない。

 三者ともまだ若く、見目も素晴らしいものがあり、近くにいる女性たちの注目の的だ。

 それなのにとにかく表情が暗い。

 まるで本当は参加したくなかった……みたいな顔をするのだ。

 それでもキョロキョロとはしている。

 会場の脇にある小さなドアからエリーナが中に入ってくると、三人は一斉に立ち上がった。

 彼女のことを囲むようにする。

「エリーナ、久しぶり!」

「本日は一段と美しいッ」

「また会えるのをどれだけ楽しみにしていたか!」

 三者とも先ほどの鬱々とした様子は嘘のようにテンションが高い。

「私こそ、皆様にお会いできるのを楽しみにしておりました」

 エリーナはスカートをつまみ、膝を曲げて体を落とす。

 ありふれた動作も幼少の頃より訓練された動作と微笑が組み合わさり、三人の胸を熱くする。

「あぁ……」

 三者ともが魂が抜けたようなため息をつく。

「ごほん。エリーナ、早く席につきなさい」

 国王陛下の命があったので、彼女は席についた。

 三人もまた残念そうに席に戻った。

 夜会は王の挨拶から始まり、宰相による協定を結ぶことの有意さが説かれ、最後は料理長による食事の説明。

 皆が会話や食事を楽しんでいるところで、ベルガーが立ち上がって壇上に立つ。

 彼は軽く自己紹介をして、自分のこれまで成し遂げた実績を述べていく。

 正直、かなり捏造されたものだが、他国の人には判断がつきにくい。

 自慢話とも取れる話が一通り終わると、彼はフェミリアを呼び寄せた。

 嬉々とした足取りでフェミリアは彼の近くに寄る。

「この場を借りて、伯爵令嬢フェミリアとの婚約を発表させていただきます」

 会場内にどよめきが起こる。

 特に外国の出席者たちだ。

 国内の者はなんとなく噂を耳にしていたので予想はしていた。

 だが外国人たちはエリーナが婚約者だと信じていたのだ。

 先ほどの三者の一人、第一王子が立ち上がる。

「失礼。我々が耳にしていた話とは違います。そちらのエリーナが婚約者だとばかり……」

 ベルガーは父である王に目配せをする。

 すでに話は通してあり、準備は万端なのだ。

 王が腰を上げて説明に入る。

「このような高貴な方々の前で口にする話ではないのですが、少し彼女の素行などに問題がありまして、このような形となりました」

 実は悪女だったというような口ぶりに王子たちも動揺して、次の言葉が中々でてこない。

 あまりにも知っているエリーナの印象と違うからだ。

 ここで、エリーナ本人が出てきて挨拶をする。

「本日まで、私のような未熟者のお相手をしていただき、本当に感謝しております。私はこの時をもって、リズ王国から去ることとなりました」

「そんな……」

 口元を手を当ててショックを受ける外国の要人たち。

 エリーナは淡々と続ける。

「私はいなくなりますが、今後ともリズ王国のことをよろしくお願いいたします」

 最後に頭を深く下げて、彼女は会場から出ていってしまう。

 あまりの急展開に誰も呼びとめることはできなかった。

 この凍った空気を和ませたかったのか、ベルガーが声をあげる。

「未来永劫、我が国と皆様に栄光あれ!」

 シンと水を打ったように静まりかえる。

 あれ? と困惑するベルガー。

 本人的にはかなり盛り上げたつもりだったのだ。

 実際は逆で、なぜか怒っている者が多い。

 騎士団長にいたってはいまにも睨み殺すような顔だ。

「ぜひ説明していただきたい。これは王太子殿下が彼女に対して婚約破棄をして、そちらの女性を選んだということですかな?」

「ま、まぁ……そのような感じ、です……」

 なぜ怒られているのか理解できないベルガーは歯切れ悪く答える。

「なぜエリーナのような人格者に対してそのような仕打ちを?」

「……仕方あるまい。答えてやりなさい」

 国王もここまで反発されるとは予想しておらず、堪らずベルガーに指示を出す。

 彼も首肯して、いかにエリーナがフェミリアに対して意地の悪いことをしてきたかを説明する。

 ここまで聞けば、さすがに納得するだろう。

 そんなベルガーたちの考えは甘々だった。

 要人たちは誰一人、腑に落ちないといった様子だ。

 第三王子が静かに口を開く。

「エリーナは路地裏に倒れて死にかけている貧民の子を見返りもなく助けるような人です。そこに人の目はありませんでした。たまたま変装して町に出ていた私が遠目で発見したのです」

