落ち着かないパーティー(前)
「やっぱり、マーシュはとてもかわいいわ~」
「ハチドリの巣箱」で購入した上下セットと装飾品をまるごと、試着したままお買い上げ。
帰宅して早速、お着替えの中から小さな革の靴を選び出してマーシュに履かせる。まるであつらえたようにぴったりだ。同じお店で作られたものなのだから当然といえば当然だけれど、それでも合わせてみるまでは不安なものだ。
真新しい衣装に身を包んだ黒ウサギのマーシュは、まるで黒の貴公子といったところ。
──今日は散々だったけれど、最後に素敵な品が手に入ってよかった。これはわたくしからわたくしへの誕生日プレゼントよね。
「マーシュ。誕生日パーティーには、このベストを身につけていくのよ。それであなたはわたくしのポケットの中で、わたくしの心の支えになってもらうの」
マーシュは角度によって表情が変わるけれど、ちょうど窓から差し込む日の光の加減で少し俯き気味に見える。
『パーティーには行くけどさ、なんだか気取った感じで窮屈だよ!』
マーシュはそんなことを呟いているように見える。
「わたくしの方が窮屈だから、仕方ないじゃない?」
最高に憂鬱だった筈の誕生日パーティーが少しだけ、楽しみになってきた。
■■■
誕生日当日、パーティー会場であるリーヴズ公爵家の大広間は色とりどりのドレスと賑やかな会話であふれていた。大盛況と言ったところだろうか。
けれどわたくしにとってはその事実はそれほど重要ではない。この場に来た人々の大半はわたくし自身に興味があるのではなくて時期王妃としての立場に興味があるだけだから。
お母さまや兄妹は公爵家の威信を示すことが出来て機嫌がよさそうではある。それも、ルーカス王子が本当に来ないのだと知るまでの間だと思うけれど。
──今頃、ルーカス王子とリーザさまはどこか別のところで過ごしているのだろう。王子に見捨てられた哀れで惨めな女だと嗤っているかしら?
しかしそんなことはやっぱり、わたくしにとってはどうでもいいことなのだった。
何しろ今日はマーシュと一緒なのだから。ドレスに作った隠しポケットの中にひっそりと忍ばせた彼の存在だけで、わたくしの気分は上々だ。
表面上は無表情を保ちつつも、心の中ではマーシュを大きなケーキのそばに飾ったらどうなるかしらと、つい夢想してしまう。誰にも気付かれないようにこっそり飾ってみようかしら。あの花とプレゼントが大量に積まれている箱の上あたりに、まるで英雄王のようにちょこんと……。
「お姉様ったら、またそんなにぼーっとした顔をして」
「し、していないわ」
妹のパトリツィアがシャンパングラスを片手に意気揚々と近寄ってきた。
「主賓なのだから、もっと楽しそうな顔をしなくちゃだめよ!」
「しているわ」
今日はわたくしにとって悪いことは何も起きていないのだから、気分はいいのだ、間違いなく。
「私ね、お姉さまのためにね」
「ために?」
パトリツィアが私に悪意を持って何か行動を起こすことはないが、同時に純粋な親切心で行動を起こすこともない。わたくしのためというのは、回り回ってパトリツィアにも利のあることしか彼女はしない。
「特別なお客様をお呼びしたのよ!」
パトリツィアは花のような笑顔をわたくしに向けたけれど、その発言で一瞬にして心にさざ波が立つ。
特別なお客様というのは……考えたくもないけれど、間違いなくルーカス王子ではない。亡くなった父があの世から舞い戻ってくるはずも、かわいいぬいぐるみのはずもない。
閉ざされていた大広間の扉が、ゆっくりと開く。
遅れて登場しても差し支えのない人物、それは……!
「ナサニエル様! 来てくださったのですね~!」
わたくしは俯いていて、パトリツィアのはしゃいだ声しか聞こえない。けれどまず間違いなくナサニエルと言ったらナサニエルなのだ。
「グレイシア様。このたびのご招待、心より感謝申し上げます」
そう挨拶をされて、顔を上げないわけにはいかなかった。
「……っ!」
つとめて冷静に振る舞おうとしたのに、彼を見た瞬間に心臓が止まりそうになった。もちろん、今更彼の造形に感心したわけではない。問題は彼が身につけている衣装だ。
だって、どこから見ても、マーシュが着ているものと全く同じデザインなのだもの。