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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第三章
80/111

80.神と悪魔(リナリア視点)

 私の悪意ある言葉に言い返すこともせず、フォニは顔を下げて瞼を閉じ、黙り込んでしまう。

 悪魔らしからぬ物悲しげな姿で、今何を思っているのだろう。

 

 まさか自分のしたことを、悔いているの?

 今までたくさんの世界を壊して、ヴァンのことも傷つけて、そんなの、今更……遅いよ。

 

 私の心情に応えるように、フォニは顔を上げながら瞼を開く。私を見上げる瞳には、もう先ほどの哀愁は見られない。


「父さんが神だったあの頃、あの人とこうして語り合っていたそうです。父さんは時を統べる神で、他の世界をよく見ていたそうですが、あの人は神の長なので、外界のことは他の神と使いに任せていました」

「神の長? 私の力はそんなに偉い人のものだったの!?」

「えぇ、貴方はとても偉大な方なんですよ。あの人は父さんの話を聞くのが好き……だったと思います。父さんもそんな、あの人に話す事が嬉しかった。擬似的に今、そんな体験をした気持ちになりましたよ」

「私は力を持っているだけで、その神様じゃない」


 その人に重ねられたって、私は私なんだから。


「貴方は私が、ヴァンを守ろうとしているのは、マリャのせいだって言ったけど、私自身が彼を守りたいと思ってる」

「何故、そう言い切れるのですか?」

「自分を、信じてるから」

「信じられる理由は、何ですか」

「そ、それは……ヴァンに言ったの。貴方は貴方だよって。それをずっと信じていて欲しいから、信じてもらえる私でいたいの」

 

 貴方が迷うなら、私が導きたいなんて烏滸がましいけど、それでも貴方自身に疑問を持つことがあるのなら、私の言葉をどうか信じ続けていて欲しい。


「それは、貴方自身を信じているとは、言い難いと思いますが」

「でも、本当にそう思ってる!」

「それこそがマリャのせいだと、そう思わされているだけだと、どうして分からないのですか」


 言い聞かせるような強い口調にも、私は怯まず否定する。


「違う」

「違いません。貴方じゃない、マリャがお兄さんを守りたいだけなんですよ」

「違う、違うよっ。私がヴァンを守りたい。本当にそう思ってる」


 ヴァンを守りたいって、違う、これはマリャじゃない。


 不意に強い拒絶に反応したように、知らない記憶の断片が蘇る。

 大きくてたくましい手をした男の人と、私は指切りをした。

 その時言われたの。

 

 ――どうか、守ってあげて欲しい――


 知らない貴方は、誰のことを私に守って欲しいって言ったの。

 

 探し出そうと、知らない記憶の中を潜っていく。

 深く、靄がかかった私の頭の中で、誰かが立っている。

 それは私の大好きな、あの人。


 ……ヴァン?


 だけど、今の彼と比べて、随分幼い。

 昔キルから見せてもらった小さい頃の写真よりも、もっと幼い彼は私が知る由もないのに、どうして貴方がここにいるの。

 幼いヴァンのあどけない笑顔に、促され、はっとした。


 守って欲しいって、ヴァンのことなの……。


「私ヴァンを守るって、約束した」

「約束? 誰とですか」

「それは……キル、と」

 

 フォニの探るような目に、今の記憶を知られてしまいそうで憂懼(ゆうく)し、咄嗟に答えたけど、キルじゃない。

 確かにヴァンと会う前に、キルから手紙で、友達を守って欲しいって頼まれたけど、今口から出た約束の言葉は、キルとじゃないくて男の人。

 その先の記憶を更に辿ろうとすると、見えそうな情景に黒い手が目隠しをして、どうしても思い出せなくなってしまう。

 これは、いつの記憶なの……。

 せっかく良くなったのにまた頭が痛い。

 無意識に額に触れる、でも、いけない、フォニに知られたくないと誤魔化すように、そのまま目元まで下ろした指の隙間の向こうで、フォニが気に入らないものを見るような冷たい目をしていた。


「……マリャが消させているのですね。これ以上貴方の好きにさせませんよ。僕は、知りたいんだ」

 

 一歩、二歩と、こちらへ歩き出し、躊躇なく階段の一段目に足を乗せる。


 えっ!? のっ、登ってくるっ!!


 油断した、登ってこないと気を緩ませていた。

 慌てて立ち上がり、剣を抜こうとしたのに腰に触れただけで、夢の中の私は剣を所持していない。

 なら、加護の力をと思っても、なぜか力が使えない。

 震える掌を見つめる。


 悪魔に争う力が、何もない。


 心臓がバクバクと音を立て、視界がくらくらと揺れ出す。

 乱れた呼吸で後退りし、椅子の横に立ち、盗み見るように下を見る。

 どこまでも白い空間は、落ちたらどうなってしまうのか分からない。

 もしかしたら目が、覚めるかもしれない。

 首を振る。


 何を考えてる、私っ!!

