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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第三章
71/111

71.紡がれた答え

「君が……人形」


 希望が……胸に宿った灯火がまた……消えていく。

 だから世界が色褪せて見える。

 防衛本能なのか、これ以上痛みを感じぬよう心を空白にしようとするが、感情を押し殺したような歪んだ青い瞳を見ていると悲しみが押し寄せ、その痛みがこれは現実なんだと突きつけてくる。

 リナリア様、っとミツカゲがか細い声で名を呼ぶ。

 それにリナリアは口元だけで笑った。


「ごめんねミツカゲ。でもね、ヴァンにそう聞かれたら私には何も答えられないの。世界を旅する事を私自身はできないけどでもきっと、神様と一緒になればそれもできると思ったから。嘘をつく事が出来ないのならつかなければいいって……そう、ジュンちゃんが教えてくれた」

「どう言う事、なんだ」


 口から溢れた疑問は誰も答えてはくれず、深い水底のような空気に虚しく溶け消えてゆく。


「説明……してくれっ」


 言葉とは裏腹で真実を知る恐れなのか、視線だけで辺りを見渡す。

 視線の先にいるミツカゲとトワは、悲しみとも恐れとも取れるような目で下を向くだけで口も開かず、微動だしない。

 青々としていた木々の葉も、一面に咲き誇っていた白い花すら揺るがない光景がまるで静止画でも眺めているように感じられ、その異常さが更に恐怖を助長させる。

 木漏れ日の音すら聞こえそうな無音の空気の中、曖昧な世界から引っ張り出してくれた音はすぅっ、と細く息を吸う音。

 

「神様は私を選んだ訳じゃないの」


 リナリアがそう言った。

 俺は静かに視線を戻し、リナリアの顔を隠す泥のついた白いフードを見つめる。


「神様は悪魔の闇を切り離す為に自分の魂を半分にした。その片割れがね、私なの」

「リナリアが……神の魂の、片割れ? なら、リナリアは……神、なのか」

「私には今もよく分からない」


 どう言う事なんだ。

 人形と言ったり、今度は神の片割れだなんて言われても理解できない。それはリナリアも同じなのか、自身の事なのにまるで他人事のような口ぶり。

 リナリアは持っている手紙をローブの中へ仕舞い込みながら、俺のそばに立っているミツカゲに向け顔を上げる。


「知ってほしくなかったけど、ヴァンに話すよ。でも、私よりミツカゲの方が詳しいから話してくれる?」

「ですが、こいつは悪魔の」

「私はヴァンを信じてる」


 穏やかな口調だが意思宿る声にミツカゲはぐっ、と言葉を飲み込むが、下げた眉と一層切れ目を細めた顔は不服そうに見える。

 相変わらずこいつは俺を信用していない。


「ミツカゲ、リナリア様はそう仰っています」

「余計な事を言うな。だいたいトワ、お前が私にも知らせていればこんな事には」

「仕方ありません。言えば貴方はヴァンさんをリナリア様に合わせずに追い返したでしょう」

「当然だ」

「だからです」

「……トワ、何がしたい」

「私は、ただ何かが変わればいいと思っただけです」

「この悪魔が来て、何が」

「ミツカゲ」


 いつまで聞かされると焦燥していたが、笑顔で人を殴るような狂気めいたリナリアの一声のおかけで、諦めたといったような吐息をミツカゲに吐かす事ができた。


「……貴様は私が何者かと聞いたな」

「あぁ」

「私も人ではない」


 投げつけられるような声色で言い放たれた言葉だが、すっと頭に入ってはこない。

 困惑や唖然としてしまうと言うより、リナリアの事で頭がいっぱいな俺には、ミツカゲが何者かなんて事はもうあまり気に留まる話ではなくなってしまった。


「ならお前は、なんだ」

「天の使いだ。俗に言う天使という存在だ」

「お前が?」

 

 神や悪魔と言った神話の世界、空想と思っていた存在を現実に知った今天使という存在を否定はしない。それでも、俺の中で疑念が生まれたのは……。


 こいつが天の使いだなんて。


 という事。

 俺の中の天使という者は平等に慈愛を注ぐ温かなイメージを持っていたが、ミツカゲはというと冷徹で無慈悲。いつも俺の事を蔑む扱いをしてくる嫌な奴な訳で、天使と言われても想像とあまりにもかけ離れていて本当なのだろうかと疑ってしまう。

