第1章 基礎地盤
大学に通う四人の仲良し物語。幸せな生活に新たな彩りが訪れる予感。
ただただ平凡な生活を送る四人を描いた日常恋愛物語。
大希
大学にも慣れ始め、課題やテストにも余裕ができ始めた大学二年の中盤。そろそろ彼女でも欲しいかな。大学生活に新しい彩りが欲しいな。
「俺は大学二年生の安藤大希。成績はそこそこ、草野球をやっていて運動神経には自身がある。学校終わりや休日はバイトに明け暮れているぜ。」
そんなひとりごとをつぶやいていると、後ろから頭をたたかれた。
「おい、俺の隣で変なことを言っているな。俺まで変なやつに思われるだろう。それになんだ、そのいかにも作品の入りにありそうな自己紹介は。だとしても少し内容薄いだろ。」
「そんなに言わなくてもいいじゃんか。」
俺の独り言に反応してくれたのは、高校からの俺の親友。幸次だ。
高校二年の修学旅行で、クラスになじめなかった俺と自由行動を共にしてくれた。それからは共通の趣味もあったことでとても仲良くなった。こいつがいなかったら高校を乗り切れていただろうか。
「やだよ。俺の隣に変な奴がいたら。それだけで噂になって女の子が寄ってこなくなるかもしれないし。」
「うわ、そういう魂胆かよ。まあ大丈夫だ。こんなことするのはこれきりだし。」
そんなバカ話をしながら俺らは学校に着く。
「んじゃ、今日も一日頑張りますか。」
「そうだな、大希寝るなよ。」
「当たり前よ。」
気合を入れ教室に入ると、ちらほらと人がいた。たいてい俺らは朝早くついてしまうから、教室の人が少ないことは毎日のことだ。
ただそんな中いつもと変わらない日常のひとつがある。
「たいきー、こうじー。」
こう俺らを呼ぶのは花音だ。
「かのんはいつも早いな。」
幸次はそう言いながら花音の1席前に座る。
「うん。絶対にこの席で4人で座るためにね。あとは遅刻したくないから。」
「そうなんだ。ありがとうよ。」
俺は幸次の横に座り、準備をする。
花音とは大学で出会った。幸次と講義が別々になったときに、教室で一人で座っている花音の隣に俺は座った。たまたまかばんについている「だらだら猫」のキーホルダーを見て、そこから会話が弾んで、仲良くなった。それからはその講義以外も一緒に受けるようになって、いつしか4人でずっと動くようになった。あと一人は…
「回想中すみません。大希君、教科書見せてくれませんか。」
「あぁ。わかったけど、人が回想していることを勝手に読むのやめてくれませんか。」
今日はやたらに幸次に変な目で見られるな。まあ、いつも以上に俺が変なのもあるな。
気づけば教室にはだいぶ人が集まっていた。先生も来ている。
「今日もあいつは遅刻か。」
幸次は笑いながらそう言う。まあ遅刻常習犯の彼女にはかける言葉もないが。
「花音とは一緒には来ないの?」
「うん。私が家出るころにもまだ寝てるから。」
「そうなんかい。」
花音と〇〇の家は近いから一緒に来てもいいとは思うのだが。そういうことなら仕方ないな。まあ、間に合うようには来てほしいが。
「それでは今日の講義を始めます。」
そうこう言っている間に講義が始まった。この講義は俺にとって得意科目だから、やる気が出るぜ。
・・・
「…であるからして、ここの答えは10001001になります。」
今年のこの講義はS取れそうだな。しっかりいい成績とれるやつで取りたいんじゃ。だからといって油断はせんぞ。
「なあ、なんでこここの答えになるんだ。」
隣の幸次は数学が苦手で、よくこうして聞いてくる。
「2進数って、1と1が足されると10って形になるんだ。んで、その1は繰り上げで次の1か0と足す。普通の筆算とおんなじ感じだよ。それの1と0しか使わない版。まあ説明下手だからやってみてよ。」
「なんとなくはわかった。やってみるわ。ありがとう。」
こうやって感謝を正面から伝えられると少し照れるな。まあ、幸次は地頭は良いから理解したらすぐにわかるようになるだろう。
「あ、みんなおはよー。」
疲れている様子もなく、普通の顔をして席についたのは那月だった。例の遅刻魔だ。
「おはよ~。」
「ちゃんと1限からきて偉いじゃないか。」
「えへへ~、そうやって大希から言われるのうれしい。」
いや、めちゃくちゃ嫌味だったんだが。
「那月、ちゃんと来たんだ。おはよう。」
「幸次もおはよう。勉強頑張ってんね。」
