奏空の葛藤
フローライト第五十四話
年が明けた夜中の十二時、奏空からラインがきた。
<あけましておめでとう。起きてた?>
<おめでとう。起きてるよ>
そうラインを返したらすぐに電話が鳴った。
「もしもし?」
「咲良、あけましておめでと」
「おめでとう。家なの?」
「そうだよ」
「仕事かと思ってた」
「そう?さっき帰宅したから」
「そうなんだ。お疲れ様」
「うん、咲良もお疲れ様。ねえ、明日会おう」
「明日?明日は元旦だよ?おじいちゃんおばあちゃんのところに行ったりするんじゃないの?」
「行かないよ。咲良は?」
「私はいつも一人」
「じゃあ、会おうよ」
「いいけど」
「うち来る?」
「利成もいるでしょ?行かないよ」
「利成さん、やっぱり気になる?」
「気になるよ。好きとかじゃなくてね」
「そう、じゃあ、俺が行くよ」
「それもやめなよ。目立つから」
「じゃあ、どうすればいいのさ?」と不貞腐れたように言う奏空。
「奏空、あのね、私やっぱり田舎に帰ろうと思うのよ」
「何で?」
「やっぱりこっちだと色々キツイし・・・」
「どこがキツイの?」
「仕事とか、収入とか、生活が」
「そう。じゃあ、俺のところにおいでよ」
(は?)
「あのね、奏空。私はあなたのお母さんにとっては嫌な女なんだよ?」
「どうして?」
「利成だけじゃない、息子までに手を出した汚い女だから」
「咲良は汚くなんてないんだよ?利成さんのせいでそう思ってるだけだよ」
「違うよ。利成がいくら強引でも、ついて行った私が悪いの」
「あー咲良、今、おいでよ。説明してあげるから」
「何言ってるの?」と咲良は呆れた声を出した。
「じゃあ、俺が行く」
「電車ないよ」
「タクシー使うから」
「いいって、だから」
「いい、咲良のその考え方って危険だから」
「危険?」
「そうだよ、自分を責める方向って一番ダメなんだよ?」
「・・・・・・」
「じゃあ、待っててね」
「あ!ちょっと・・・」
通話が切れた。もう何なんだろう・・・?
── 自分を責める方向って・・・・・・。
そうかな・・・。でも結局そういうことでしょう?すべては自己責任なのだから・・・。
一時間もしないうちにインターホンが鳴った。時刻は夜中の一時過ぎ・・・。
「よく出してくれたね」と咲良は言った。
「え?だっていちいち許可なんている?あ、もちろん出かけることは言ってきたけど」
「そうなの?ずいぶんと自由な家庭なんだね」
「そう?普通でしょ?」とけろっとしている奏空。それから「はい、お土産」と渡される。
「何これ?お酒?」
「そうだよ。飲めるよね?」
袋から出してみると割と良さそうなウイスキーだった。
「これ、家から持ってきたでしょ?」と言ったら奏空がいたずらめいた笑顔を作った。
「うん、ちょっとね・・・利成さんの」
「いいの?勝手に持ってきて」
「いいの。利成さんはワイン派だから」
「ふうん・・・」
利成はワイン派なんだと初めて知る。
「ねえ、水割りしかできないよ」とキッチンから言うと「それでいいよ」と返事が来る。
ウイスキーと氷にペットボトルの水とグラスを二つ持って奏空の座る前のテーブルに並べた。
「俺が作ってあげる」と奏空が言ってグラスに氷を入れ始めた。
「家でも飲んでるの?」
「たまにね」
「ふうん・・・」
しばらくぼんやりとウイスキーの水割りを飲んだ。ふと見ると、奏空がウイスキーの水割りを一杯飲んだだけで顔を赤くしている。
「え?奏空ってアルコール弱いんじゃない?」
「うん、そう。そんな驚くこと?」
「だって・・・利成は底なしだよ?その息子なんだから強いかと勝手に思ってた」
「俺は明希に似たんだよ」
「そうか~お母さん側のことあんまり考えなかったわ~」とちょっと笑った。
「何でも利成さんと同じじゃないからね」と少し不貞腐れたように奏空が言った。
「ねえ、それでさっきの電話のことは?」と咲良が聞くと「あ、そうそう。忘れてた」と奏空が姿勢を正した。
