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満たされる空間

作者: 紫媛

私は目を閉じる。

静寂に包まれるこの空間。豆電球の薄ら赤さが壁紙を染め上げている。

肩、腕、腰、太股、脹脛。

順番にぬいていく力。

ぎしり ぎしり

白く、細い首に捲きつくまぁるい輪が泣いている。重いよ、痛いよ。

ぎしり

疲れたよ・・・

日常から解放されるこのひと時は、ポールから吊るされたループと私が入れ替わる時間。食い込む絹の感触が脳内麻薬の分泌を促す。

冴え渡る私という生き物。

押し狭められた頸動脈は副交感神経を高め、ようやく表情筋がゆるむ。

嗚呼、苦しい。凄く苦しい、酷く苦しい、大変苦しい。

駆け巡るエンドルフィンはずるずると、そう、あくまで、ずるずると私を快楽に落とし込む。日増しに上昇する閾値に振り回されっぱなしだ。しかし、幸福を具現化するにはこれしかない。わたしにとってこれが生きているという証拠。リストカットより遥かに生きている。茫洋とした海にたゆたう様な心地良さはきっと擬似首吊でないと望めない。

ー意欲・生きることー これらに必要なノルアドレナリンは私には向かない。もう、いいんだ。疲れたんだ。

ぎしり ぎしり

正直な音に安心して目を開けた。

唐突な幸福の終焉。


(・・・私、本当は、あなたの手で目を閉じたいのよ。)


携帯電話を開き、メールボックスをチェックしても、やっぱり0件。

選択を誤った気がするわ。私、一人だけでは矢張りだめなのよ。色々な人に

「かわいいね」

「きれいだね」

「だいすきだよ」

言われたいの。別にその言葉が本心から出なくてもいいわ。私といるときだけそれらしく振舞ってくれれば私が安定するから。それにそうすれば、あなたが私を殺したいほど愛して、はくれない事実に目をつぶることができたのに。

「異常だよ」

「歪んでる」

罵りたい?いいのよ、いくらでも罵ってみてよ。あなたにそれができるのかしら。あなたは「正常」だものね。普通に恋をして、普通に働いて、普通に眠る。マジョリティは強いけど単独では弱い。私は社会的にきっとマイノリティなんだと思うの。周囲の人たちが楽しそうに話している言葉が理解できない。何故そこで皆声をそろえて笑っているの?それは面白いことなの?どうして皆が同じ所で同じ感情表現をしているの?すごく気持ちが悪いよ。均質すぎて背筋に冷たいものが流れるのが分かる。異常なんてもの、本当は何処にも無いことを知っているわ。人の手で形作られているだけなんだから。ここで一つ例を挙げましょう。男女間の恋愛はマジョリティ、同性間の恋愛はマイノリティ。よって同性間の恋愛は異常。しかし、しかしだよ、仮にマジョリティが同性間恋愛ならば現在正常と見做されている異性間恋愛は異常となるではないのですか。更に、異性間恋愛の内部にも異常は存在している。馴染みどころではネクロフィリアだろうか。異性は好きだ、だが生きている人間には興奮しない。

ここで嗜好による興奮について述べたいと思う。性的興奮は脳内で脳内麻薬の一種であるエンドルフィンが高まることによる。どのような行動をとった時に分泌が高まるかは個体差が大きい。とどのつまり、興奮の根本は皆さん同一なのですよ。マイノリティもマジョリティも存在せず、全て押しなべて同一。これでもまだ正常と異常を区別するのですか。


窓の無いこの空間。かちりと切られる豆電球。私は原初の闇を求め眠りに付く。

「シニタイの?」

夢の中で輪っかに形成された絹が私に問いかけてくる。毎夜、毎夜、

「シニタイの?」

そうかもしれない。分からないの。ただ・・・

「逃げたいの」

ぎしりぎしりぎしり

「これ以上逃げたいの?」

哀れむような視線が私を見下ろす。

「異常とか、マイノリティーとか、もう疲れちゃった。」

視線の海に溺れている。このまま溺れ死ぬのだろうか。どうせならエンドルフィンの海に溺れて死にたいと思う。

「ひとりぼっちなんだね」

私、泣きたいの。だけど、泣き方が分からなくなっちゃった。泣けば明日も強くいれる気がしたのに。いつから泣けなくなったのかな。

「抱きしめてよ」

ぎしり

「できないよ、ただ、締めることしかできないよ」

まるで小さい子が駄々をこねるように、いやいやと首を振る。

「抱きしめて、抱きしめて、お願いよ」

ぎしり

絹の軋む音しかない空間に独りぼっち。

泣ければ少しは楽になれる。そうすれば私、救われるのかな。

「ごめんね」


夢から覚めても暗闇が私のそばにあった。今日は何年何月何日で何時何分何秒で、とかどうでもいいことばかりに気がいく。肝心なことは私の心臓が動いているという事実。

どくん どくん

何も考えたくないのだけれど、心臓が動き続ける限り脳は思考するのだろう。

思いついたようにベットから降り部屋の電気をつけたら、予想もしない明るさに瞳孔が収縮する。明るさがじくじくと眉間に沁み少しだけ電気をつけたことを後悔してしまった。

ベッドそばの引き出しを開けると、色とりどりの絹が私の目に飛び込んでくる。収縮した瞳孔にもかかわらず明瞭に細部まではっきりと見えた。赤、黒、黄、紫、緑、青・・・ 雑然と並べられているにも関わらずとても魅力的だ。どの色にしようか、緑にしょうか、それとも青にしようか。

嗚呼、現在には紫がふさわしいだろう。

「吸い取って、成り代わって、救って、溺れさせて!」

鼻歌を歌いながら私はポールに絹を括り付ける。末端まで血液が巡っていることが明瞭に意識されぞくぞくする。素敵、なんて素敵!私生きているわ。

輪に自らの頭をくぐらせ、幸福をはじめる。

身体の力を抜くに従って締められる私の首。駆け巡るエンドルフィン。全ての人間が溺れる快楽の海に私も浸る。マジョリティもマイノリティも正常も異常もすべてが同一なここで私は生きている。

ぎしり

煌煌と照らされるこの空間に響くのは私の呻き声とループの軋む音。せき止められた頚動脈が脳の思考を中止させる。

ひと時の幸福に私は泣き方を思い出せそうな気がした。

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