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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第三章
72/111

72.この恋に気づいて

 くぐもった雷鳴が遠くから聞こえ、土の匂いが強くなる。泣き出しそうな灰色の雲が日の光を遮り、青々とした木々や懸命に咲く小さな花々の生命の色を褪せさせる。

 選択の行末を表すような不穏な曇天でも、俺の意思は曇らない。


 神にも悪魔にも、リナリアを渡さない。

 

 必ず守ると確固たる決意を胸に勇むのはいいが、これは俺の独りよがり。

 リナリアはまだ一度も生きたいと言わない。

 

 君は本当に受け入れたのか?

 

 リナリアの事は信じてはいるが、その答えを俺は信じていない。

 世界に希望を持ていなかった俺とは違い、リナリアは世界に希望を持てる幸せな人だと思っていたから。

 リナリアが操る光の力は他のどんな加護の力よりも圧倒的で、敵などおらず守りたい人をきっと守ってこれたと思う。そして彼女自身がまさに、皆を導く希望の光となり誰もが無条件で彼女を受け入れる。

 ミツカゲとトワと言う血の繋がりはなくとも心から愛してくれる人が常にそばにいて、ジュンとダイヤのようなずっと友達だと約束をする友人もいる。

 そして、子供のように無邪気に語れる夢を持っているのに。

 

 それを全部、捨てるのか?


 幸せだから生きたいと思わないのか?

 それとも幸せだからこそ、皆の命を救う方をとるのか?

 それを思うと俺はどれほど愚かなのか。

 何も知らぬ周りの人間を巻き込み世界を危機に陥れ、リナリアの崇高な思いを打ち砕こうとするこの選択は、リナリアの為ではなく自分の為だ。

 だって失いたくない、会えなくなるなんて耐えられない。

 もう二度と失う怖さも痛み味わいたくないと、弱い自分のためである。

 だが同時にリナリアには夢を叶えて欲しいとも思っている。

 いつもキラキラと無邪気に世界を見るその顔で、ずっと笑って幸せに生きていて欲しいし。

 

 そして叶うなら俺は生きる君のそばにずっといたい。

 

 胸に熱が籠る。

 自分が今思い描いた未来を現実にしたいと、新たにそう強く思った。

 きっと何か他にも方法があるはずだ。


「リナリア。悪魔は確かに強いかもしれないが、それでもリナリアが自分を神に捧げなくても、神に頼る道を選ばなくても他に何か方法が」

「それは、ないよ」

「……」


 俺の提案は綺麗に一刀両断され、早々に打ち砕かれる。全てを捧げられるほど愛しい人だが今は、手強い難敵と対峙しているような気持ちになる。

 ひびすらも入らぬ鉄壁の壁のようにリナリアの意思は固いのだと痛感するが、俺の意思も同じようにそう簡単に揺るぎはしない。

 

 しかし何を言えば、何をリナリアに思わさせれば引き止められる?

 

 ふと抜け殻のように佇むミツカゲが目に映る。


「ミツカゲとトワも何か言ってくれ」


 俺の援護をして欲しいと思ったが、ミツカゲは相変わらず下を向くだけで応えてくれない。ならばとトワを見ると、俺の視線に気がついたトワは目を閉じ小さく首を振った。

 無駄だと言ったところで、二人もリナリアの意思が揺るがないことを理解している様子。

 もしかしたら二人はリナリアとこんなやりとりを何度かしたのかもしれないが、ここでミツカゲのように"分かっていた"と言って俺は諦めない。


「俺は、諦められない。他に何か手があるはずだ」

「ヴァン、ありがとう。でもね、それはいけない事。世界を危険に晒してまで、生きたいなんて考えちゃダメなの。私なね、みんなの未来を守りたい。私が私でなくなっても」

「本心でそう言っているのか」


 青い瞳を大きく見開かせ、ふいっとリナリアは俺から顔を逸らす。


「神様が悪魔をきっと倒してくれる。そうしたらみんなが幸せに生きられる。だから、これでいいの」

「これでいいって、それは諦めだろ」

「なら生きて……その先の私に何が残るの。このままのうのうと生きてても、悪魔が来たら私は勝てない。死ぬのが私だけならいい、でも悪魔を止められなかったら全部食い尽くされてなくなっちゃうの。この世界が、私の希望も」