「えーと・・・」と奏空が考えているので咲良は「自分を責める方向は危険だとか言う話だよ?酔ってるんじゃない?」と咲良は笑った。
「そうそう。あーでも確かに酔ってる。咲良、ここに来て」と隣のスペースを手でポンポンと奏空が叩いている。
「はいはい」と咲良が奏空の隣に座ると奏空が口づけてきた。口の中に舌を入れて絡めてくる。それがやけに色っぽい。
(何か酔ってる奏空って可愛いな)と口づけながら思う。
「咲良、帰らないでね」と奏空が抱きついてくる。
「帰るよ」
「帰らないで」
「だって誰も私の生活の面倒なんてみてくれないでしょ?自分のことは自分でしないとね」
「俺が見てあげる」
「・・・それりゃあ、奏空は収入あるだろうけど・・・赤の他人の生活見るなんておかしいでしょ?」
「何それ?赤の他人って・・・咲良は他人じゃないし・・・そもそも他人なんていないしね」
「は?他人だらけじゃない。おかしな奏空。やっぱり酔ってるでしょ?」
「酔ってないよ。咲良・・・」とまた口づけられたから押し倒される。
「奏空、私奏空がこれ以上好きになったら困るから帰るよ」
奏空の頭を撫でながら言うと、奏空が咲良の胸の上に当ててた頭を持ち上げて言った。
「好きになってよ。もっと」
「なってるから帰るの。こんな女が彼女だなんてみんなにわからないうちにね」
「咲良、そういう言い方が危険なんだよ?”こんな女”って自分の悪口を言ったらダメだよ」
「自分のことなんだからいいじゃない?」
「自分のことだから一番ダメなんだよ。自分に嘘はつけないでしょ?自分がそれを聞いちゃってるよ?悪口言われたらどんな気持ちになる?」
「悪口は嫌な気持ちになるけど、自分で言ってるわけだからいいんじゃない?誰にも迷惑かけてないし」
そう言ったら奏空が身体を起こした。
「咲良も明希みたいだね」
「明希って奏空のお母さんだよね?」
「そうだよ、明希もそう言う風に自分を悪く言うんだ。自分が一番尊いのに」
「尊いって・・・?」
「一番素敵だってことだよ」
(素敵・・・?)
「じゃあ聞くけど?一番素敵なのが自分なら、何で私は利成に振られたの?女優もやめなきゃならないの?」
咲良は起き上がった。言うは易しだと奏空の言葉に反発心が湧いた。
「・・・利成さんのことまだ気になる?」
「そういうことじゃないよ。一番自分が素敵なら何で私は・・・あーもういいわ!そんなのどうでも!」
咲良は立ち上がって寝室のドアを開けた。子供の言うこといちいち真に受けてどうする?と思った。
「寝るの?」」と奏空が後ろから言う。
「寝るよ。もう遅いっていうか朝になっちゃうよ」
「じゃあ、俺も寝る」
「ベッド使う?私下でもいいよ」
「一緒に寝よう」
奏空がズボンを脱ぎながら言う。
「パジャマなんてないよ」
「いいよ、なくても」
結局ベッドに二人で入る。
「寒くない?」と奏空に聞く。うちに来て風邪でも引かれたら大変だと思う。
「咲良は?寒くない?」
「私は大丈夫だよ」
「そう」と奏空が抱きついてきた。
(あー私ってそんなに母性本能ないのにな・・・)
咲良は奏空の背中に手を回した。
「・・・自分を責めるとね・・・」と奏空がいきなり話し出した。
「ん・・・」
「自分はそんなの聞きたくないから逃げようとするでしょ?」
「ん・・・」
「それでもどんどん追い込むとね、自分で自分を殺さなきゃならなくなるんだよ」
「ん・・・」
「俺はね、自分を嫌いだとか思ったことないけど、死にたいなって思った時はあるよ」
奏空がそんなことを言ったので咲良はひどく驚いた。
「奏空が?そんなこと思ったことあるの?」
「あるよ」
「どうして?何かあったの?」
「何もないよ。でも、周りにていうか利成さんと明希がうまく行かなくて・・・何度か息苦しくなったよ」
「利成と奥さんって仲いいんでしょ?」
「そうだね、仲はいいよ。今はだいぶ良くなったけどね」
「そうなの?だって利成は妻が大事で私に別れも告げずいきなり無視したんでしょ?」