「今年は頑張りたいからな。那月のことなんかすぐ追い抜いてやるよ。」
「ははは、待ってるね。」
そう。こう見えても那月は学年の10本の指に入るくらいには成績がいい。こんな感じでもいい点を取っている所を見て、悔しいながらお互いに切磋琢磨できている所は、良い影響力でもあるのかな。ちなみに幸次は去年、だいぶぎりぎりで全ての科目をクリアしていた。やる気さえあればいいところまで行けるだけあって、もったいない。まあ今年は頑張っているし、俺もゆっくりしていられない。
「では、今日の講義はここまで。次回までに強打した課題を提出しておいてください。」
「いやー、1限終わったー。」
「那月は今日そんなに受けてなかっただろ。」
「まあまあ。みんな朝早くからお疲れさまってことで。」
「花音の言う通りだよ~。そうやって細かいから彼女できないんだぞ~。」
そうやって、気にしていることをすぐいう。
「そ、そういったって、みんな恋人いねえじゃねえか。」
「はーい、じゃあ今日は花音の家で空き時間過ごそー。」
「無視すんな。」
今日は2,3限が空きコマで、4限がまたあるという日程だ。毎週花音の家か那月の家で過ごしている。
この講義は毎週課題が出るから、ついでにそれも終わらすことができて助かっている。
「さ、私の家にいこっか。」
こうして俺らは花音の家に向かう。
花音
いつも平然な顔をして私の家に来るけど、少しは意識してくれてたりしないのかな。やっぱり女の子慣れとかしてるのかな。私じゃ少しも隣を歩けたりしないのかな。
「お邪魔しまーす。」
3人が声をそろえて言う。
「いらっしゃーい。」
私はそう返す。いつも通りの光景でなにか安心する。
みんなで順番に手を洗って、一人ずつ所定の位置に座る。かれこれ1年こうしている。これがずっと続けばどれだけ楽しいだろう。
「なんでそんなお別れみたいなムードなの。」
「だから、幸次はそうやって人の心読まないで。」
たしかにちょっと湿っぽかったな。今はこの楽しい時間を精一杯楽しもう。
「やば。学校に筆箱忘れた。取ってくるね。大希付き合って。」
「なんでだよー。しょうがねえな。」
「気を付けてねー。」
那月と大希があわただしく家を出て行った。
「なんて落ち着きのない二人なんだ。」
「ほんとだねー。」
そんな感じで二人で談笑していた。そういえば家で幸次と二人きりって初めてなような。
「花音ってさ、いつから大希のこと好きなの。」
「えっ!!」
幸次は不意にそう聞いてきた。ほんとに心が読めるのかこの子は。
「何で知ってるの。」
「見てたらわかるよ。4人でいるときは俺とか那月のことは眼中にないって感じで。気づいてないのは大希くらいだと思うけどね。」
まじか。そんなにわかりやすかったのか。
「んー、いつからって言われると、はっきりはわからないけど。去年、初めて声をかけてきてくれて、それから仲良くなって。みんなで過ごすうちに、大希だけ特別になっていったかな。」
「そうなんだ。俺らは応援してるから。何かあったらサポートもするし。」
「ありがとう。」
ちょっと恥ずかしいけど、幸次と那月のサポートがあるほど心強いものはないな。
「ちなみに、大希ってめちゃくちゃ奥手だから、しっかりと伝えないと気づいてくれないよ。」
「え、そうなの。でも高校のときとか、すごい遊んでたり。」
「まさか。大希にどんなイメージ持ってるの。あいつはほとんどが男友達で構成されてるし。女遊びなんて夢のまた夢だよ。」
「そうだったんだ。」
私にもすごい自然な感じで話しかけてきたから、てっきり慣れてるものだと。これは失礼なことしちゃったかな。ごめんねー。
「ただいまー。」
そう話しているうちに那月たちが帰ってきた。
「おかえりー、ちゃんと筆箱あった?」
「うん、あったよ。ちょうど空き教室で助かったー。」
「これでやっと課題ができる。」
「お疲れ様、今お茶入れるね。」
こうして4人そろったところで、課題をスタートすることになった。
そういえば、二人はどんな話をしていたんだろう。というか那月はなんで大希を連れてったんだろ。まあいいや。そんなこと考えてたらキリないや。そう思っても、少しもやもやするな。いくら友達でもちょっと気になる。
「お茶持ってきたよー。」
「お、さんきゅー。」
どうしよう。聞こうかな。
そう悩んでいると幸次が口を開いた。
