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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第三章
73/111

73.気持ちの答え合わせ①

誤字を修正しました。

 人を好きになることは、ないと思っていた。

 闇の血が流れる俺にとって、他人と接点を持つ事は死に近づくような恐れであり、必要以上に深く関わらないように生きてきた。

 だから、誰かを特別に想うなんて考えられず縁のない話で、そもそも意味を見出すことができなかった。

 愛する人を作れと言うが、それは娯楽と一緒で生きていくのに必要なのか?

 

 いなくたって、生きていける。


 そう思っていたのに、最近強制的に俺の哲学が変えられてしまった。

 

 好きという感情は、俺が想像していた以上に面倒だった。

 相手の行動に一喜一憂してしまい、自分のことなのに感情が上手く制御できず、俺が俺でなくってしまう。

 俺を狂わす激情に抗いたくなったが、そうすればするほど想いは更に強くなり、閉じ込めようとしても溢れ、想うばかりで徒労感だけが募のる。

 だが、不思議なもので彼女がそばにいてくれるだけで、笑ってくれるだけであんなにも捨ててしまいたいと喚いていた煩わしい思いが消え、幸せに変わってしまう。

 霞んでいた人生に、色がついた。

 その景色を幸か不幸か俺は知ってしまい、それを忘れることも消すことも、もう出来ない。

 

 そう、俺の世界は変わってしまったんだ。

 

 ずっと生きている意味なんてないと思っていた。

 いつ死んでもいいと、生に執着することなく生きてきたけど、それでも生きていたのは、そんな人にいつか出会えたらいいと願っていたのかもしれないと、今はそう思ってしまう。



 

 初めて好きだと思えた人に、初めて伝えた俺の想いは届いただろうか?

 腕の中にいるリナリアは涙を途切れさせた丸い目で俺を見上げている。時が止まったかのように動きのない表情は、驚き以外の感情が読み取れない。

 期待も落胆もできない状況に、心の天秤がゆらゆらと揺れ動く。

 絶望へ天秤の皿が傾く。

 元々リナリアと俺は交わることのない反するものであったのに、神の片割れだと分かった彼女と悪魔の血が流れる俺との距離は更に遠くなった。

 しかし伝えることはできないと、抑えつけていた想いを言葉にして解放したら、好きなのだからやはり想いに応えて欲しいと切望してしまう。

 僅かに希望へ天秤の皿を傾ける。

 リナリアは頬に触れてくれたし、どちらかといえば好意的といえないか?だって、嫌だったらそんな事しないだろ。みっともないが、守りたいとも言ってくれたし、だから少しは考えて……なんてそれは希望的観測すぎるだろうか。


 リナリアは、なんて答えてくれるだろう。


 沸々と湧く期待を押さえつけながら返事を待つこの時間は、気が遠くなるほど長く感じるし、心臓なんて今にも爆ぜそうなくらい跳ね、もうもたない。

 顔は見づらくて、リナリアの羽織る白いローブの肩についた泥を視点にしていると、不意に視界の端で閉じていた唇が開くのが目に映った。

 瞬間、視線をリナリアの瞳に戻し、全神経を集中させ、身構える。


「どう言う、こと」


 どういう事って……はぁ。


 俺の根性を総動員させた想いは届いておらず、小さく息が漏れる。

 それは答えではなく疑問であって、喉から手が出るほど欲しい言葉でもなかった。


「どうして止めるか聞いただろ。その理由を言った」

「ヴァンが……私を?」

「……そうだ」


 改めて聞かれると本当に伝えたんだと実感し羞恥心が押し寄せ、リナリアから体を離し慌ただしい胸を落ち着けよと一歩下がり、俯く。

 垂れる前髪の隙間からリナリアを覗き見ると、涙を引かせ驚きを露わにしていた目の淵にまた、涙が溢れ出していた。それを流さぬようにと耐え瞳を歪ませるが、それでも俯いてしまうせいで、頬に流れてしまう。何故、泣いているのだろう。