そう言ったら奏空が咲良から身体を離して咲良を見つめてきた。
「そうなんだ・・・それは余計執着するよね」と少し冷めた目で奏空が言った。
「・・・執着なんてもうしてないよ」
「咲良?咲良は一番誰が好き?」
「好きな人なんて・・・」
「俺は?好き?」
「奏空は好きだよ」
「そう、じゃあ、その好きをもっと増やして」
「増えないよ、そんなに」
「増えるよ。もっといっぱいまで」
「・・・・・・」
「俺も咲良が大好きなんだから」
奏空が笑顔で言う。
「だから一緒にいよう?」
「・・・・・・」
「ね?」
年下なんて嫌なのに、奏空だとハマっていきそうで怖い・・・。
「奏空・・・私、奏空よりだいぶ年が上で・・・奏空はまだデビューしたてで・・・まだまだこれから何だよ。いずれ必ず私が邪魔になるよ」
「邪魔になんかならないよ」
「なるんだって!そう言う人結構見てきたよ。付き合ってても人気がだんだん出てくると、恋人なんてうざったくなるんだよ。だってまわりには綺麗な女が山ほどいるんだもの。そっちの方がいいに紀決まってるでしょ?」」
「俺はね、ならないんだよ。咲良がいいから」
「・・・奏空にはまだわかんないか・・・」
咲良は言うのを諦めた。十八歳のこれからという奏空にはわからなくて当然だ。
「わかるよ」といきなり奏空が言った。
「わかってないよ」
「わかってる」
奏空が口づけてきた。キスをしながら咲良は意識がだんだん遠のいてしまった。
朝目覚めると奏空が先に目を開けていた。
「おはよ」と奏空が言う。
「おはよ」
咲良もそう言ってから「何時?」と聞いた。
「うーんと・・・もうすぐ九時だよ」と奏空が自分のスマホを見ている。
「そう・・・」とまた目を閉じた。どうせ元旦に行くところもないし、やる事もなかった。
目を閉じると奏空が口づけてきた。それから胸を触られる。そのまま無視していると更にどんどん盛り上がって奏空が口づけてきた。目を閉じて感じていると、不意に利成とのセックスを思い出した。もしこの手が彼の手だったら・・・。そう思ったら急に感じた。利成の愛撫やキス、囁く声・・・そのすべてに自分は反応していた。奏空を通して利成を感じていつもより声を上げた。愛しい思いが溢れた。
そして事が終わって奏空が言った。
「咲良・・・そんなに利成さんが好き?」
(え?)と思った。
「な、何で?」
「今、俺のこと見てくれてなかった・・・」
「やだな、そんなことないよ」
「・・・・・・」
奏空が黙ったまま見つめてくる。咲良は心を見透かされているようで目をそらした。
「どうしたら利成さんのこと忘れてくれるのかな・・・」
奏空が言う。
「だからもう忘れてるって」
「忘れてないよ。今、利成さんのこと思ってたでしょ?」
(何でわかるんだろう・・・)と思った。勘が良いのは利成もそうだった。
「・・・正直言うと、完全に忘れてはないかも・・・。だから奏空、こんな女と別れた方がいいよ」
「”こんな女”って言わないで。俺が苦しい」
「何で奏空が苦しいの?」
「・・・・・・」
奏空が黙ってしまったので咲良は起き上がった。
「もう起きようか?」と咲良が言っても奏空は黙ったままだ。
「どうしたの?」
「咲良、俺さ今すごく悲しいよ」
「悲しいって?何で?」
「咲良が自分に嘘ばかりついてるから」
「私が?嘘なんてついてないよ。ほんとのこと言ったじゃない?」
「咲良は全然ほんとのこと言ってないよ」
奏空がそう言って起き上がった。そして「ちょっとトイレ行くね」と部屋を出て行った。
── 咲良は全然ほんとのこと言ってないよ 。
奏空の言葉が耳に残りながら咲良は着替えを手に浴室に行った。
確かに利成のことを考えてしまった。好きということより、身体がもう利成に慣らされているのだ。奏空だと物足りなさをどうしても感じてしまう。
シャワーから出ると奏空がぼんやりとテレビを眺めていた。