 今度こそ、立ち向かわないとっ。


 両頬を挟むようにして叩く。

 パンッ、と張った音と、頬の痛みが、揺らいでいた私の心を正してくれた。

 最上段の上で、私は真っ直ぐに立ち、フォニを見下ろす。

 それは、戦う意思表示。

 両手を上着のポケットに入れ、確かめるようにゆっくり登ってくるフォニは、一度私を見上げ微笑む。


「ふふ、僕は争う気はありませんよ」

「貴方がそうでも、本体の悪魔は私の持つ神様の力を狙ってる。だから、返す前に悪魔が来たら、どちらにしろ戦うことになるでしょ」

「なるほど。浄化が間に合わなければ、貴方が父さんを討つということですか……勝てると思っているのですか」


 悪意のない声色は、純粋な疑問。

 それに私は答えられなくて、まだ僅かに震える拳を握りしめることしかできない。

 ミツカゲは強いのに、本気をだしていないフォニに簡単に負けてしまった。フォニはどれだけの力を持っているのか分からないのだから、本体の悪魔の力は計り知れない。

 そもそも他の神様が勝てないのに、力を与えられただけの私が、正直悪魔に勝てるなんて思ってない。

 弱気な心をフォニは、見透かしている。


「貴方の見解は正しいですよ。数多の世界の人々の命、そして神々の力を食らい父さんの力は、今やあらゆるものの脅威となりました。神々は、父さんを貴方に近づけさせないために、足止めをしたつもりが、結果的に力を与えることになってしまったのは、皮肉なものです。そして魔王にとって、これは良い誤算だったでしょうね」

「え? 魔王?」


 魔王って、一体なんの話?

 そもそも魔王って存在しているの?

 でも、神様もいて、悪魔もいるのならいてもおかしくないのかな。

 本当に知らない事ばかり。


「魔王って、何なの」

「悪魔たちを従える魔界の王ですよ。そして、あの人と長きに渡り、争いをしています」

「それは、今もってこと?」

「えぇ。ですから神々は、父さんを倒すことだけに注力できないのです」

「神様は、力もまだ完全じゃないのに……まさか、悪魔じゃなくて、先に魔王に負けたりしないよね」

「大きな争いが起こっていないのは、魔王がまだ本気で仕掛けていないということです。そして、そうしているのは、あの人が持っている特別な剣を警戒してのことでしょう」

「特別な剣?」

「それは魔王も所持しています。両本は、創世の原理である光と闇を表し、双璧した力を宿している。そして、互いの世界の鍵でもあります」

「世界って、天界と魔界ってこと? その鍵って何?」

「それは貴方自身に直接は関係ないので、やめておきましょうか。無駄話を悠長にするほどの、時間の余裕はありませんので」

「むぅ」


 ……気になるのに。

 フォニは、好き勝手喋るんだから。


「話を戻しますが、つまりは所持した者の力を削ぎ落とす以外、拮抗した力を持つ両者の戦いに勝敗がつく事は、永遠にないのです」

「でも、今回神様は魔王と関係なく、力を衰弱させることになったよ。あんまり言いたくないけど、魔王にとって幸運だったってこと?」

「これは落ちてきた幸運ではなく、魔王の計略の結果です。そもそも何故、父さんは悪に堕ちてしまったのか。それは全て、魔王の罠にはめられたからです。あの人への想い、それを利用されました。魔王にとっては、お遊び程度に考えていたのでしょうが、父さんの力は想像以上のモノになった。父さんと争い、力を消耗させ、衰弱したあの人を狩る。魔王は今、高みの見物と言うわけです。お兄さんには言いましたがね、悪魔は人を騙す。狡猾で、利用出来るものは、なんでも利用するとはまさに、経験から教えたのですよ」

「神様はそんなすごい剣があるのなら、力が戻らなくても悪魔に勝てるの?」

「それは厳しいのでしょう。ですから、あの人は父さんを今だに野放しにしているのです」

「なら、戻れば勝てるの?」

「えぇ、恐らく」

「……」


 フォニは、他人事のように答える。

 それは自分も消えるということなのに、フォニは怖いとか嫌とかそんな感情はないのかな。


「どれほど父さんに力がつこうと、あの剣が秘める力は大きい。そもそも初めから父さんに使っていれば、このような大ごとにならずに済んだはずでした。なぜ使用せず、矢で射て、わざわざ封印などしたのか分かりませんが、この災いは全てあの人の過ちの結果です」

