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グレイシアの秘密

 冷たい態度の無表情で感情のない女、と陰口を叩かれていることはもちろん認識しているけれど、もちろんわたくしにも心はある。


 歩きながらも呼吸に意識をはらい、深く息を吸い、そして吐く。


 本当に、怠い。


 と、思っていても言葉には出さないし、顔にも出ていないと信じたい。そのまますたすたと広々とした庭園内と突っ切ってゆくわたくしに、通りすがった人々が会釈をして、そして目を逸らす。


 わたくしを見ても、特に面白いことはなにも起きないから。


「つまらない女」だと下された評価は、おそらく世論と一致しているだろう。


 グレイシア・リーヴズ公爵令嬢として生を受け、周囲の期待に応えるために自分を押し殺し、感情を封じ込めることを十八年の暮らしの中で身に着けた。


 今となっては、殿下に対してはもう少し柔和な態度でかわしていった方が、良い関係を築けたのではとも思えるけれど、あいにく今も昔もそこまで器用ではなかった。


 反省はあるけれど、きっかけがなくて、急に今更人が変わったようにふるまうことも難しい。


 足を向けた先には図書館棟がある。二年前に老朽化のために取り壊しが決まり、わたくしはルーカス殿下によって『グレイシア、お前がやっておけ』と移転の総監督に任命された。


 押し付けられた仕事ではあったが、作業はそれなりに楽しかった。わたくしにとってはルーカス様のことを含む考えても仕方のないことをに思い悩まなくて済む時間だったから。


 ……わたくしが作業のために図書館棟に詰めてほこりまみれになっている間、お二人の距離がぐっと近づいていたのは誤算だったけれど。


 作業はとうに完了し、時たま昔を懐かしむ人が別れのためにやってくる程度。


 わたくしもその一人だ。昔はよく、厳しい王子妃教育に耐えかねてここで一人泣きぬれていたものだった。あの頃のわたくしはただひたすらに自分の役目に忠実で、真面目にやってさえいれば報われるのだと、何も疑わなかった。


 それに、楽しいこともあった。ここで友達が出来た……今となっては、それが誰だったのか思い出せないけれど、わたくしはその「お友達」に会うためにここを訪れていたのだ。


『グレイシア、強くなれるおまじないを教えてあげようか』


 ここに来るたびに、かすかに残る紙の匂いが、あの頃の記憶を引きずり出して、胸がちくりと痛む。


「ええと、確かこのあたりに……」


 新館に保存すべき蔵書はすべて移動し終わった後で、残されたのは「後世に残す価値なし」と判断されたものばかり。けれど、そのような「とるに足らない、暇つぶしにしかならないもの」と判断されたものの方が、心に安息をもたらす存在となる場合もある。


 古びた革表紙の本を一冊、手に取る。かすれて読めなくなりそうな背表紙にはうっすらと金文字で「おまじない・魔術大全」と書かれている。


 わたくしの誰にも言えない密かな趣味、それは「おまじない」をすること。


 子供じみてとても話題には出せないが、わたくしはこの小さな儀式に何度も救われてきた。


 魔法なんて存在しないことは、十分に理解している。神も、幽霊も、運命の赤い糸も存在しない。すべては本人の気の持ちよう。だから、わたくしはわたくしが強くあるために、冷たい仮面の下で、自分を保つことができるよう、自分に暗示をかけるのだ。


「ええと、心がすっきりするおまじないはこの前やったから……」


 ひとりごとを呟きながらページをめくる。こういった本を自室に置いておくことはできないから、おまじないを行うのはこの図書館に限る。


 今の気分になにかぴったりなものはないかと、少しずつ日が傾く部屋の中で、ぱらぱらとページをめくる。しおりの紐が挟まれている箇所が、1ページ。この前は無かったように思う。わたくしのようにしょうのないことを考えている人が、他にもいるのね。

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