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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第四章
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96.嘘

 あとはキルに会うだけだが、部屋にいるだろうか?

 いなかったらいいな、なんて情けない。

 

 誰に会うよりも、苦しい。

 

 キルのおかげでリナリアに会えて失わずに済んだのに、それを話すことができない。

 ときに行先を示してくれて、ときに迷いの中背を押してくれた、誰よりも信頼している唯一の友人。

 それは今だって変わらないが、その信頼を俺自身が裏切らないといけない。

 自分の信じる道を行けばいいと言ってくれたキルに、本当は背を押して欲しいとどこまでも甘えてしまっているのに。

 はぁ。カミラに会い話を聞いたあとだと余計に心苦しいな。

 あぁ、もうすぐ部屋に着く。

 まだ何を話したらいいか決まってない。

 もう少し、遅く。


「わっ!」


 なにっ、誰だ?

 笑い声?後ろ……。


「キル」

「やれやれ、俺なんかに後ろを取られて大丈夫か?」


 確かに全然気がつかなかった。

 思案に集中しすぎていた?

 悪魔がすぐそばにいるっていうのに、なにやってるんだ、俺は。

 肩をすくめ首を振り、キルも呆れている。


「待ってたのに全然来ないから、わざわざ来てやったぞ」

「……」

「んー? 期待していた顔と違うな。とりあえず部屋に来いよ。そこで話を」

「いや、ここでいい」

「どうして、すぐそこだぞ?」 


 不思議そうな顔をし、廊下の先にある立派な扉をキルは指差す。

 部屋に行くと話が長くなりそうで、出て行くタイミングを見逃してしまいそうだからここがいい。


「いい」

「まぁ俺は別に構わないが、ここじゃ話しづらくないか?」

「あぁ」


 人に聞かれたらまずい話をここでするつもりはない。

 

「ふーん。じゃあ早速聞かせてくれ。リナリアに会えたか?」


 いきなりだな。

 にっこりと笑うキルは、キラキラとした眼差しを向けてくる。

 重すぎる期待に、目が見れない。

 なんて答える?

 ますば、手紙は渡したんだ。会ってないなんて嘘はすぐにバレる。だから、ここは正直に。

 

「リナリアには会えた。預かった手紙も渡した」

「そうか、よかった。それで? 結局どうなった?」


 彼女に思いが届いたと、キルには話したかった。

 きっと誰よりも聞いて欲しかった。

 だが今は、すまない。

 

「別に、なにもなかった。ただ、会えてよかったとは思っている」

「え? それで?」

「それだけだ」

「いやいや、お互い好きなんだろ? お前、好きって言わなかったのか?」


『俺は君が好きだ』


 彼女に思いを口にした時の情景だけが、切り取られたように脳裏に浮かぶ。

 思い返せば、自分でもよく言えたと思う。

 その後も随分と恥ずかしい言葉を口走った。

 恥ずかしい。思い出したくない……消えたい。

 はっ!いけない。

 キルは些細な変化に敏感だ。少しの揺らぎで悟られる。

 耐えろ。平常心、無表情。


「言ってない」

「なんでっ……まぁ、そうだよな。お前だもんな」


 よかった、気取られていない。

 しかし、随分と落胆した声色だ。しかも冷たい。

 気を回してくれたキルの思いを思うと申し訳ないが、なんとかこの場は乗り切れたか?

 いや、腕を組み難しい顔をしている。

 もっと突っ込んで聞いてくるだろうか?

 話題を変えたいな。

 そうだ、見たところキルに異常はなさそうだな。

 お守りに入っていたヒビのせいで、何かあったかと心配していたが杞憂で済んだようだ。

 しかし、なぜお守りがあんな無惨な姿になってしまったのか今だに分からない。

 少し、聞いてみるか。

 

「そういえば、リナリアからもらったお守りを手紙に入れたろ。ヒビが入っていたから心配していた。あれは元々か?」

「なんだ、それは知ってるのか。ヒビ? まさか。割れた物をやれだなんて言わない」


 なら道中ということになるのか?

 丁寧に扱ったつもりだったし、衝撃を与えるような心当たりもないが……それか、キルの嘘だって可能性も。


 いや、そんなこと、考えたくない。


「ふーん。なんでお守り入れたか知ってるか?」

「し、知らない。何も聞いてない。それより、リナリアは悲しんでいたぞ。貰った物を返すな」

「それは、失礼だったな。今度リナリアに謝らないと。しかし、結局俺の望んだ結果にはならなかったってことなのか。リナリアは? 何も言わなかったのか?」

「とくに……ミツカゲがいたから、そんなに話しもしてない」


 今はあいつのせいにしてしまえ。

 キルはふーん、と言い残念そう、というか唇を尖らせてつまらなさそう?

 とにかくがっかりしている。

 やはり腑に落ちない様子。

 もう行こう。

 これ以上は、上手く嘘をつける自信がない。大切な人に嘘をつき続けるというのは、想像以上に苦しい。


「それじゃあ、俺はそろそろ行くから」

「そうか。お前もいろいろと大変だと思うけど、頑張れよ」


 全てが終わったら話せばいい。

 それも遠くない。

 そうだ、あともう一つ聞きたいことが。


「キル」

「なんだ?」

「アナスタシアに行く前、カイトと会ったのか?」

「あぁ、会いに来てくれた。聞いてないのか?」

「聞いてない。キルは、約束を忘れてたのか?」

「約束? ……あぁ、あれな。お前も忘れてたんだってな。今は思い出せたのか?」

「いや、まだはっきりと」

「そうか。どうしても思い出せなかったんだ。だけど、こんなことになるなら覚えとけばよかったって、ずっと思ってる」


 こんなことになるならか。

 昔のことなんて、覚えてないことの方が多い。

 でもよく覚えている出来事がある。

 


「昔、三人で蝶を取りに行ったこと覚えてないか?」

「蝶? あったかな」

「キルがどうしても青い蝶が欲しいからって、俺とカイトが無理やり付き合わされたんだ」

「……ヴァンはともかく、カイトは……そんなことないだろ」

「そうだな。カイトは誘ったとき喜んでいた。たくさん約束できたって」


 そう、カイトにとって約束はとても大切なものだったんだ……なのに。

 今話す話じゃなかったか。

 キル、寂しそうに笑うな。


「約束通り、カイトに報告してやれよ」

「あぁ」

 

 カイトがアトラスとの話を聞いてエリンの元に行ってくれたなら、あのあとの出来事は知らない。そもそもあの時に、そばにいてくれていたのかも分からないんだ。

 天へ昇れずこの世に留まり続けている魂は、悪いものになるか、消滅するかのどちらかだとアトラスは言っていた。

 

 早く悪魔を殺さないと。

 大切な人をこれ以上、失わないように。

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