 だがしかし、ミツカゲの力を考えれば納得はできるか。

 加護の力に当てはまらない人並み外れた力を操るミツカゲは、およそ人とは思えなかったので人外であると言われればその方がしっくりくる。

 

「始まりは奴が……時を司る神が悪に堕ち、主に謀反を起こした事がきっかけであった」


 ミツカゲはボソボソと緩急のない声でそう言った後、言葉を選ぶように話し始める。

 興味の削がれた話から突然、本題に触れ出すので心の準備なんて作る間もない。

 俺は乾き切った口内でも一度何かを飲み込み、ない覚悟を無理につくる。


「主は悪魔を封印しようとしたあの時、奴の最後の悪あがきによって傷を負ってしまわれた。それはただの傷ではなく悪魔は闇を……主に呪いをかけたのだ」

「呪い? どんな呪いだ」

「闇に支配される呪い。主は闇に蝕まれるのを阻止する為にご自身の魂を分けたのだ」

「しかしフォニは、力と言っていたが」

「魂の大きさは力に直結する。現に主は魂を分けてしまったせいで、力を半分失われてしまった。フォニは主が闇をリナリア様になすりつけたと言ったが、闇を切り離す為に魂を分け、そしてリナリア様が生まれたのだ……確かにリナリア様にとってはそうなのかもしれないが」

「本当にリナリアが……神の片割れ」


 じわじわと迫ってくる真実を俺はまだ飲み込もうとも拒もうともせず、ただ傍観している。

 ぼけっとしている俺とは対照に、ミツカゲは忙しなくリナリアに視線を配り気にする様子を見せる。それに気づいたリナリアは小さく頷く。

 リナリアはもちろん知っている事なのだろうが、再び話す事にミツカゲは気が進まないのか。

 そんな心情なのかは分からないが、囁くような声でミツカゲは続きを話し出す。


「主が堕とされる事を阻止できたが、悪魔の闇を宿すリナリア様を天界に留めておくことは、主だけではなく天界全てに危険を及ぼす恐れがあったためにできなかった。リナリア様ごとを封印する事を考えはしたが、それは主の力が二度戻らなくなる事を意味した。だから我々は闇を消し去る道を選んだのだ……闇を消し再び主にお返しする。その使命を受けたのは私とエリン様だ」

「エリン?」

「癒しの神でおあせられる。あの男、アトラスはエリン様の使者だ」


 まさか、本当に神だったなんて。


 そんな言葉が思わず口から飛び出しそうになった。

 不思議な力を持つ人物の事をアトラスから聞いた時、俺はまるで神だなと言った。そしてアトラスは神だと答えた。あれは面倒がられて適当に流されたのかと思っていたが、本当にそうであったなんて。


「私たちはリナリア様を連れこの地に降りた。この地を選んだのは元来特殊な環境であり、エリン様が浄化の儀式を行われるのに相応しい環境であったからだ」

「この世界が特殊?」


 ミツカゲはチラリと俺を見る。

 圧のある眼光は、今はその事はどうでもいいと言われているよう……お前が言い出したくせに。


「エリン様のお役目はリナリア様から闇を払う事であったので、浄化の儀式を行う為にこの地に降りて早々に結界を作り籠もられた。そして私の役目は儀式が行われるまでの間リナリア様をお守りする事であった」

「それでお前はずっと……リナリアを。アトラスが迎えに来たのはもう浄化が出来るからなのか?」

「悪魔の世界とこの世界は繋がってしまったが、ようやく先日の星降る日に儀式が行えるようになった。エリン様は私がリナリア様を連れて来られるのを待っておられる」

「それが、約束なのか」

「そうだ」


 アトラスは約束を果たしたら、エリンは遠くへ行ってしまうと嘆いていた。

 役目を終え、この地にとどまる必要がなければ神であるエリンは天界へ帰ると言う事なのだろうか……まぁ、その話は今はいい。

 それよりも一体いつからこの世界にいるのか。


「いつからこの世界にいる」

「……時という概念を我々は持ち合わせていないが、人間一人の一生程」

「だからねっ」


 リナリアが慌てた様子でミツカゲの言葉に被せてきた。


「私実はヴァンよりも年上なんだよ。人間じゃないんだけど、もし人だったらおばあちゃんだね! へへっ」

「……リナリア」


 小恥ずかしそうに、リナリアは笑う。

 いつものリナリアらしい自然な振る舞いが逆に不自然で、明らかに気丈に振る舞っているその笑みに胸に切なさが込み上げてくる。


 リナリアはこの真実を聞いた時、どんな思いでいただろうか。

 