「リナリア」

「……でも、私」

 

 涙ぐむ声で言われた躊躇する言葉は、抗えず水の奥底に沈んでいくように、俺を焦らせ不安にさせる。

 やはり悪魔の血が流れる俺を、受け入れてはくれないのか……そもそも君には他に想う人がいる。

 だが、そうやって傷に塩を塗っても、もちろん本心は俺を選んで欲しい。

 さっきは引き止めたい一心で恋敵を出汁に使ったが、リナリアを他の男に任せたくないし、渡したくない。

 一度放たれた想いは、もう止められない。


「俺に……してくれないか」

「へっ?」

「大切にする、神からも悪魔からも俺が守ってみせる。リナリアが好きなんだ。だから、俺のそばにいてほしい」


 恋愛に疎い俺には、心を奪えるような言葉は浮かばず、ただ胸にある強い思いだけを吐露することしかできない。

 俺の拙い言葉にリナリアは祈るように胸に手を置き、ぎゅうっと肩を縮める。

 濡れた青い瞳をこれ以上ないほど見開かせ、口角を線にして結ぶリナリアの顔が、りんごのように真っ赤に染まる。

 その熱が俺にも伝染し、全身にわっと湧いた燃えるような熱にのぼせ、目が眩む。

 また俺らしくないことを……死にそう。


「まぁ」

「き、貴様。よくそのような戯言を」


 リナリアから視線を外し、棘のある言葉を投げてきた男へ顔を向ける。

 ミツカゲは俺を軽蔑したような目で睨んでおり、トワは唖然としている。

 噛みついてきそうなミツカゲから、大袈裟に顔を背ける。

 

 うるさいっうるさいっ!!

 ほっといてくれ。

 

 お前には分からない。俺は必死なんだ。

 だが、戯言と罵られた言葉は今後思い出すたびに、のたうち回りたくなるのだろう。

 そもそも引き止めたいだけであったのに、勢いで伝えてしまってこんな事に……あぁ、もう。

 ミツカゲが苦々しい表情をし、俺に言葉の刃を振ろうとする。


「人の血が混じっていようと、貴様は悪魔なのだ。その上、あろう事か主に反逆をした奴の血だ。貴様が抱いて良い想いではない。身の程を知れ」


 こいつは天使のくせに、本当に言葉を選ばない。

 聞きたくないから、無視。


「奴もそうだ。主の慈悲を己への愛だと履き違えた愚者であった。分かっているのか? 貴様は奴と同じだっ」


 うるさいな。

 無視だ、無視。


「くっ、だいたい私の前でいつまでそうしているつもりだっ! 離れないかっ!」


 俺の無視が火をつけたのか、怒気を露わにするミツカゲがこちらへ足早に近づいてくる。こいつに引き離されたら終わりだ。

 

 俺はまだ、答えをもらってないのに。

 

 迎え撃つ手段を思いつかぬまま天使と偽る鬼が目前に迫った時、リナリアが一歩俺に近寄る。そしてそのまま倒れ込むように、俺の胸に深く顔を埋め、腰に手を回してくる。

 突然舞い降りた温もりに胸の中が、騒然とする。

 どうしたんだ急に?

 これは、抱きしめていい?

 それともいけない?

 理性の狭間で答えを見つけられず、俺の両腕は宙で止まったまま。

 ミツカゲはぴたりと足を止める。

 露わにしていた怒気が溶けていくように顔から消え、胸苦しそうな目でリナリアを見つめる。


「リナリア様」

「どうして……今」


 慌しかった胸がはっ、と冷静さを取り戻す。

 顔を埋めたまま喋るせいでくぐもってしまう声は、言葉を吐くのを躊躇っているようにも、拒んでいるようにも聞こえた。


「本当に、世界のためにと思ったの。やりたい事や夢を叶えた自分を想像したけど、みんなのことを考えたら諦められた。みんなが幸せに生きてくれるなら、そのためなら消えたっていいって。それでも、一つだけ胸に残り続けてしまうものがあったの」

「それは……」

 

 リナリアは腰に手を当てたまま体を離し、上目で見つめてくる。俺を映す瞳は熱を孕んでおり、その視線に思考が全て奪われてしまう。

 体を疼かせる欲のままに、形の良い唇を見つめていると小さく開いた。


「私、もっとヴァンと一緒にいたかった」


 撫でられるように耳の中を渡り、柔らかく鼓膜に響いた甘い声に眼を開き息を飲む。


 ……えっ?