「シャワー使う?」と咲良が聞くと「ん・・・そうだね」と奏空が立ち上がった。
奏空がシャワーを使っている間、何か食べ物がないかと冷蔵庫を開けてみた。どうせ一人だと思っていたので何も入っていない。
(あー・・・どうしようかな・・・)
奏空がシャワーから出てきたので「何にも食べるものないけどどうする?」と聞いた。
「何か買ってこようか?」と奏空が言う。
「いいよ、私が買ってくるから。コンビニしかないけど」
「一緒に行こうよ」
「だからそれは無理でしょ?」
「無理じゃないよ」
「奏空、自覚なさすぎ」
「自覚って?」
「自分がアイドルやってるっていう自覚だよ」
「俺はやりたいことやってるだけだよ。アイドルっていうガチガチの着ぐるみ着てるわけじゃない」
「はぁ・・・やっぱお子様だな」
咲良はドカッとロータイプのソファに座った。
「何?お子様って」と奏空が下着姿のまま隣に座ってくる。
「お子様ってわかんない?子供ってことだよ。世間の厳しさ知らないってこと。親にびちびち守られてるもんね。仕方ないか」
「親って?利成さんのこと?」
「そうだよ。それとお母さんにもね」
「ハハ・・・」と急に奏空が笑ったので咲良は奏空の顔を見た。
「何かおかしい?」
「おかしいよ。明希は俺が守ってるんだもん」
「はぁ?」と思いっきり呆れた。「バカじゃない?」と続けて咲良は言った。
「バカとは何よ?」と奏空が不機嫌な声を出した。
「親に守られてるってわからないの?」
「咲良こそ、俺が守ってるってわからない?」
「誰を?奏空のお母さんを?」
「明希も、それと咲良もだよ」
「は?奏空になんて守ってもらってないよ。自分のことは自分でやってる」
「・・・そうだね。生活は咲良が自分でやってるよね」
「そうだよ。誰にも守ってもらってない」
「でも、俺は咲良を守ってるよ」
「だから・・・」と奏空の顔を見ると、ひどく真剣な顔をしていたので咲良は口をつぐんでしまった。
(守るってどういうこと?)と考えてみる。
「精神的にって意味じゃないよね?」
「それとも違うよ」
「じゃあ、わかんないよ」
「うん・・・いいよ、今は」
「あんたって不思議な子だね」
本当にそう思う。
「そうかな?」
「そうだよ」
「・・・咲良のことすごく好きだよ」
「・・・・・・」
真剣な声と笑顔・・・。
「奏空は利成とは全然似てないね」
「ハハ・・・。そうだよ?やっと気がついた?」
「うん・・・」
結局、一緒に来るというので仕方なく奏空と一緒に近所のコンビニまで行った。
「飲み物、何がいい?」と奏空が聞いてくる。
「んー・・・まあ、お茶でいいよ」
「お酒はいいの?」
「お酒・・・チューハイでも買っておく?」
「うん」と奏空が適当にチューハイの缶をカゴに入れている。
「食べるものはどうするの?」
「ん・・・適当に買お」とおにぎりや総菜をカゴに入れた。
咲良がレジに並んでいると奏空のスマホが鳴って、奏空が店から出て行ってスマホを耳に当てている。どうやら電話がきたらしい。
会計を済ませて咲良が表に出ると、奏空がちょうど通話を切った。
「電話?仕事とか?」
「違うよ。家から」
「お母さん?」
「そう」
「帰る?」
「何で帰るの?」
「だって電話ってそういう電話でしょ?」
「違うよ。いつ帰るかって聞かれただけ」
「そう?いつ帰る?」
「まだ帰らないよ」
「そう」
アパートに戻って朝食兼昼食を取った。
「ねえ、咲良。一緒に住まない?」といきなり奏空が言ってくる。
「そんなわけにはいかないでしょ?バカ言わないでよ」
「またすぐ”バカ”って・・・。本気だよ?」
「バカだよ。一緒に住んでどうするの?」
「・・・時期を見て結婚しよ」
「あーほんと!奏空ってバカすぎる」
咲良は大声で言うと立ち上がってキッチンに行った。そして今日買ってきた缶チューハイを冷蔵庫から出した。それをそのままキッチンで開けて一口飲んだ。
「咲良、知ってる?利成さんも学生のうちに明希と一緒に暮らしたんだよ」と居間から奏空が言う。