 俺はどんなに頭の中で真実を咀嚼しようとも、今だに理解できない。

 光の力を操れる事も、悪魔に狙われている事も俺が疑問に思っていた時間のずれも今の話で解決した。

 

 ……分かっている。

 

 全てが辻褄が合う。

 ミツカゲの素性を知った時のように理解できるはず……だが、できない。

 

「リナリアは何か覚えていたことはあったのか?」


 リナリアは目を細め、静かに首を振る。

 今度はすかさず、ミツカゲが口を挟んでくる。


「リナリア様が主から切り離された当時、幼子の姿でずっと眠り続けていたのだから覚えているはずがない。そう、ずっとそうなのだと思っていた……が、しかし突然目を覚まされた」

「ん? どういう事だ」

「はっきりと断言はできないが、あの日そうであろう出来事があった。悪魔の封印が解かれた事だ」


 つまり50年前。

 封印が解かれてからの50年間、リナリアは意識があったというのにそれでも記憶がないのは何故なのか。

 思案していると刺すような視線を感じた。

 嫌な視線の根元はやはりミツカゲで、俺を恨みがましい目で見ているが気にしない。

 

「そして、あの時闇が抜けた」

「抜けた?」

「完全ではないが、リナリア様の中にあった闇が消えたのだ」

「……まさか」

「そうだ。その抜け落ちた闇こそ貴様の母親、マリャだ」


 それが母……そうか。

 

 リナリアの中で眠っていた母、悪魔マリャは封印が解かれたことをきっかけに抜け出し、フォニのように個をもったのか。

 元々母はリナリアの中にいたとフォニが言っていたのはそう言う事。


「マリャの存在を知ったのは最近であった。当時の私も神々ですら何故闇が消えたのかは分からなかったが、この世界の何処かに存在する事だけは分かっていた」

「どう言う事だ?」

「世界に結界が張られた」

「結界が……しかし、アトラスが天界と遮断されたのは」

「張られたと言っても、道を断つまでのものではなかった。天の恩恵を受け辛くする厄介なものではあったがそれよりも、世界を蹂躙し始めた悪魔の進路を阻む事に神々は尽力し、私たちも消えた闇が何か仕掛けてくるのではないかとそちらを懸念していた。エリン様は細心の注意を払い浄化を行えるよう力を集め、私もリナリア様に危害が及ばぬよう警戒していた。……しかしまさか」


 嫌味を含んだ語尾の後、ミツカゲは冷笑する。

 どうせ碌なことは言わないだろうと口を挟まずに次発せられるであろう侮辱を予想していると、急に面でも被せられたようにミツカゲは表情を消し、手のひらを見つめ何かを呟いた。それはあまりにも小さな声で聞き取れなかったが、凍てつくミツカゲの瞳がふと柔らいだ。

 

「闇が消えたことに大きな悩みの種ができてしまったが、反面喜びもした。これで浄化をかなり早く行えるようになったのもそうだが、何より目を覚ます事はないと思っていたリナリア様が目を開け起き上がり、自分の足で歩かれるようになった。あの時の事を今も、昨日の事のようによく覚えている」

「えぇ、そうですね」


 懐かしむように語るミツカゲに、トワが柔らかな声で相槌を打つ。過去を見つめる二人の目があまりにも優しく温かな感情に溢れていて、それが俺の幼少の記憶を呼び起こさせる。

 俺に笑いかける両親の顔が浮かんだ。

 そう記憶の中で両親が同じ目で俺を見ていた。その目を見るたびにこう思っていた……愛されていると。

 だがその愛故に、失った時の悲しみが増すんだ。

 感傷に浸っている俺にしかし、っとミツカゲの声が耳に届く。


「目を覚まされても言葉はおろか、喜怒哀楽と言った感情もなかった。人がするような営みもしはしなかった……今のように本を読むことも。確かに神であるリナリア様には不必要ではあるが、断じて人形などと」


 人形。

 アトラスの言葉も今は悪意に聞こえるし、自身もそう言ってしまったことを後悔する。

 例え神の片割れだろうと、リナリアはリナリアだ。

 しかし今の話だと、俺の知るリナリアと全く違う。


「分かっている。だが、今のリナリアとは全く違う」

「……目を覚まされてからまた時が過ぎたある日だ。夕暮れを歩いているとリナリア様が突然言葉を発した。あの日を境にリナリア様は生まれ変わったのだ。好きな事を話しよく食べ、よく笑い、泣き、怒り、自我が芽生えた。同時に成長を始めた。多少人とは差があったものの背が伸び、顔つきも変わりそれは、まるで」


