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「汝の魂と共に在らんことを!」
玉座とともにある聖堂の広間に参内した一三百二十四人の騎士たちが一斉に跪く。純白の長衣を履き、その上に胸甲冑を身につけている彼らこそが次代の聖遷軍戦士である。この儀は、銀の匙をくわえて生まれ育ったにもかかわらず、人生を信仰のため武の道にささげることを誓った貴族子弟の成人式〈イニシエーション〉であった。儀式の始まりは典礼僧の弾くパイプオルガンの音からだった。詠役を拝命した少年たちの「聖なるかな」の聖句が重なり、静寂で厳かな空気を震わせる。
「これより鑑定を執り行う。前へ!」
至高のホーリーロード・フェデックス三世がうなるような大声 - 咽喉の潰れた戦場帰りの声でそう言うと、広間の前室から鑑定人たちが入ってきた。身廊を歩く鑑定人の手には、各々で整えたハンマーが握られていた。鑑定人が五体投地する騎士の背に立つと、詠役がワインの入った桶をそばに置く。中にはアルコールで清められた釘が入っていた。鑑定人は手を濯ぎ、釘を取り出す。そして静かに手を合わせて一礼。豆のできた手でしつこく坊主頭を撫でまわす。それはもうコネコネと捏ねまわす。一意に定まった。鑑定人は爪でやさしく引っ掻き皮膚に印をつける。そして釘をエプロンで拭い頭頂にあてがい、狙いをすまして。ぐちっ。
「あっ…あっあっあっ」
鑑定人は清ました手つきで頭上にハンマーを振り下ろした。「正義を振り翳せ!」打痕めがけてもう一打。カーンと金属音が頭の中に響きわたる。「悪意より高く!」天球の音楽が霊の中で高らかに。打つ。打つ。掛け声とともに。そして釘を打たれたものは身体をぴくっと震わせる。身体中に走る法悦。感動。魂の働き。あるいは脳漿炸裂。釘が身体になじむまで頭頂は泡を吹き––いかに心身を鍛えていようと長卓に倒れてそのまま死んだ者も少なくない。それでも釘を打つ手は止まらない。にじむ血の雫をタンポンの白綿で拭き取ると鑑定人はその名を告げる。心が語る。心で語る。ただ一なる神から授かりし才〈ギフト〉の名を。
「汝のスキル名は傀儡錬成Aだ!」
「悪意より高く!」
「汝のスキル名は身体強化C!」
「悪意より高く!」
こんこんこんと叩打。叩打。叩打。鑑定人は前列全ての才名を告げおえると次列の鑑定へと移る。イ=グールス侯爵の末弟タオはさざめき震えていた。それは感動の甘さからではなく酸い恐怖からであったが。カーン。カーン。カーン。迫りくる金属音。魂の爽醒と血の奔逸。不信心なタオからすれば眼下の行はグロテスクな血浴でしかない。そう血浴。粛清ではないか。ふと走馬灯がよぎった。イ=グールス侯爵は北東を拓く信仰の剣。先代はフタコタ川をさかのぼり北上、山嵐の吹きすさぶ灰色の平原に帯剣遠征軍を遣りタコタライズ砦を建設し一帯に農地を広げようとしたが、痩せた草炭地では冬を越すことができず、ついに飢えた労役囚共が反乱、長く伸びきった軍は草原の首狩り部族と争い襲撃をかわしながら苦闘の末、ばらばらに故地にたどりついた。錦を飾る大陸軍も今やぼろ布。口を開けば褒章だの遺族年金だのを求めるばかり。ぼろ布をまとった乞食党である。もちろんそれを払えない侯爵もまた乞食。イ=グールス侯子もまた乞食。それも末弟に守るべき財など寸土もなかった。ゆえに聖遷。信心などなくても闘わなければならない。信仰を脅かすような敵と。そして知らしめすのだ。世人に謡われるような活躍を。それはタオにとって計画というには曖昧だが明白なる天命であった。が、しかしこれは闘いではない。眼下の惨景に敵などいない。これは闘いの前の、そう、単なる前戯にすぎないのに。どうして頭にこんな釘なんかを打たれて。
刺すようなひんやりとした感触。ついにきた。つるつるとした頭に頸木が打ちこまれる。瞼ぴくぴく。脚びくびく。死との格闘。まどろみ。眠り。そして醒める。あらゆる色が現れる。色と形が現れる。唱歌弾琴吹笛。合唱。及び神の霊の中に昇るあらゆる最上位天上的音楽。愛すべき抱客、接吻、貪合、美味と美香、知恵の木の実を食べるあの淫亂な天の悦と永遠の爽快が現れた。
「汝のスキルは……エコシステム」
虚脱。エコシステムとは一体なんなのか。タオは不快な頭中を刺す痛みに耐えながら、しかし人の考え得るものの中にないその名について、ついぞ考えがまとまることはなかった。「はっ。エコシステムってなんだよそれ」ただ現世利益を求めに参列した騎士は聞いたことのないスキル名につい失笑した。が、直に釘を打たれると顔色を失った。しかし死ぬだけであればどれだけ幸運なことであっただろうか。教会が定める鑑定人の腕前であれば叩打の二、三で釘は頭中へと打ちこまれる。失敗するにしてもたったそれだけだ。何度も首を斧で切りつける処刑人の断頭に比べれば人道的といえる。聖遷の目的はすなわち魔領への侵攻。目下のところパールス朝の大ハーンとその眷属を倒し辺土を平定することだが、それは単なる名目にすぎない。実のところパールスの魔王は既に眠りについており、霊廟を死守する魔族は互いに反目するのみで既に征服行に抗する力はなかった。つまるところ平定とは辺土の魔族を収攬し食い扶持をつくるということだ。目を潰し鼻を削ぎ。妊婦の腹を割き赤子を煮る。魔族が言うには辺土の木には人間の果実が生るという。これまで先人がやってきたことだ。そして先人は口をそろえてこう言うのだ。辺土の木には甲冑の果実が生ると。魔族は復讐の機会を逃さない。これから力なきものが受ける責苦である。
「おぉ……奇跡です。今年は八百二十二人が神に選ばれました。汝の魂と共にあらんことを……」
血まみれのエプロンで顔を拭った鑑定人が至高のホーリーロードに告げた。片手に金槌、片手に釘をたずさえた鑑定人たちはただ一心にホーリーロードを見つめている。その顔は血濡ながらも化粧の下に充足感をうかがわせていた。
「才を授かったのはたった五百二人ですか。なんともはや」
管財僧が筆を執りながらひとり言ちる。ともかく聖遷の仕度はこれで整ったことになる。
「……それでは第四回聖遷軍の開始を宣言する。これから敵を討つのはここにいる者だけではない。われわれは一人ではない。コクド帝国からは貴族軍四万名に合わせて白獅子騎士団二千四百名、高名なるグロス伯の七光星騎士団、北極星騎士団、佳眉騎士団、紫薇騎士団の二百十一名、ヤメロッテ公国からは北地中海商会連合麾下市民兵”白の三羽鴎”、オッチ公直属テルシオ軍団”クールミントの動く森”が自由都市ソコトバンクへと集結しつつある。彼等と共に停泊している大ガレー船団に乗りこみ一路魔王討伐の悲願を果たすのだっ!!」
「ああぁああぁぁあ!敵、敵、敵、魔族、反吐!吐瀉!敵!敵、敵、敵、上へ、上へ、力と征服へ、玉座と支配へ、上へ、上へ、上へぇぇぇええへへぇ!」
「神はそれを望まれる!」
「「「神はそれを望まれる!」」」
「「「おわぁああああぁぁぁあ!!!」」」