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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第三章
76/111

76.守れない約束

 アデルダへ近づくにつれ、空の色は変わってゆく。

 霞んだ青からオレンジ色へ変わり、行く先には紫がかった闇が広がり始めている。

 頬にあたる風も、僅かに冷たさを感じだした。もう時期に夜が来る。

 

 トワが与えてくれた加護のおかげで馬はよく走るが、流石に日があるうちにはアデルダへは着けないか。

 俺たちの世界と悪魔がいる世界が再び繋がる前に、悪魔の心臓カルディアを倒さなければならないのに、何もできないこの時間がもどかしい。

 先にアデルダへ行くとトワは言っていたが、もう着いているのだろうか。はぁ、精霊は移動が楽で羨ましい。

 慌ただしい胸中であれこれ考えていると、急に背に感じていた温もりが消えた。

 ずっと背にしがみついていたリナリアが体を離し、そのまま後方を見ている気がする。

 何かあったか?

 それともミツカゲが追いついてきた?

 声を上げ聞くよりも自分の目で確かめようと、馬の足を止め、振り返る。

 視界には来た道とリナリアが後ろを見ているだけで、特に異常は映らない。


「どうした?」

「夕陽が綺麗だなって。今日はずっとおかしな天気だったのが、嘘みたい」


 なんだ、それだけか。

 急いでいるので再び進もうとしたが、体を後ろに向け熱心に眺めているリナリアを見ると、少しくらいいいかと気持ちが揺らいでしまう。

 見やすいように背にある夕陽に向け馬体を横にし、彼女と一緒に地平線へと沈み出す日を眺める。

 彼女は綺麗だと言ったが、この景色を見ていると俺は物憂げになる。

 

「本当なら私は、この景色を見ていないはずだった。私の選択は私だけじゃなくて、みんなの未来もきっと変えてしまった」

「……それでも、これからも見続けられるようにすればいい」


 世界の未来は大きく変わってしまったかもしれないが、それでも先の未来も同じようにこの景色を、見られるようにすればいいだけのこと。

 そう……しないといけない。

 

「ねぇ、ヴァン」

「なんだ」

「……あのね、これ、見てくれる」


 そう言いながらリナリアが、ローブの中から取り出した物は俺が届けたキルからの手紙。彼女はそれを逆さにし、破かれた蓋からポロリと手のひら落ちた物を俺に差し出す。

 まじまじ見つめる。

 ずっと気になっていた中身の正体が、ついに分かった。

 これは水晶か。

 綺麗に丸く加工され無色透明に見えるが、まるで落としてしまったかのように中だけに複数の亀裂が入っている。

 元からそうなのか、こういう石が売られているのを見たこともあるし、不自然ではないと言えばそうなのだが……なんだか嫌な感じがする。

 もう少し、よく見たい。

 水晶に手を伸ばすと、リナリアが顔を顰めたので手を止める。触るのはまずいのか?


「その指、どうしたの」

「え」


 言われた指先を見る。

 赤く爛れた指先。

 エリンの石に、拒絶され出来た傷だ。

 

「アトラスの腕輪に触れたらこうなった。多分、拒絶された」

「拒絶? どういう事」

「それはまた、後で話す」


 後々話すつもりだし、腕輪も彼女に見てもらいたいが、とにかく今はこの亀裂が気になる。

 手のひらに置かれた水晶を手に取り、夕陽にかざして見ると、複数の亀裂が光を受けキラキラと輝くが、やはり見ていて気持ちのいい物ではない。


 これは、キルからの贈り物なのか?


 キルはこれを、どういうつもりでリナリアにあげたのか。理由は分からないが、あげるならもう少し綺麗な物を選べばいいのに。


「これをキルからもらったのか」

「ううん。それはね、私がキルにあげたお守りだよ」

「えっ!?」


 この亀裂だらけの石が、お守りか。

 ジュンと赤毛も持っていたが、どんな石だったか……って、それよりも衝撃だったのは。


「なら、お守りをあげた最後の一人はキルなのか?」

「うん」

「なっ……どうして、あの時言ってくれなかったんだ」


 嘆きの言葉は、ポロリと口から溢れた。

 お守りの相手に俺は、どれだけ振り回され、苦しめられたことか。

 変に隠されたから勝手に恋敵だと思っていた相手が、まさかキルだったなんて……知っていれば俺の胸に波乱は訪れなかった。


「ごめんね。絶対に持っててって言ったのに返されちゃったし、手紙に書いてあった事も恥ずかしくて、言い辛かったの」

「手紙には、なんて書いてあったんだ」


 俺の問いにリナリアは眉を下げ、冴えない表情をするが、オレンジ色に淡く染められた頬は、少し赤みが増したように見えた。

 緩やかな空気に緊張が混じり、なんだか胸がそわそわする。

 リナリアが、口を開く。


「キルが……それは俺が持ってるより、ヴァンにあげたらって」

「は?」

「お守りは大切な人にあげてるってキルに言ったから、自分よりも貴方が持ってた方がいいんじゃないかって。その、好きなんだろって書いてあって……キルにはやっぱり、バレてたの」


 なんだそれ。

 つまりキルはリナリアの気持ちに気づいて、これを俺にやれと余計な気遣いをしたということなのか。

 

 あのなキル、普通に嫌だ。

 

 彼女からもらえるのは嬉しいが、人にあげた物をよこされてもちっとも嬉しくない。

 あいつは何考えてるんだ。

 手紙を読み顔を赤くし、封筒の中身を見て悲しそうにした、彼女の変化も今は理解できる。

 それにしても、二人が何を話したかは分からないが、この手紙は俺がキルに気持ちを打ち明ける前に書いたのだから、キルはリナリアのために俺を向かわせたということなのか?