「利成が?」
「そう。まだ大学生のうちに明希と暮らして、ソロデビューした直後に明希が妊娠して結婚したんだよ」
「デビューした直後に?利成がそう言ったの?」
「そうだよ」
「へぇ・・・」と何だか感心した。そこから今日まで離婚もせずにきたなんて・・・と思う。
「利成さんがそうだからってわけじゃないけど、そういうのも有りってことだよ」
「そうだね。でもそれはあくまでも利成の場合。奏空とはまた話が違うよ」
「どう違う?」
「利成はアイドル路線じゃないし・・・ある意味私生活も売りだったでしょ?でも、奏空は違う。アイドルに求められているのはそういう私生活じゃないでしょ?」
「何求めてるの?」
「わかるでしょ?それくらい。奏空もそうなりたくてアイドルになったんでしょ?」
「何求めてるか・・・全員が違うでしょ?でも、咲良のいうこともわかるよ。ちなみに、俺はそうなりたかったからアイドルになったわけじゃないよ」
「じゃあ、何でよ?」とチューハイを手に居間に戻って座った。
「一番派手派手しくやれるからかな?マニアックな利成さんみたいなのより一般受けするから」
「じゃあ、より多くの人に見てもらいたいってことでしょ?」
「そうだね。そういうのもあるよ」
「じゃあ、自分が注目されたいからでしょ?そうなりたいってことだよ」
「んー・・・咲良に説明難しいな・・・」
「何か格好つけてるだけじゃない?モテてちやほやされて、承認欲求も満たされてお金も入る。皆そう思って芸能界に来るのよ」
「そうかな・・・そういう部分ももちろんあるね」
「ほら、奏空にもあるでしょ?」
「んーないわけじゃないけど・・・。でもね、咲良にちやほやされたいな」
「ふうん・・・一人でいいの?」
「基本的に人は独りだよ?」
「あー意味通じてないわ」とチューハイの残りを飲み干した。
「もう帰ったら?家から電話来てたでしょ?」
咲良が時計を見ると、時刻は午後二時半だった。
「まだ時間あるじゃん。一緒にいようよ」
「・・・私、田舎に帰るからね」
「そう・・・」
「だからもう今日で別れて」
「まあ・・・その話はまた後日しようよ」
「やだ!もういいの。別れて」
やけくそになって言ったのは、やっぱり一緒にいるのが辛くなってきていたからだった。どうしても別れのことを考えてしまう。
「咲良、ちょっと来て」と手招きされる。
「うるさいな・・・」
「じゃあ、俺が行くよ」と奏空がそばにきて抱きしめてきた。
「・・・もういいから、ほんとに」
「うん・・・」と腕に力を込める奏空・・・。その温もりを感じながら別れたくないなと思ってしまう。
結局そのまま居間で今日二回目のセックスをしてしまう。ああ、意志が弱いんだからと自分に腹が立つ。
「今度は俺のこと見てくれたよね?」と終わった後奏空に言われる。
「・・・今朝だって奏空のこと見てたよ」
「またまた・・・違うでしょ?」
「違わない」
咲良は居間の固い床から起き上がった。そして下着をつける。
「咲良ってすごい綺麗だね」と奏空も起き上がってくる。
「はいはい、ありがと。綺麗な人なら芸能界山ほどいるから」
「何でそんな素直じゃないの?」
「素直だよ?」とTシャツに袖を通す。「奏空も早く着なよ。風邪ひくよ?」
「大丈夫だよ」
咲良は奏空を見つめた。奏空の方がずっと綺麗だと思った。それはもちろん容姿だけのことではない。
(ほんとに田舎に戻ろう)と思う。これ以上は辛いだけだ。
「ほんともう家に帰りなよ」
咲良は言った。
「やだ」と言いながら服を着る奏空。その不貞腐れた顔を見ていたら何だか「プッ」と吹き出してしまった。
「何さ?」と尚更不機嫌そうな顔を奏空がする。
「何でもないよ。じゃあ、いていいよ」と咲良が言うと「うん」とパッと嬉しそうな表情になる奏空は、ちっとも利成には似てないなと思った。
「ほんと俺、咲良が好きだな」と奏空が嬉しそうにつぶやいていた。