「生きていれば希望があると、俺に教えてくれたのはは君じゃないか」

「……」

「自分の生きる意味も見つかるって」


 思い出してくれ、俺にそう言ってくれただろ?

 だから俺は、生きようと思ったんだ。

 リナリアは羽織っているローブの中で、腰の辺りに手を当て何かに触れながら口を開く。


「私にはその意味がね、やっと分かったの。悪魔が来る前からずっと思ってた……私が人とは違う力を持つ意味ってなんなのか。悪魔が来て目玉さんの話を聞いて、この力は悪魔と戦う為に私が選ばれた証なんだってそう思ってたけど、そうじゃなかった。不安、だったの。何をしたらいいのか、どうしたらいいのかはっきりしなくて。私の選択が少しでも間違えばこの世界は終わってしまうのに、正しい答えが分からなかった。でもこれでようやく私の本当の意味が分かった。すべき事が、行くべき場所が」

「リナリア……たが、君にはまだ夢があるじゃないか」

「そうだね、確かにね、まだやりたい事はたくさんあったよ。美味しいお菓子をもっとたくさん食べたかった」

「お、お菓子? ……なら、そうしよう。俺も買いに付き合うから」

「読みたいと思ってた本も沢山あるし、ここに咲く花をこれからも毎年見たかった。ジュンちゃんからもらった服も似合うか分からないけど一回くらい着てみたかったし、昼間に流れる星も……私の知らない世界を見てみたかった」

「あぁ、そうだな。だから」

「でもね、それを全て叶えることと同じくらい私はみんなに、貴方に幸せに生きていてほしい。そもそもみんなの命と天秤になんてかけられない」


 殴られたような衝撃に一瞬頭が空っぽになり、じわじわと空虚に浮かんできた言葉は、誤算。


 俺は履き違いをしてきたのか?


 頑固で意地っ張りで素直じゃないリナリアのことだから、それが本心を隠させているのだと思っていた。

 世界を危機に晒してまで生きたいなんて、非道とも言える思いがあってもリナリアの性格を考えれば口に出せないと。

 だからこちらがその背を押してやればいいと、この世界にある未練なようなものを思い出してくれれば本心を話してくれる、生きたいと言ってくれる……そう思っていた。

 だが、リナリアの声色からも瞳からも迷いを感じない。

 

 はぁ……でも、リナリアらしい。


 こうなる前からリナリアは言っていた。

 戦う理由、それは自分のためでなく誰かのためにと戦うとそう言っていた。

 リナリアはいつだって誰かのために尽くそうとする。

 でも、それを今はやめてくれないか?

 自身のためにもう生きようと思ってくれないか?

 俺だって戦いたい。

 リナリアを守る為に戦いたい。


「なら、悪魔の心臓を見つけよう」

「……貴様」

「世界が繋がる前に心臓を見つけ殺せば、悪魔も死ぬ。それさえできればリナリアは神の元へ行かなくてもいいだろ」

「それは……が、しかし」 


 俺の案にそれほど不満はなさそうに見えるミツカゲは、口籠りながらリナリアを伺うようにちらりと見る。

 これならどうだ?