 放たれた矢の速さで頭の中を抜けていってしまったのか、今言われた言葉がなんだったのか理解ができない。

 だが、間違いなくリナリアの不意打ちは俺の胸を射止めた。

 

「いいなって思ったの。ヴァンが好きな人の話をしてる時、その人には未来があって……貴方にそんなに想われて、一緒に生きられる未来があることが羨ましいと思ったの。いけないこと、そんなこと許されないって分かってるのに……なのに、私は今その未来を見てしまう」


 リナリアの想いを聞いているうちに、徐々に上がってしまう口角を必死に押し留めるが、我慢できず咄嗟に口元を手で隠す。

 

 あぁ、どうしよう。

 すごく嬉しい。

 

 体が熱い。

 今きっと俺の顔はすごく赤い。

 だって、これはもう期待するなと言われる方が無理がある。

 自分が悪魔だとか、他の男の存在が空の彼方へと消し飛ぶ。俺はそれに笑顔で手を振ってしまいそうなほど、浮かれてしまう。

 さっきは彷徨ってしまった両手が、今度は降りたかった場所へ着地する。


「リナリアが生きることに罪の意識を抱くのなら、俺のために生きてくれ。これは俺のわがままだ」

「ヴァン」

「俺はリナリアの全てを受け入れる。だから聞かせてくれ。君の答えを」

「……私」


 戸惑うリナリアへ、大丈夫だからと濡れる頬に手を添えると、委ねるように掌へ寄せてくれる。

 そして悲しみの中で、咲く花のように笑う。


「ヴァンが好き、好きだよ。ずっと、好きだった」


 好き。

 その言葉が頭の中で木霊し、生涯消えることがないように細胞まで刻む。


 君に、そう言ってもらえるなんて。


 やっと聞けた答えに全身が歓喜に湧き、目頭がじんわりと熱くなる。

 報われないと諦めていた想いが叶った喜びと、生きていてよかったと思える幸せ、リナリアへの愛おしさが胸に溢れ、隠さず笑みをこぼしてしまう。


「すごく、嬉しかったの。ヴァンも私と同じ気持ちだって思ってなかったから」

「俺もそうだったから、嬉しい」

「だから、私……ヴァンと一緒に、生きたいよっ」

「あぁ、ありがとうリナリア。そうしよう。俺は、ずっと君のそばにいる」

「――っ、ごめんなっさい、ごめんなさいっ。生きたいと思ってしまう私をどうかっ、許して」

「謝らないでくれ。悪いのは俺だ」

「ヴァンっ、ふぇっヴァ、ン……うぅっうわぁぁぁんっ!!」


 子供のように泣きじゃくるリナリアを慰めようと、金色の髪をそっと撫で、少しでも悲しみが癒えるように後頭部に手を回し寄せ、抱きしめる。

 リナリアは抱えていた思いを吐き出すように、一層声を上げ泣く。


 ……すまない、リナリア。


 許しを請わなければならないのは、俺の方なんだ。

 君はこんなにも心苦しく泣いているのに、俺は今人生の中で一番幸せを感じている。

 俺たちの選択は世界の未来を、危機へと向かわせてしまっただろう。

 この世界だけではない。

 知らない他の世界も、神の住む世界も同じように闇に包まれ出したというのに、それを俺は悔いることも懺悔することも、憂うことすらない。

 利己的で血だけではなく心だって悪魔な俺を、リナリアは選んでくれた。好きだと言ってくれた。そして、生きてくれる。

 この喜び以上に心に留まることが、今の俺にはない。

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