「そういや那月。なんで大希連れてったんだよ。」
「え。まあ一人じゃ嫌だったし、幸次はもう座ってたから。」
「ふーん。」
「なんだよ聞いといてー。」
そうなんだ。というか幸次、今回はどっち?私が気にしてるの気づいてたのかな。それとも単に気になっただけ?どっちにせよありがとう。
「終わったー。」
幸次が疲れた声で寝転がる。
「幸次だけやたらと時間かかってたもんねー。お疲れさまー。」
「違うよ。君たちが早すぎるだけや。」
「そんなことないですー。ね、花音。」
「そうだね、幸次が遅いだけだよ。」
「花音まで!」
「とりあえずお疲れ様。今日は俺が腕を振るってやるぜ。」
「今日大希の日か。楽しみにしてるぜ。」
そう。いつも家に集まる日は昼食を当番制で交代して作っている。外食するよりは安いし楽だろうというみんなの意見が一致してのこと。
「まあ、幸次が苦戦している間にもう作っておいたぜ。ドドン!あんかけチャーハン!!」
「えー!!」
三人が声を合わせて驚いた。
「大希、あんた頑張りすぎでしょ。」
「でもめっちゃうまそー。」
「そうだね。ありがとう大希。」
「なんてことないぜ。」
ここまでの料理を作ってくれるとは思っていなかった。いつもは普通にチャーハンとかなのに。まあ、美味しければ何でもいいか。ありがとう大希。
「いただきます。」
四人で声を合わせて、食べ始める。四人でお家でご飯を食べるこの時間が世界で一番好きかもしれない。
「ウマッ!」
「ほんとに、これ大希作ったの。すごいね。」
「うん。美味しい。」
「お口に合ってよかった。沢山食ってくれ。」
みんなでワイワイしながら昼食を食べる。ああ、楽しいな。改めてそう思う花音であった。
「なぜナレーション口調。」
今回の幸次のツッコミは無視することにする。
「ごちそうさま。」
「はやっ!」
「課題は遅いのにご飯食べるのは一丁前ね。」
「うるさいなあ。」
あっという間に幸次がご飯を食べ終える。
「俺が遅らせちまった分、早く食ってみんなと長く遊びてえんだもん。」
「うわ、急にデレるのやめて。気持ち悪い。」
「なんだよ、良いじゃねえかよ。毎回那月は辛辣なんだよ。」
「今日は特に楽しそうだね。」
「そうだね。ちょっとおいといてみる?」
「そうするか。」
幸次と那月がワイワイしている間に、私と大希で食器を片付ける。
「ありがとうな、手伝ってもらって。」
「なんもなんも、ここ私の家だし。ご飯作ってもらったし。」
「そっか。」
それは本心から出た言葉だった。作ってもらって片付けまでしてもらっちゃさすがにしてもらいすぎだよね。家主として、多少のお手伝いはさせていただきます。
片付けも終わり、リビングに戻るとスマフラ大会が始まっていた。
「何二人で始めてんだよー。」
「遅かったな大希。俺らは先にタイマンしてたぜ。」
二人で言い合っていたのがいつの間にかゲーム対決になっていた。こういう自由なとこ、二人の好きなとこだなー。
「よし。四人そろったところで。罰ゲーム対決するか。」
「えー、それ那月が強いからしたいだけでしょー。」
「いいじゃん花音、あんたも強いんだし。二人のこと負かして、楽しいことしてやろうよ。」
「んー。まあそうだね。」
「おいおい、俺たちの意見は無しかよ。」
「じゃあ、罰ゲームは。」
「おい。」
「あ、やっぱり辞めない?」
「どうしたの花音。」
「なんか、こういうのって、お酒入ってるときにやった方が楽しい気がして。」
「あ、そういうこと。確かに。じゃあ今日は普通に遊ぼう。」
「かのんー。ありがとう。」
「那月の独裁を止められるのは花音しかいないな。」
「ほらーはやく。みんなやるよー。」
こうして平和?に遊ぶことになった。まあ、そう思ったけど、実際は私も負けるの怖かったからね。それに罰ゲームなんて怖すぎるよ。
まあお昼を食べて、みんなでゲームをして、学校に行くなんて。これほどまでに平和な世界はないな。ふふっ。みんなに出会えてよかった。
「なんで今日そんなに湿っぽいの。」
今回は幸次と那月が二人そろって言ってきた。
「だから、心読まないで!!」
大希だけがきょとんとした顔でいる。本当にこの二人は。
目いっぱい楽しんで、私たちは時間通りに学校に向かう。
「じゃあまた明日なー。」
ここで私たちは、幸次と那月と別れた。4限は別々の教室になっている。