「それは」


 さっき見た光景が神様の記憶で間違いないのなら、私はあの時、悪魔を射ることを躊躇した。

 矢を放ちたくない、殺したくないと思ったのは私ではなく、神様だったのかな。


「どうしました」

「ううん、なんでもない。でも魔王も剣を持っているのなら、力が弱まっている神様の方が今不利だよね。警戒してるって言っても、どうしてまだ静観しているのかな」

「確かに魔王は勝利を確信しているでしょうが、剣の力は侮ってはいけません。父さんと争ったあとの方が、より確実だと考えているのでしょう。それとも、あの人が切羽詰まった様子をまだ、見ていたいだけたのかもしれません。長きに渡る戦いの中で、ここまであの人が追い詰められたことはありませんでしたから。狡猾で、理性的ですが、人を弄ぶ事が趣好。魔王とはそういう奴なんですよ」

「確信……悪魔に勝てても、やっぱり魔王に負けてしまうの」

「さすがに無傷で父さんを倒すことは出来ないでしょうから。かなりの力の消耗が、予想されます。その後、力を温存している魔王を迎え撃つ力は、あの人にはないでしょうね」

「力の消耗を抑えて、勝たなきゃいけないってことなの。そんなこと、どうしたらできるの」

「ふふ、そうですね。もはや敗北が見える争いに、奇跡以外の何かを、願うしかないですかね」


 もう、残り数段で、フォニはここに来る。

 意思を固め、私は一度深呼吸をする。


「それって、どういう意味」

「知っていますか。奇跡とは人の営みの中では生まれません。多少運なんてものはあるでしょうが、人智を超えた奇跡と呼ばれるものは、全て天が手を差し伸べているのです」


 残り四段。

フードの中から見える、真っ直ぐに切り整えられた深紫色の前髪と、青白い肌がはっきり見えるほど近づくフォニの歩数に合わせ、私は下がり始める。


「何故、奇跡を起こすのか。それは天の者の慈愛であったり、気まぐれであったりします」


 一歩下がる。


「奇跡を起こす天のものに、奇跡なんて起こりえない」


 一歩下がる。


「ですから、それ以外ですが……何があるのでしょうね」


 そう言ってフォニは、最後の一段目に足を乗せ、眼前に現れる。

 どこか脆く、不安定に見える淡いオレンジ色の瞳で私を見るフォニの目を見返していると、分からなかった胸元の絵が目に入る。 

 それは頭と顔を覆うように、つるりと丸い兜を被ったネズミ。これが他の世界の兜なのかな?そもそも兜で合ってるのか分からない。

 何でネズミだと分かるかというと、目元辺りは兜から露出して見え、そこには黒い丸い目と、逆三角形の鼻の横に3本ずつヒゲが描かれていて、極めつきには兜の上に丸い耳があるから。

 上下オレンジの細身の服を着せられたこの絵に、私はネズミのイメージを抱いた。

 親指をこちらに立てて、頑張れと言わんばかりのネズミは可愛いけど、今のこの緊迫した状況に不釣り合いで、小馬鹿にされている気分になってしまう。

 

 フォニはなんで、こんな服着てるのかな。

 

 ふふッと、急にフォニが含みのある笑いをするから、胸がドキリと跳ねる。


「な、なに」

「父さんは一度、ここまで登ったことがあります」

「そう」

「花をあの人へ贈った時に、ここまであの人が持って来させたのです」

「お花を……あげたんだ。なんの花?」

「……リナリアの花、ですよ」


 私を呼ばれたようで、ぞくっと、背が粟立つ。

 オレンジ色の眼光の奥で、フォニじゃない、誰かが私を見ている気がした。

 この目は、嫌。


「花言葉をご存知ですか? 僕が貴方に言った、幻想ともう一つ」

「……この恋に気づいて」

「ええ。思いを寄せるあの人へ、父さんもなかなかロマンチストですよね」

「私の名前と同じ花を……偶然なの」

「さぁ、どうでしょうか。それは、僕には分かりません。父さんが何故、髪を一番大切にしていたか分かりますか?」

「そんなこと、分からないよ」

「ここで、褒めてもらったからですよ。あの人に美しいと、そして、触れてもらえた。父さんにとって何よりも喜びでした。ですから、自分の命よりも大切にした」

「……」

「僕が三番目なのは、あの人と交わせる唯一だったからです。それではそろそろ、答えを聞かせてもらいましょうか」

「答え?」

「隠し事を知りたいかと、僕は貴方に尋ねました。その答えを、聞きに来たのですよ。僕はぜひ話したいのですが」


 期待の色を見せる目から視線を落とし、私は考える。

 ミツカゲの隠し事。

 それを本人に聞いたら、戯言だって一蹴された。

 隠し事が本当か分からないし、私を惑わせようとするフォニの罠なのかもしれない。

 何より聞きたくない、っと私の中の誰かが強く拒絶している。


「貴方は、真実を知りたいですか?」


 これが私の運命の、大きな分かれ道な気がして、すぐに返事を返せない。

 やっぱり誰が、やめろと言ってくる。


 ――聞いてしまえば、もう戻ることはできない――

 

 口が開いた。


「……知りたくない」

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