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新しいお洋服

ひさしぶりの更新になってしまい申し訳ありません……!完結までは書く気がありますので、まったりお付き合いいただけると幸いです。

 わたくしにだって、マーシュと喋る、おまじないをする以外にも趣味はある。


「せっかくマーシュがいるのだから、メアリに会いに行きましょうね」


 ポケットからマーシュを取り出すと、マーシュは頷いた……ように見えた。


 目的地は市街地にある店「ハチドリの巣箱」だ。こっそりと人気の少ない裏通りから馬車を入れ、裏口のドアを三回ノックすると、ドアの向こうからパタパタと足音が聞こえてきた。


「まあ、グレイシア様……!」


 ドアを開けた店主のメアリが破顔してわたくしを出迎えてくれる。わたくしはここのメゾンの上顧客ではあるが、わたくしに挨拶をする時のメアリの表情というものは、商売人が向けるものよりもっと爽やかで実直に感じられて、好感が持てるものだ。わたくしも彼女を見習うことができればそれが一番いいのだけれど……。


「ごきげんよう。近くまで来たもので、何か新作がないかと」

「まあ……わざわざお越しくださって、ありがとうございます。本当はこちらからお伺いすべきところ……」


 メアリは布を抱えていない方の手で、わたくしをアトリエに招き入れた。メゾン「ハチドリの巣箱」は、王都でその名を知られつつある新しい店だ。伝統的なスタイルに若い感性を取り入れた少し派手なデザインがメアリの持ち味だ。言動が面白くないのならば服をちょっとばかり面白くしてみたら会話のとっかかりになるかもしれないと考えて、彼女の作ったドレスを着用してみたのが縁の始まり。


 ……ドレスは「よくお似合いです」としか言われなかったので、あまり元の目的は達成されなかったのだけれど、それでもわたくしがメアリにドレスを注文し続け、こうして足繁く通うのは自分のためだけではない。


 マーシュのためだ。


「忙しいところ、お邪魔して申し訳ないわ」

「いいえ、これもグレイシア様のおかげですから。おかげで「裏」も「表」も繁盛しております」


 メアリはひまわりのように、にっかりと笑った。わたくしも頑張って口角を上げてみる。


「ぜひ、お見せしたい新作があるんです。マーシュちゃんにぴったりで、気に入っていただけるといいのですが」

「今日はマーシュも一緒なの。ちょうど良かったわ」

「まあ、それはよかった! 試着がはかどりますね」


 試着とは、もちろんマーシュの服のことだ。メアリはわたくしのドレスに使ったはぎれを作って、元々の趣味だったぬいぐるみ用の小さな服を作りはじめた。それを店頭のディスプレイにしていたところ、世の中にはわたくしのように小さなお友達を大切にする方が結構な数いらっしゃるらしく、ひっそりとオーダーの注文が入るようになったらしい。


 わたくしもその小さな世界に夢中になった一人だ。だからこうして、もちろん全てを語る訳ではないけれど、この店の中では素の自分に近い状態で過ごすことができる。


 メアリに勧められるまま、布やきらきらと輝くビーズやリボンが広がっているテーブルの端にマーシュを乗せて、わたくしはその前に腰掛ける。そうしているとメゾンの店員がうやうやしく、ハーブティーと焼き菓子をわたくしに、そしてきちんと陶器で出来た小さなティーセットをマーシュの前に置いてくれる。


 例え貴族の令嬢に対するご機嫌取りとかままごとと言われようと、わたくしはこの店のこういった心配りがとても好きなのだ。ハチドリの巣箱の人はわたくしの好きなことをバカにしたりしないから。


「マーシュ、よかったわね。お茶をいただきましょう」


 湯気のむこうのマーシュの瞳は心なしか輝いているように見えて、わたくしもとても嬉しくなる。


「お待たせしました、グレイシア様。こちらが新作になります!」


 メアリが鼻高々といった様子で小さなぬいぐるみ用の服を掲げながらこちらにやってくる。わたくしはそんなに視力が良い方ではないので、目を細めてじっくりと……。


 じっくりと……。


「……」

「あ……あれ? グレイシア様……お気に、召しませんでした?」


 メアリの不安そうな声にとっさには反応ができなかった。言いたいことは沢山あるのだけれど……感激で、声が出てこないのだわ。


「すみません、金より銀ベースの方がよかったで……」

「いいえっ、素晴らしいわっ!!」


 がたりと立ち上がると、衝撃でマーシュが倒れた。


「……もう、素敵すぎて、声が出せなかったのよ!! とっても可愛いと思うわっ!!」

「良かったです~!!」


 声を張り上げると、メアリはほっとしたのか、胸を撫で下ろした。


 彼女の手の中にあるのは、小さな黒いズボンと白いシャツに黒いベスト。まるでパーティーに向かう貴公子の服をそのまま小さくしたようなものだが、その仕立てにはぬいぐるみが着るおもちゃだからと気を抜いた様子は一切ない。


 ただの黒ずくめでもいいところ、ベストは艶のある黒地に、片側だけ精巧な金の刺繍が施されていて、左右から見た時の印象が違う。一粒で二度美味しいとはまさにこのこと……!