「今日から、ファミリーイレブンでだら猫のコラボやってるんだけど、帰り寄ってかない?」
「今日か!行こう行こう。」
こうして私たちは帰りの寄り道予定を組んだ。やった。自然に誘えたよね。意識し始めてから初めてこういう誘いしたから緊張したー。まったく幸次ったら、あんなこと言うから余計に意識しちゃうじゃない。
「俺のせい?」
遠くからかすかにそんなことを言われた気がした。さすがに気のせいよね。
「花音?」
大希が顔を覗き込む。
「ああ、ごめんなさい。教室向かおう。」
大希が不思議そうな顔をする。今日はいつにもまして私、変だわ。
「そんじゃ授業終わりな。」
この授業は指定席だから、大希とは席が離れてしまう。
この授業苦手なのよねー。大希と離れちゃうってのもあるけど。一番は。
「お、きたきた。待ってたよー。」
この男がいること。本城春斗。この授業で会ってから、やたらと私にアタックしてくるのよね。授業中だけだからまだいいけど。
「はい、どうも。」
「なんだよ冷たいじゃん。」
「私、別にあなたと仲良くしたくないので。」
本当のことだ。こういう人は苦手だし、大希以外の男の人とはそこまで仲良くしたくない。
「まあまあ、そういわずにさ、そろそろ俺と遊びに行こうよ。」
「しつこいです。辞めてください。」
「では講義を始めます。」
「ちぇっ。」
先生の講義開始の合図に救われる。本当にこの男は、なんて言ったら諦めてくれるのかしら。
すると前から紙が来た。
『これ俺のWIREのID!! oresamagaharuto0812』
本当にこの人は。
やっぱりこの講義は嫌いだ。早く終わりたいと思いながら授業を受ける。
大希にはまだこのことを言っていない。無駄に心配をかけたくないし、言ってもしょうがないし。
「これにて講義を終わります。」
先生の言葉で空気が一瞬にして変わる。私は前のやつが起きる前に早く教室を出る。
「花音、お疲れ様。」
教室を出ると大希が待っていた。
「大希もお疲れ様。」
「そんじゃいくか。」
私たちは帰路につく。
「花音今回何狙いで行くんだ。」
「私はね、C賞のキングだら猫タンブラー。」
「おお、良い狙いするね。俺はもちろんA賞のデカだら猫ぬいぐるみ!」
「やっぱり。お互いあたることを祈ろう。」
ファミリーイレブンのコラボの話で盛り上がりながら、お店へ向かう。嬉しいのやら悲しいのやら、だら猫はまだそんなに人気はなく、確実に引けた。
「そんじゃ、五回ずつ。健闘を祈る。」
そう大希から言われ、まずは私から引いた。
(お願いします。C賞来てください。)
そう心の中で願いながら、五枚をいっぺんに引く。
『B,E,F,F,G』
「おわー。惜しいね。でもB出てるから運は良いじゃん。」
「そうだね。まあよかったかな。大希もいいの引いてね。」
「もちろんよ。」
私は景品を選りすぐりながら、大希の結果をチラ見する。
大希は一枚ずつ慎重に選んでいた。ここでも性格って出るものなのかな。
「お願いします。」
店員さんにそういって大希は五枚差し出す。私は横から見る。
『G,F,C,A,H』
「あっ!!」
「やったー。めちゃくちゃ当たりじゃん。」
まさかの引きだった。大希も私も大喜び。騒ぎすぎて店員さんにちょっと言われるまでがセット。
軽く謝罪をし、大希が景品を選ぶ。
「ありがとうございましたー。」
私たちは各々景品の入った袋を抱え店の外に出る。
「いやー、大収穫ですね。」
「そうですねー。大希さんもなかなかの神引きを見せてくださいまして。」
「ありがとうございます。花音さんもB賞お引きになられて、よかったですねー。」
「はい、大変喜ばしいことです。」
そんな感じでふざけながら歩いていた。信号で止まったときに大希が景品を袋から取り出した。
「はい、花音。これあげるわ。」
「えっ。いいの。」
それは私の欲しがっていたC賞のタンブラーだった。
「うん。最初からこれ狙ってたって言ってたし。俺もA賞引けたから。貰ってくれ。」
「えー、ありがとう。代わりになんか。」
私も何か交換で上げようと袋を覗きこんだ時。
「いや、良いよ。プレゼントってことで。」
大希はそう言う。そうはいってもさすがに申し訳ない。
「いや、悪いよ。賞は下がっちゃうけど貰ってよー。」
「いいっていいって。早めの誕生日プレゼントってことで。それでも納得いかなかったら、今度なんか別ので返してよ。」