 考え直してくれるかと期待を胸に俺もリナリアを見るが思わず息を飲む。

 少しは悩む仕草くらい見せてくれるかと思っていたのに、凄むように俺を見るリナリアの目からはとても強い意思の色が見てとれた。

 決意を違えない真っ直ぐな思いと、そして強い拒絶。


「ミツカゲにも言ったけど、それは無理だよ」

「リナリア」

「心臓は見つけられない。それにもし見つけられたとしても、戦わなくちゃいけない……みんなを巻き込む事になる。だから神様に託す事が、私の中の一番平和な解決方法なの。争わなければ私の大切な人は誰も傷つかない」

「俺には誰だろうと戦う覚悟はある」

「私は、ヴァンが傷つくのは嫌だよ」

「俺だって君がいなくなるのは嫌だっ」


 リナリアの為なら傷つく事なんて怖くない。

 無傷で大切なものを守ろうなんて、そんな甘い考えはもっていない。

 あとは、リナリアが生きたいと思える希望さえ持ってくれれば。


「分からない。どうしてそこまで止めるの。世界が、キルも危ないんだよ。もしかして、ヴァンはお母さんの事を気にしてるの?」

「違う、そうじゃない」

「なら、お願い。私はねヴァンに背を押して欲しい。私の隊長だった貴方に、大丈夫だって必ずうまくいくってそう言ってほしいの」

「俺は……リナリアの事を部下だと思ったことは一度もない。君は俺の」

「貴様っ!!」


 大切な人なんだ。

 その言葉は俺の躊躇とミツカゲの怒声に消えてしまう。

 俺に掴みかかろうとするミツカゲの前にリナリアは片手を出して制止させると、みるみると瞳を歪め泣き出しそうな顔をする。

 言葉の選択を間違えたんだと心底後悔する。


「そうだね……ごめんね。あの時も今も全部私のわがままだったよ。もう、行かないと。ずっと待たせてるから」


 涙を堪えるような声で、リナリアは言う。

 一気に鼓動が早くなる。

 このまま行かせるわけにはいかないが、いよいよ迫ってきた現実に嵐が来たように頭が乱雑になり、引き止める言葉が浮かばない。

 今は、時間にしがみつくしかない。

 

「ま、待ってくれ!!」

「キルに、よろしくね。二人はずっと友達なんだから……その事を忘れないで」

「リナリア様」

 

 俺の懇願は届かず、リナリアは体の向きを横に変えすり抜けるように俺の前からいなくなる。

 向かい合う形になったミツカゲは、僅かにリナリアを目で追った後、思い詰めたように顔を伏せる。

 ざわざわと木々が手招きしているような深い森の方へ小さな歩幅で進み、背しか見えなくなったリナリアへはもう手が届かない。


 無理だ、無理だ、無理だ。

 本当に行ってしまう。

 これでもう二度と会えなくなるのか?

 

 何か、他に引きことめる言葉は……何がある?

 

 自分のやりたかった事も夢も捨て、消えてしまっても世界を救う事を希望にしているリナリアに、生きたいと思わせる何かが俺には分からない。


 それはもう……ないのかもしれない。

 

 それでも懸命に探してみた。

 過去の事、過去と言ってもつい最近。

 リナリアがくれた言葉や胸を馳せていたもの、夢を頭の中から掘り返してみても新たな発見はなく、やはり俺の手は出し尽くしてしまっている……いや、希望。

 見つけた一筋の光に、眉を顰める。

 