 周りに誰かがいれば、自分の評価をあげるために人助けをすることもあるだろう。

 しかしエリーナは違った。

 身分の違いなど関係なく、目の前の人を助けようとしていた。

 その姿に第三王子は心を打たれたのだ。

 騎士団長も続く。

「我が国でも、負傷した兵士が魔物に襲われそうなとき、エリーナは身を挺して守ろうとしました。武器も持っていないというのに」

「こちらでも同じでした。そんな彼女が誰かを虐げる姿など想像できない。事実確認はしたのですか?」

 第一王子の一言に冷や汗を浮かべるのは国王だ。

 実は大した事実調査をしていなかったのだ。

 溺愛する王子のいうことなので、話のすべてを鵜呑みにしてしまっていた。

 まずい、と感じたのかフェミリアが目元に玉の涙を浮かべる。

 それから両手で顔を覆って泣き出す。

 渾身の演技を繰り出す。

「本当ですぅ! わたくし、何度もエリーナ様には心を抉られるような仕打ちをされてきたのですっ。本当なんです、信じてください!」

 だがここで、静かに手を挙げるものがいた。

 長年城に勤める侍女頭だ。

「恐れながら発言をしてもよろしいでしょうか?」

「許す。申せ」

 王の許可を得た侍女頭は、想いの内を伝える。

「私は日々、城の中を動き回っておりますが、エリーナ様とフェミリア様がご一緒のところを目にしたことがありません。そこで先ほど、侍女たちにも聞き取り調査をしました」

「……どうであった?」

「やはり誰一人、二人が一緒にいるところを見たことがある者はおりませんでした」

 このような展開になるのは、ある意味当然だった。

 侍女や下女に対しても優しさや権利を重んじてきたエリーナと、雑で自分本位に扱ってきたフェミリア。

 日頃の行いが支持力の違いとなって表れる。

 焦った国王は威圧するようにフェミリアに問う。

「答えよ。実はそのような事実はなかったのか?」

「……ふえっ、わたくしは嘘など、ひっく、一つも言っておりまひっく」

「泣くな! 答えよ!」

 さすがに泣きの演技が通じるような状況ではない。

 とはいえ、ここで白状などできるものか。

 フェミリアは唇を噛みしめながら床を見つめる。

 この態度がすべてを物語っているようなものだ。

 ベルガーは首を小刻みに左右に振る。

「その重罪人を捕らえよ!」

 王が命令すると兵士たちが動き出してフェミリアを捕まえる。

「いやっ! やめて!」

 抵抗する素振りをみせたが、鍛えたことのない細腕ではなんの効果もない。

 深く絶望したのは王だ。

 すぐに立ち上がって早足に動き出す。

「まずい、いますぐエリーナを引き戻さねば……」

「ぼ、僕もいきますっ」

 ベルガーもその後を追う。

 城を出たすぐのところを歩くエリーナに、ベルガーたちは追いついた。

 ——なんの騒ぎでしょう?

 不思議に思ったエリーナが振り返ると、汗びっしょりの国王とベルガーがいるではないか。

「ごめんよエリーナ。すべてフェミリアの嘘だとわかった。僕が間違っていた。戻ってきてくれ! 頼む!」

「愚息を許してくれ。そうしてくれるなら、なんでも望みをきこう!」

 謝り倒す二人を眺めながら、エリーナは心底悲しい気持ちに陥った。

 このような者が上に立つ国のために、自分はいままで尽力してきたのかと。

 そもそもフェミリアの嘘云々の前に、ベルガーは浮気していたのではないかと。

 国王にしてもそうだ。

 事実確認もせずに追放を許容した。

 いまさら国を出る決心が揺らぐことはない。

「あれ? あなたがたが出ていけと言ったのではなくて? そのお望み叶えます。さようなら」

 最後に微笑みながらカーテシーをしてエリーナは立ち去っていく。

 膝から頽れる二人の顔には底知れない絶望が貼り付いていた。

 背後からやってくる例の三者がそれを更に酷いものにする。

「このような国と協定を結ぶことは難しいでしょう」

「今後、国境を簡単に跨ぐことは許しませんよ」

「うちの特産品が引き続き欲しいのであれば、今までの5倍払ってくださいね」

 去っていく彼らに王が手を伸ばすも立ち止まってさえくれない。

 伸ばした手を戻さず、そのままベルガーの頭をひっぱたく。

「この大馬鹿息子めぇ……」

「うわぁ……こんなことってええええ——」

 地面を何度も悔しそうに叩く二人の背後では、城に仕える者たちが実に冷めた目をしていた。

 ほぼ全員が国を出ていく準備をしようと覚悟していた。

 


 さて、これからどうしようか。

 そんなことを考えるエリーナの背後がまたも騒がしい。

 またベルガーたちかと辟易したが、そうではなかった。

 他国の王子や要人たちが追いかけてきてくれたらしい。

「エリーナ! ぜひ私の国に——」 

「いや我が国に——」

「君の力がうちには必要なんだ——」

 その後、他国からの猛烈な誘いが始まった。

 エリーナとしては少し休みたかったのだが、何時間も破格の条件を提示され続けるのだった。

 

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― 新着の感想 ―
追放してるし潰して吸収するつもりだったんでしょうね。
公爵家の当主が王族に嫁げるわけねえだろ(家一つ潰すことになるし
面白くないことはないですが。 外交面で散々重用しておいて(家督も継承しているのでは)、この仕打ちからのこの流れには、違和感が有りますね。 公務で多忙だったヒロインさんには、王家からの護衛や文官が張り付…
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