大希は優しい声でそう言った。
「そう。わかった。そんなに言ってたら、どれだけ言っても貰ってくれないもんね。」
「なんか、すまん。」
そんな感じで二人で笑い合って、お家に帰る。
「それじゃ、また明日。」
「うん、気を付けてね。」
私の家に着いた大希は、そのまま車でお家に帰る。そこそこ遠いらしくて、大変そうだなーと思うけど、してあげられることはこうして駐車場を貸してあげることくらいだ。
「にしても、やっぱり優しいな。」
彼のやさしさに触れ、改めて好きだと実感する。いつか一緒になれないかな。
わたしは彼からもらったタンブラーの箱を抱きかかえ、転げまわっていた。悶絶。
幸次
時は飛んで、夏休みが見えてきたころ。俺たちは中庭でアイスを食べていた。
「もうすぐ夏休みだよー。なんか旅行とか行こーよー。」
那月が唐突にそう提案した。
「旅行!?考えてもなかった。いいね!四人で行こうよ!」
花音は強い賛成の意を示している。
そういえば、俺は今まで友達との旅行なんてプライベートじゃ無かったな。この四人で行くのはとても楽しそうだ。
「俺も賛成。大希もだろ?」
「うん。この四人で旅行とか楽しいに決まってるだろ。」
「じゃあ決定!!どこ行くか決めよー。」
「でもその前に、テストも頑張れよ。ちゃんとやらなかったら、旅行代の細かいの出してやんないからな。」
「頑張るしー。てか大希、そんな太っ腹なことしてくれるの?!」
「まあ、旅行代はさすがに割り勘でお願いしますけど、旅行先の飯代とかお土産代とかは出してやろうかなって。こんなかで一番稼いでるらしいし。」
「まじ!ありがとう。本当に助かるよそれ。俺もちょっとしかバイトしてないから。」
「申し訳ないけど、行ったらお願いしようかな。」
「任せとけ。」
すごいな、優しさなのかバカなのか。どっちもか。でもそれがこいつの良い所かな。今回はマジで助かるから普通にお願いしておこう。
「まあ、テストは大丈夫っしょ。旅行どこ行くか決めよ!」
そんなわけで、俺らはこれからの空き時間を旅行の予定組みで費やすこととなった。
でもやってて思ったのは、旅行だけじゃなくてこの時間も楽しいってこと。みんなといる時間はもともと楽しかったけど。先のことを考えるのに、集まって話し合って。これがこんなに楽しいとは。
こんな経験もできるのは、全部大希のおかげかな。大希と仲良くなって、同じ大学に入って、花音と那月と出会えて。全部大希とつながっているんだ。改めて感謝するよ。ありがとう。大希。
大希に深く感謝してから数週間。ついに月末のテスト。これを乗り切れば夏休みだ。大丈夫、旅行の計画も立てながら勉強だって教えてもらってきたんだ。無事乗り切れるはず。
実際他の三人は頭いいからな。俺だけが不安要素満載なんだよ。でも俺らの学科はテストも少ないし、内容も複雑なもの少ないから行けるはずや。それに、暗記科目が多いからな。行ける行ける。
「おはよう!」
そんなことを考えながら立っていると大希が声をかけてきた。学校に行くのはいつも大希の車に乗せてもらっている。そのために俺は大希の家の前で待っている。
「おっは。ちゃんと寝たか?」
「もちろん。バイト終わりで疲れてたから余計に。」
「昨日もバイト入れてたの。頑張りすぎだろ。お疲れ様。」
「どうもどうも。ほら行くぞ。」
いつか体を壊してしまいそうで不安になるが、元気なこいつを見ていると、俺まで元気をもらえる。
「今日の二個、テストやったら夏休みだな。いやーやりたいこと沢山で、楽しみだな。」
「そうだな。大希はもうすること決まってるのか?」
「まあ、今年の夏休みは楽しんでしっかり休むことが目標かな。去年の夏休みは働きすぎて楽しめなかったからな。旅行以外は何も決まってない。」
「そうなのか。確かに去年遊びに誘ってもほとんどこれなかったもんな。ちゃんとほどほどに働けよ。」
「おうよ。」
かくいう俺も、夏休みの予定なんか決まってない。でも旅行に行けるだけで充実した夏休みだな。
俺も長期のバイト探そうかな。基本は派遣の単発バイトしかやっていないからな。安定して稼ぎを得た方がいいよな。まあ、夏休みに入ってから考えるか。
「今日もありがとうな。」
「なんもなんも。」
学校に着いた俺たちは、車から降りて教室に向かう。
「そういや、大希は今日のテスト自信あるのか?」
