最終話
翌日、骨になった母は腹が立つくらい白かった。
死に化粧された顔を見ても何も思わなかったのに、この白を見ていると異様に腹立たしい。
あなたの娘はこんなにも黒いのに。あなたが私を黒くしたのに。どうしてあなただけが――
コトリと、少し高い位置から骨が骨壷に落ちる。一緒に掴んでいた弟は一瞬だけ驚いた顔をしたけれど、自分の手が滑ったと言わんばかりに困った顔で小さく周りに会釈した。
「――最後でもいいんじゃない?」
火葬場から帰ろうとする私に弟が声をかける。少し離れたところには兄と父がいて、私がどうするのか見守っていた。
「どうせ四十九日も来る気ないんでしょ? 義理は通したよってパフォーマンスにはなると思うけど」
「一周忌があるでしょ。その後は三回忌も。……古い家だから結構先までしっかりとした法事をやるかもしれない。娘の私がいないんじゃ、あんた達も肩身が狭くなるかも」
「悪くなるのは俺達の立場じゃん、姉ちゃんのじゃないよ」
「だからそれが私のせいだって話で……!」
「姉ちゃんはさ、もっと自分勝手になっていいんだよ。人の問題を自分の責任だと思いすぎ。その調子じゃ『母親が嫌いな娘なんておかしいのかも』とか思ってるんじゃない?」
なんで知っているの――弟の言葉に口が動かなくなった。動かそうとしても震えるばかり。周りの音が、なんだか遠い。
「いいんだよ、『お母さんのせいで私は生きづらいです! くそったれ!』って大声で言っても。姉ちゃんがそう思うのは母ちゃんのせいであって、姉ちゃんのせいじゃないんだから」
やけにはっきりと聞こえてきた弟の声が、私の中の黒さを掬い上げる。腹から持ち上げられたそれは喉を通って舌の上に寝そべり、ごくりと飲み下そうとしても動いてくれない。
口が動きそうになる。でも今じゃない。私の意思じゃない。それなのに溜め込んだ何かが、私を無視して外に出ていこうとする。
いいのだろうか、娘がこれを吐き出しても――浮かんだ疑問は遠くに追いやられて。〝そうしたい〟という気持ちだけが、そこに残った。
§ § §
小さな丘の上から古い家の屋根を眺めていると、記憶の中との違いに何となく嫌な気分になった。
子供の頃はもっと大きな家だと思っていた。この丘だって、もっと高いと思っていた。山の中を切り開くようにしてできたうちの土地を、探険ごっこと称して弟を連れ回したことを思い出す。
探検の終着点は決まってこの丘で、ここから家と、その向こうに見える川を見下ろしながら持ってきたお菓子をよく食べたものだ。
今、ここには先祖代々の墓がある。
父が定年退職を機に、それまで山奥の寺にあった墓をここに移したのだそうだ。都会で働く子供達に遠くの寺まで墓の掃除をさせにいくのは忍びないからと、今後自分の体力が落ちても手入れしやすいこの場所を選んだと聞いている。
母の骨は、いずれここに納められるのだろう。
ざまあみろ、と口の端が持ち上がる。
周りが言うように、ちゃんと話せば母との関係は変わっていたのかもしれない。自分が大人になるんだと傲慢なことを思わずとも、今会えば何か違っていたのかもしれない。
なんて、〝かもしれない〟ばかり考えてももう遅い。
だけど後悔はない。悲しいとも思わない。
たとえ私の被害妄想だとしても、私はもう十分母に苦しめられた。母の思うような生き方しか許されなかったから、昔の私は私のしたいことをたくさん諦めた。
母は、私の味方ではなかった。私の味方は私だけだった。母への接し方を後悔するということは、過去の苦しんだ私のことを否定するのと同じ。過去の私はもういないけれど、私は私の味方だと、未来の私のためにも胸を張っていたい。
ねえ、お母さん。知ってる?
あなたが不良だと言っていた私の恋人は、高校生の時からずっとアルバイトで稼いだお金を家に入れていたんだよ。
確かに見た目は派手だったかもしれない。悪い友達もいたかもしれない。
だけど家族にはとても優しい人だった。事故に遭ったのだって、年の離れた弟の送迎帰りだったんだよ。
お葬式に出られなくてごめんなさいと、彼のお母さんに頭を下げた時の私の気持ちが分かる?
あなたのお母さんの気持ちも分かるからと、私の事情を知った上で気を遣って微笑んでくれた彼のお母さんの気持ちは、悔しさは、あなたにはきっと分からないでしょう。
私は決して、あなたのようにはならない。
「さよなら。それから……くそったれ」
私を嘲笑う青空に中指を立て、黒いパンプスからスニーカーに履き替えた。