 ……これだけは、言いたくなかった。


 それでもなりふり構っていられないと走り出す。

 弱々しく歩くリナリアを抜かし前に立ち、両手を広げ進路を断つ。

 俺の行動に驚いたのかビクッと肩を跳ねさせ立ち止まったリナリアは、しばし呆然と俺を見つめる。

 そして徐々に眉を寄せながら俯き、全身に力を込めるようにふるふると小さく体を震わす。


「お願い……もう、時間がないの」

「リナリアはその人と生きたくないのか」

「えっ」

「好きな相手に想いを伝えなくていいのか」


 自分で言っていて虫唾が走るし反吐が出る。

 あぁ、もう気が滅入る。

 恋敵を出汁に使うことを最終手段にしてしまうこともそうだが、何よりも心を砕かせたのはリナリアが気持ちの揺らぎを表すように両耳を塞いだこと。

 流石に辛い。

 俺は何をやってるのか……リナリアが他の男と仲良くしている所なんてみたくないのに。

 これがリナリアの希望になっても俺には絶望でしかないが、それでも生きたいと思ってくれるのなら。


「伝えて、その人と生き」

「もうっ、やめてよっ!!」


 唐突なリナリアの叫びに胸が大きく跳ね、体が硬直する。失言だったのかひどく叱りつけられた気分に、胸の中に溜まっていた澱んだ感情が一気に溢れそうになる。

 リナリアはおもむろ両耳を塞いでいた両手を下げた。その様子をミツカゲとトワは目を開き唖然とした様子で見つめている。

 

 初めて聞いた。

 リナリアがこんなに声を荒げるのを。


「ヴァンが……そうしたらいいでしょっ。私はその為に何があっても絶対行くって決めたんだからっ。ヴァンがどんなに止めても私は」

「俺だって君が行くと言っても、絶対行かせられない」

「どうして……私はみんなを、ヴァンを守りたいって私自身がそう思ってるって信じてる。だから、行くの」


 今にも落ちそうな崖っぷちに立たされている状況なのに、その言葉は救いの手が差しのべらたかのように俺に喜びを与えてくれた。

 

 そうか、リナリアも答えを出していたのか。

 

 俺もそう、信じている。

 リナリアへの想いは母や悪魔のせいではなく、俺自身のものだって。でも、それは俺が自分を信じた訳じゃない。俺は俺だと言ってくれた、リナリアを信じているからだ。


「俺だって、そう、信じてる」

「だったら」

「信じているから、行かせられない」

「どういう、意味……よく、分からない。もう分からないよ」


 分からない、そうだろうな。

 だって君はこれっぽっちも俺の気持ちに気づいてくれないのだから。


 リナリアが誰を想おうと、これがもう最後になってしまうのなら。


 一歩前に足を出し、ローブの中に隠された細い腕を握り、強く引く。

 

 いいさ。

 なら、教えてやる。

 

 引き寄せた小さな体を俺の胸の中に納め、両腕を背に回し抱きしめる。

 本当は言うつもりはなかった……しかも人前。

 玉砕覚悟で言ってもいいかと思ったが、これはあまりにも無謀な状況。


「ヴァ、ン?」

「君もさっきしたから、別にいいだろ」

 

 まだ良い雰囲気だったら、リナリアの気持ちも少しは俺に揺らいでくれたか?

 君の瞳のような青空が広がっていたら。

 そばで貴様っ、て叫んでいるうるさい君の保護者もいなくて、二人だけだったらよかったのにな。

 お互い本を読むのが好きだから本の話をしたり、食べたいって言っていたシュークリームを買ってあげるのも良かったかもしれない。

 花なんてあげることないって言ったけど、花が好きな君にあげたら、喜んでくれただろうか?

 それこそ、リナリアの花を。

 

 今ここには何一つない。

 

 それでもここで言わなかったらもう、伝える機会はなさそうだから。


 緊張から口の中が急激に乾く。

 緩やかに大きく跳ねる鼓動が、離れないでと胸に押し付けるリナリアに聞こえてしまいそう。

 今どんな顔をしてる?

 

 リナリアの顔を隠す泥だらけのフードをそっと取る。現れた濡れた青い瞳が俺を見上げ、溢れた涙が一筋頬に流れる。

 泣かないで欲しい。

 君にはいつだって笑っていて欲しいから、人差し指で涙を掬い上げる。

 失いたくないから、離したくないと小さな体を更に強く抱きしめる。

 想いが届いて欲しいからよく聞こえる様に、少し赤みを帯びた耳元に近づく。


「君を引き止める理由は、一つだけだ」


 そう、この想いだけだ。

 








「リナリア、俺は君が好きだ」


 あぁやっと、君に伝えられた。

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