「まあまあかな。暗記科目二個でやる気が上がらなくて。あんまり勉強もしてないんだよね。」
「そうなん。それやばくない?」
「まあ、大丈夫だろ。テスト前に詰め込む。」
大希は笑いながらそう言った。本当に勉強していないかどうかなんてわからないし、詮索する気もないけど、今回の夏休みを一番楽しみにしていたのはこいつだし、少し不安に思う。
でも…
「そうか、頑張れよ!」
俺はそう声をかけた。今俺ができる最大限の声掛けだ。
「さんきゅ。」
実際大希は頭がいい。それは数学のような理系分野だけでなく、社会科のような文系分野もだ。こいつは感覚派だから、数学とか国語とかの考えたらその場でもわかるような教科を好んでいる。それでも暗記科目で点を取れているのは地頭もそうだろうが、一番は努力をちゃんとしていることだろう。すごいよな。できる部分だけで自惚れず、できない部分も努力をして補う。俺にはできないな。
「それじゃ、頑張ろう。」
大希にそう声をかけられてお互いの席に着く。幸いテストまでは時間があるから俺も最後の復習をする。
「終わったー。」
テストでもいつも通りの声と言葉が聞こえた。
「那月は手ごたえどうだったんだ。」
「結構自信あるよ。そういう幸次こそどうだったの。」
「俺も今回も大丈夫そうだ。みんなのおかげだ。」
今日は訳あって、二人で帰っている。大希と花音は先に帰っちまったからな。早いんだよ、二人とも。
「そういえば、いつも大希が先帰ったときって幸次はどう帰ってるの?」
「普通に、歩いて。」
「え。やば。こっから何分くらいかけてるの。」
「でも一時間半とかだよ。」
「いやいや、歩きすぎだから。バスとか乗りなよ。」
「お金がもったいない。」
「時間の方がもったいないだろ。」
そう那月につっこまれた。でも歩いてるときにもできることはあるし、210円払うくらいなら俺は歩く。バスは時間も決まってるからな。それに寄り道もできない。運動にもなるからな。一石何鳥とやら。
「まあ、幸次が良いならいいけどさ。そうだ、バイト探すって言ってたよね。」
「あれ言ったっけ。」
「夏休み中に長期を探すとか。」
「いや、みんなには言ってないな。絶対そうだ。あれ一人で考えてただけだし。まさか…」
「ま、まあいいじゃん。細かいことは。それより、私の働いてるとこ、ちょうど人探してて。よかったら来ない?」
「え、良いの。でもあのおしゃれなカフェだろ?似合わんて。」
「まあまあそう言わずにさ。一回来てみなよ、紹介しておくから。」
「まあ、一回な。」
那月の提案はすごくありがたかった。でもさすがにあそこは俺には似合わなくないか。今女子高生を中心に人気が爆発している、人気店。そこまで忙しくなってはいないらしいが、それでも俺のキャラには合わんだろ。まあ言われてしまったから一回行くんだけどさ。
「てか流れたけど、そうやって作者しか知らないことしれっと出すのよくないぞ!」
「もーいいじゃん。今回だけ。てか幸次だってたまに心読んでるじゃん。」
「あれは面白いからいいの。」
「じゃあ今回もいいじゃん。そうした方が話進むんだもん。」
「メタいメタい。もういいわ。」
そんなことを言い合って二人で笑いながら帰る。まあ、今回は大目に見るか。
那月
夏休みに入って三日目。私たちが旅行に行く一週間前になった。旅行はとても楽しみだが、その前に一つ、すごく楽しいことが起こっている。
「君が幸次君か。那月さんから話は聞いているよ。よろしくね。」
「よ、よろしくお願いします。」
幸次が私のバイト先に来ていることだ。店長に紹介したら是非と言われ、面接もなしで採用となった。まあ顔も悪くないし、バイトも単発をそこそこやってたらしいから、そこまで心配することもないだろう。一つ考えることがあるとするならば。
「でも、店長さん。良いんですか、僕を採用して。」
そう。自信の無さだ。学校でもイケメンだのなんだのって、少し人気あるのに。こいつは知らない。
「大歓迎だよー。またお店に活気が出るよー。」
まあ、店長との出会いで少し自分の強さを自覚してくれればいいのだが。
「じゃあ那月さん、色々指導お願いね。」
「はい。」
こうして先輩として人を指導するのは初めてだ。今まで働いてきて、何人か後輩は入ってきたけど、細かいこと以外は指導とかしたことなかったな。上手くできるか不安だけど、頑張ろう。