「それよりね」

「それより?」

「あのね、今はキルの話は置いて欲しくて。私が話したかったのは、その水晶ヒビが入ってるの」


 なら、これは元々ではないと。

 そうだよな。

 彼女がこんな不吉な物を、お守りとしてあげるとは思えない。


「私が渡した時は透明で綺麗な水晶だったのに……キルは、変わらない?」

「キル? 別に元気そうだった」

「そう、ならいいんだけど」

「すまない。衝撃を与えるような事はしてないが、もしかしたら途中で」

「ううん、大丈夫。キルにはね、また新しいのあげるから。ヴァンは、大丈夫だったの」

「俺?」

「トワは何も言ってなかったけど、アナスタシアに来る途中で何かあった?」

「いや」


 今朝から今までの出来事を、簡単に思い返す。

 アデルダを出て街道を通り、アナスタシアへ行く途中は、アトラスに会ったくらいだ。

 アナスタシアでは、トワとジュンと赤毛、そしてミツカゲと会い話をしただけで、これといって。


 ……それとも、気づいていなかっただけなのか。

 

 リナリアが俺とキルの様子を聞いてきたのは、亀裂の原因が何かから身を守ったからだと考えているのか。

 ふと、先ほどエリンの腕輪に拒絶されたのを思い出す。

 いやまさか、本当に俺のせいじゃないよな。


「嫌な、予感がするの」

「……」

「きっと悪い何かが、誰かに危害を加えようとした。私だけじゃなくて、これからヴァンやヴァンの周りにいる人にもよくない事が起こるかもしれない。だから」

「リナリア」


 続きは聞きたくなかったし、言わせたくなかった。

 今ならまだ浄化が間に合うと、そうすれば誰も傷つかないと言われても、選択は変わらない。

 が、この亀裂を見ると、押し留めている不安が溢れそうになる。

 足音も立てずに悪魔は、俺のすぐそばに立っているのだ。

 それに気づかず今まで過ごしていたのかと思うと、恐怖に身が凍り、ぞわぞわと背が粟立つ。

 キルの身に、何か起こっていないか心配だ。帰ったら一度会いに行かないと。

 お守りも返してやりたいが……。

 

 これはもう、返せないか。

 

 水晶をリナリアへ手渡すと、悲しそうに俺を見る。

 

「ヴァン、私は貴方がいなくなったら、自分が生きてても意味なんてない。だからお願い、これだけは約束して。必ず私が倒すから、ヴァンは自分を傷つけないで。貴方にそこまでして欲しくない」

 

 許して欲しいとしか言ってはいないが、やはりリナリアは俺の意図を理解している。

 それでも悪魔になる選択は、捨てられない。

 

「君がずっとそばに居てくれるなら、約束する」


 そばにいてくれるなら約束だってなんだってするが、失ないそうになるのなら俺は約束を守ることができない。

 だから、リナリアを奪おうとする神と悪魔を相手にする俺は、きっと約束を守れない。


「約束、するよ。私はずっと、ヴァンのそばにいる」


 意味を理解して、そう答えてくれたのか……どうかな。

 約束と言えばもう一つ、リナリアとシュークリームを一緒に買いに行くと約束した。

 わざわざ指切りまでして。

 今また、指切りをせがまれなくてよかった。たかが指切りだが、守る気のない約束に対してするのは気が引ける。

 彼女と結んだ小指を眺めていると、視界に小さな手のひらが飛び込む。

 

「手、貸して」

「手?」

「指先の怪我、治してあげる」


 あぁ、そういうことか。また指切りをさせられるのかと思った。

 ほっとしたが、彼女に治してもらうのは小恥ずかしい。

 手を出せないでいると、リナリアは痺れを切らしたのか強引に手を掴み、赤い指先は強制的に彼女の前に晒される。

 青い瞳が閉じられると、微かに彼女の毛先が揺らぎだし、爛れた指先に淡い光が灯る。温かく包み込む光は、まるで彼女そのものに見えた。

 ゆるゆると光が消えると、そこにあった傷は治っており、痛みももう感じない。彼女の力も神の力だが、エリンとは違い俺を拒絶しないようだ。


「これで、大丈夫だよ。隠しちゃダメだからね」


 包むように手を握り、微笑む彼女から目が逸らせない。君は本当に俺の胸をいつも掻き乱す。

 それがずっと嫌であったが、思いが通じ合えた今はとても幸せで、自然と顔に出てしまう。


「ありがとう、リナリア」

「……ヴァン」


 柔らかな曲線を描いていた瞳を歪ませ、リナリアは俺にしがみつく。

 幸せに音を立てていた鼓動が消えてしまい、代わりに彼女から伝わる不安な感情が胸を縛る。

 苦しくて、恐怖に支配されそうになるが、それに自分は飲まれてはいけないと、彼女の頭を優しく撫でる。


「大丈夫だ。何も心配しなくていい……そろそろ行こう」


 小さく頷いた彼女から体を離し、前を向き手綱を打ち、闇が広がり出す方へと進む。

 大丈夫。

 根拠のない言葉は、少しでもリナリアが安心してくれればという思いで吐いたが、反面に自分を追いやっていく。

 細い糸の上を渡っているようにギリギリで、いつ道が断たれてもおかしくないという切迫した心境を、リナリアには知られたくはない。


 守りたいんだ。

 

 だから、大丈夫。

 そう、リナリアもよく言っていたな。

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