「セットに金の腕輪と、タイピンもあるんですよ~。このデザインを作ってる間、マーシュちゃんのことが脳裏にちらちらして、あ~これ絶対似合う~と思ったので、気に入っていただけたようで良かったです」


「買うわ!」


 試着しなくても分かる。これはまるでマーシュのために誂えられたようなデザインだし、寸法もぴったりだろう。


「いえいえ、一応念のために試着はしてください」

「わ、わかったわ」


 早速、わたくしはマーシュにそのベストとズボンを着せた。腕輪も小さな前脚にぴったりとはまり、思わず感嘆の声が漏れる。シャツの袖には小さな紫水晶をあしらったカフスボタンもついている。職人技には感嘆のため息しか出ない。


「ああ~……マーシュ、なんてかわいいの!」


 わたくしは想像する。


 この服を来ておめかしをしたマーシュがわたくしの膝の上にいるところを。形ばかりの心ないお祝いにやって来た人々が、本心からマーシュをかわいいと褒めてくれるのを。


 例え誰が──わたくしの誕生日パーティーに婚約者のルーカス王子が来なくたって、わたくしは堂々としていられるだろう。だってこんなにも可愛い騎士がわたくしの側に居てくれるのだから。


 とにかくこれはいい。これはとてもいいものだわ。後世、博物感に飾るべきだわ。


「グレイシア様?」


 メアリの声で我に返る。


「ええ……ごめんなさい。感動して、しばらく妄想の世界に行ってしまっていたわ」

「ほかの顧客の方の衣装をお作りしたときに、インスピレーションが湧いてきまして。急いで仕立てたかいがありました」


 メアリは先ほど完成したばかりなのだと、額の汗をぬぐう仕草をした。


 どこかの誰かとベストのデザインが被っているらしいけれど、それは気にしない。良いデザインならば、あっと言う間に社交界に広まるだろうから。


 ──それに、どんなに立派な方が着用しようとも、このマーシュのかわいさにかなう筈がないと言い切れるわ!


「ありがとう。とても気に入ったから、買わせていただくわ。ぜひ、今後ともよろしくね」


 ぎゅっとメアリの手を握ると、メアリも嬉しそうにわたくしの手を握り返してくれた。


「グレイシア様に気に入っていただけたようで、嬉しいです。元のお客様にも満足していただけたので、また来店していただいて、いい感じの発想が浮かんでくるといいのですけれど~何しろ、とってもイケメンさんだったもので……」


 メアリはうっとりと、夢を見るような表情を見せた。男性だけれどその方がメアリのミューズということね。


 ふと目を上げると、テーブルの上に小さなトルソーが置かれていたことに今更気が付く。そのトルソーには、作りかけの小さなドレスが掛けられている。


 そのデザインには見覚えがあった。わたくしが誕生日パーティー用に注文したものにそっくりだったからだ。


 ドレスは可愛らしく、本物さながらに繊細なレースと刺繍が施されていた。その色使いもマーシュの衣装と並べても見劣りしないほど美しい。けれど、マーシュは男の子なのでこのドレスを着ることはないから、どこかほかの子のためのものね。


「それはほかのお客様が、ちょうどマーシュちゃんぐらいのぬいちゃんに着せるドレスを作って欲しいって注文されたんですよ」

「そうなの」


 彼は氷の花のような、高貴で美しくて繊細なドレスを、と注文して、メアリがそれならこのデザインがぴったりだと思ったそうだ。……注文者はかなりの派手好きのようね。


「マーシュちゃんとその子が、パーティーで出会えたらいいのになー。並んでいるところを見られたら、私、昇天しちゃうのに。……あ、もちろん人間用の服が並んでるところでもいいですけれど」


 メアリはほかの顧客情報を明かさないから、小さなドレスを身につけたぬいぐるみとわたくしが出会うことはないだろう。……ベストの主には会うかもしれないけれど、広い社交界のこと、おそらく出会っても気が付くことはないだろう。


「離婚前夜、夫に『好きです』と告白してしまった悪妻の末路」というハピエン短編を書きました。そちらも覗いていただけると嬉しいです。

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