「それじゃあ、幸次くん。まずは接客の基本からやっていこうか。」
「はい、那月さん。お願いします。」
「適応が早いね。」
かくして、布瀬那月の後輩指導が始まった。やっぱり幸次は覚えが早くて、少し教えただけで大体できた。お店のルールとかはまた覚えてきてもらうとしても、お客さんの前にはもう出せそうだ。
「まあ、とりあえずホールの仕事ができればいいかな。中の仕事はまた別でやってくれてるから。」
「そうなんですね。」
「接客もできてたし、愛想も良くできてたから、もう大丈夫そうだね。あとはわからないことあったら聞いて。」
「はい。ありがとうございます。」
「それじゃ、先輩後輩の感じも終了で。」
「え、あ、わかった。でもお店では先輩だしなー。」
「良いよそんなこと気にしないで。まあ、幸次に任せるわ。」
「はい。わかりました。」
切り替えが早いな。まあ、こうやって仲間も増えてくれてうれしいよ。
「初バイトお疲れ様。」
無事仕事を終え、先に退勤していた幸次に声をかける。私ももう仕事がなさそうだからと店長に上がらせてもらい、幸次と一緒に更衣室で過ごす。
「いっつもこんなことしてたのか。すごいな、お疲れ様。」
「私は大したことないよー。それに慣れたし。」
「いやいや、すごいよ、那月は。」
「そう、ありがとう。」
こんなにまっすぐ褒めてもらったのなんていつぶりだろう。少し恥ずかしいや。
「そうだ、この後時間ある?晩御飯一緒に食べに行こうよ。」
「え、いいの。行く行く。」
「今回は頑張った後輩のために一肌脱ぐよ!」
「まだそれ続いてんの。」
「でも幸次の分は払ってあげないよ。」
「じゃあ一肌脱ぐって何だったんだよ。」
そんなバカ話をしながら、二人で近くのファミレスに向かう。
みんなといる時間は好きだけど、幸次と二人でいてもずっと飽きないし、楽しいな。
「そういやさ、花音って好きな人いるの。」
幸次は自分が頼んだドリアを冷ましながら不意に私に聞いてきた。
「え、大希のこと好きなんじゃないの。」
「やっぱそうだよな。よかったー。俺の目が間違ってるのかと思ってた。」
「いやいや、あれを見て好きじゃなかったら、それは花音がおかしいよ。」
「そうだよな。」
幸次は笑いながら言う。
「でも大希は絶対気づいてないよね。」
「それな。あそこまで大希のこと見てるのに。どんだけ鈍感なんだよって。那月は花音からなんか聞いてたりするの。」
「まあ、ちょっとね。私は大希のこと好きなんだけど、良いかな。って聞かれたことはあったね。」
「なんだその質問。」
「まあ、あれじゃない?このグループでそういうこと思ってもいいのかな?的な。」
「そういうことか。」
まあ花音の性格上、そういう部分で不安になるのはわかる。で、たぶん私が大希のこと好きかどうかも含めての質問だったとも思う。まあ、私は大希は普通に友達としか見ないかな。って、誰も聞いてないか。
「俺は聞いてるぞ。」
「いっつも心読むのやめてくれる?そういうのは花音とか大希とかにしなさい。私にしても面白くないよ。」
「そんなことないけどなぁ。」
まあ、私も人のこと言えないけど。みんな本当に心が読めるってわけじゃない。ただ、フィーリング?なんかたまにわかる時がある。それは私と幸次だけだろうけど。
「ありがとうね、払ってもらっちゃって。」
二人でご飯を食べ終え、デザートもたいらげた所でお店を出た。
「まあ、ここは男だからね。よくあるじゃん?そういうやつ。」
「でも私から誘っておいて申し訳ないよ。」
「良いって。気にすんな。」
ここは甘えることにしよう。お店を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。
「幸次、どうやって帰るの。」
「まーさすがにバスかな。」
バイト先のカフェは私の家に近い所で、幸次にとっては大学に行くのと同じくらいの距離だ。このファミレスもおんなじくらいの距離だ。
「でもバスの方が時間かかるんだって?」
「あぁ、そうなんだよね。結局遠回りになっちゃうからさ、歩いたほうが早いっていう。」
「ならさ、今日はうち泊まってかない?」
「え?」
「お邪魔しまーす。」
「何にもないけど座って。」
こうして、幸次は今日うちに泊まっていくことになった。
あれ?よくよく考えたらすごいことしてない?
「悪いねー、わざわざ泊めてもらっちゃって。」
「いいよいいよ。夜一人でいつも暇してたから。」
なんで私幸次のこと家に泊めようと思ったんだっけ。やばい勢いで何でも言いすぎた。
でも、幸次以外の男を家には入れたくないな。なんでだろう。私、もしかして。
「まあ、今日は風呂入って寝るだけだけど、ゆっくりしていってよ。」
「うん。ありがとうね。」
たしかに、今日働いてるときも他のスタッフと幸次が話してるとき、ちょっともやもやしたな。
これ、私、幸次のこと好きだ。
「那月、どうした?」
「ふぇっ!何でもないよ。」
「いつにもまして慌ててるな。やっぱり帰る?」
「いや!大丈夫。泊まってって。」
「おう?」
やばい、意識したら幸次の顔見れない。いやー、よりによって今気づいちゃうか。確かに幸次はクールでかっこよくてまじめで、隠れて誰よりも努力してるし、でも優しくて、一緒にいて楽しくて、いつも目で追ってしまっていた。あれ、わたししっかり幸次のこと好きじゃん。
そんな好きな相手が今、私の家にいる。目の前にいる。二人きりで。
その時、ピーと音が鳴った。
「あ、お風呂できたみたい。私先行ってきてもいい?」
「もちろん。行ってきなさい。」
私はその場から逃げるように、そそくさと風呂場に向かった。
とにかく一回お風呂で心を落ち着かせよう。そう思い、アツアツの湯船につかる。
お風呂から上がると、幸次はソファに寄りかかり眠りについていた。
「初めての場所でのバイトは疲れたよね。お疲れ様。」
そう言って私は幸次のそばに座る。テレビをつけると、いつも見ているバラエティ番組が映った。いつもなら楽しく見ているこのテレビも、今は頭に入ってこない。
「どうしよう。」
その時肩に何かが乗っかってきた。横を見ると幸次の頭が目の前にあった。
この距離に好きな人の顔がある。私の頭は限界を迎えていた。
気づけば私は、幸次の口にキスをしていた。
幸次はまだ起きない。もう一回したい気持ちとこれ以上はよくない気持ちで葛藤する。
ていうか、ここまで人を好きになったことってあったっけ。今まで何人かと付き合ってきたけど、手をつないだりデートしたりがマックスだったかな。そう考えたらファーストキス?やば、私こんなに大胆だったの。
そんな自分に驚きながら、考えているうちに眠っていた。
気づくと朝になっていた。目を覚ました私は辺りを見回すが、幸次の姿はない。
意識が少しづつはっきりしていくうちに、とても美味しそうな音とにおいがした。
「お、那月おはよう。勝手に朝ごはん作らせてもらったよ。」
リビングに幸次が戻ってきた。
「え、ありがとう。」
「なんも。泊めてくれたお礼。」
そうだ、私幸次のこと、家に泊めたんだった。そして寝てる幸次に。
思い出して一人でショートしている私を不思議そうに見つめながら、幸次は朝食の準備を進める。
顔を洗って椅子に座ると、テーブルの上には美味しそうなフレンチトーストと、目玉焼き、少しのサラダが用意されていた。
「わー、すごい豪華。こんな朝食初めてだよ。」
「そう?それはよかった。冷めないうちに食べちゃおう。」
「うん。いただきます。」
わたしは幸次と一緒にご飯を食べ始める。
豪華な朝食は見た目以上に美味しく、あっという間に食べてしまった。
「ごちそうさまでした。」
「美味しかったかい?」
「うん。とてもおいしかったよ。」
「それは良かった。」
私はその時思ったことをそのまま口にしてしまった。
「なんだか、同棲してるみたいだね。」
言ってからコンマ何秒かで、言ったことを後悔した。
やば、恥ずかしいこと言った。こんなの絶対幸次に引かれたじゃん。
「確かに、そうだね。」
幸次は何ともないかのように、そう言った。
あれ、気にしてないのかな。やっぱり慣れてんのかな、こういうこと。
これでもクールな彼に少しだけ、那月はムッとする。
そんなことは気づかず、幸次は片付けをする。
「あ、手伝うよ。」
「ん、ありがとう。」
「さすがに家主だからね。」
「そっか。」
こうやって、隣同士で食器を洗ってると、やっぱり私たち付き合ってるのかと、錯覚しちゃう。
幸次って私のことどう思ってるのかな。両想いだったらいいな。
なんて思いながら食器を洗っていると、お皿を落として割ってしまった。
「あ、ごめ…」
「大丈夫!?」
私が謝り切る前に、幸次の声が響いた。
「ケガしてない?」
「うん。大丈夫。」
「あとはやっておくから、那月は休んでていいよ。」
「あ、ありがとう。」
申し訳なさと情けなさを感じながら、私はキッチンを後にする。
これじゃ、どっちが家主かわからないよ。にしても、すごい心配してくれてたなあ。あれはちょっとは私のこと好意的に思ってくれてるってことでいいのかな。
「じゃあ、ありがとうね。」
「いやいや。なんならもう少しゆっくりしてってくれてもいいんだよ。」
「まあ、今日は一回帰るわ。お邪魔しました。」
「うん。またね。」
そう挨拶を交わし、幸次は自分の家に帰っていった。
「もう少し一緒にいたかったな。」
そうつぶやき、私は部屋に戻る。
でもこれ今後どうしよう。どうやって接していけばいいのかわからないよ。
那月史上初めての体験に、脳はパンクしていた。
第1章では、四人の自己紹介を踏まえたこれからの進展が楽しみな構成としました。
それぞれの思いや行動を登場人物ごとに当てはめています。
まだまだつたない文章ではありますが楽しんでいただけたらよかったです。