 蝋燭の灯火のような不安定な声がついには消え、ミツカゲは沈黙する。

 続けられなかった言葉の先は……。

 

 まるで、人のように。


 っ、と言いたかったのだろうか。

 以前リナリアが話してくれた話を思い出した。

 リナリアはミツカゲとトワの事を本当の親のように慕っているが一歩、いや十歩ほど引いて接する二人の態度に疑問を抱いていると言っていた。二人は自分のことをどう思っているのかと。

 あの時の俺にはもちろんミツカゲとトワの真意なんてものは分からなかったが、さっき二人の目を見て感じた温かな感情の名を俺は知っている。

 そうあれは、慈愛。

 

 二人の姿はまるで、子を思う親のようであった。

 

 人のように成長を始めたリナリアをミツカゲとトワが、ずっとそばで見守ってきたのは忠義でも責務でもなくリナリアを子のように大切に思い、そして愛しているからだ。だからこそ、ミツカゲはリナリアに真実を話さず、神との約束も果たそうとしなかった。

 

 俺が感じた事をリナリアも今感じているだろうか?

 

 おもむろに見たリナリアは俯いたまま腰の辺りを触っているだけで、今何を思っているかは分からない。 

 気づいて欲しいと願いつつ、今の話で気づいた事を考える。

 リナリアが人に変わろうとした時、それはもしかしたらと俺には心当たりがあった。


「それは母が、死んだ時なのか」


 ミツカゲが険しい顔をする。


「多分そうなのだろうな。貴様の母、髪のマリャがリナリア様に干渉し自我を芽生えさせた。その理由は分からない。あの日以来マリャが張っていた結界が異常なほど強固なものとなり、天への道も遮断されてしまったからな」


 理由、それは何なのか。

 母は死んでこの世界と天界を遮断させる程の強力な結界を張った理由は俺には分からない。

 リナリアに自我を芽生えさせた意味も。


 母は一体何がしたかったのか。

 

 何がしたいと言えば、ミツカゲも今になって何故リナリアに全てを打ち明けたのか。

 主人の命や自身の使命を果たす事を放棄してまで今まで真実を伝えられなかったのは、ミツカゲは我が子のようにリナリアを大切に思っているからだ。

 ずっとそばにいたミツカゲなら、リナリアが真実を知った時の痛みも何と答えるかも分かっているはず。

 

 それなのに。


 悩んだ末自身の使命や主人、世界を優先する決断をしたのか?

 それとも悪魔の圧倒的な力を目の当たりにして敵わない事を悟り、リナリアを生かすこと諦めたのだろうか?殺されるくらいなら、神の中で生きた方がマシだと……だが、そんなの俺には生きているなんて思えない。

 

「何故、今になってリナリアに全てを話した。今まで隠し通してきたのに今更、こんな話リナリアが聞いたらどう思うかくらいお前達になら分かるはずだろっ」

「それは違うのっ!!」


 怒気をのせてしまった言葉に俺の心情を察したのか、リナリアが慌てて俺とミツカゲの間に割って入る。


「違う?」

「私に全てを教えてたのは、フォニなの」

「な、あの悪魔がっ!? 一体、いつ」

「それは長くなるし、今は関係ないから……だからね、ミツカゲじゃないの。ミツカゲはずっと私に教えてくれなかったっ!!」

「……申し訳ございません」

「違うのっ……ごめんね、もうこの話はしたのに。またミツカゲに辛い思いをさせて」


 そのような、っとミツカゲ言い口元を結ぶ。次第に肩が震え、瞳が歪む。

 しばしの沈黙。


「分かっていた、ずっと」


 口から絞り出された言葉は、答えを知っていようとも辿り着けない。そんな耳にこびりつく久遠のような響きであった。

 見ているようで見ていない。

 選んだようで選び取れていない。

 足掻いているのに、流されている。

 ミツカゲのそんな混沌とした目を見つめていると急に視界の明度が落ちた。

 何故だろう、と空を見上げる。

 あぁ、そうか……また雲が。

 

「それでも伝えることが出来なかった。貴様に言われなくとも、話せば必ずリナリア様は受け入れられると分かっていた。だから、言えるはずない。消えてしまうと、死んでしまうと、生きるのを諦めて下さいと……例え主を裏切る事になったとしても、私には真実を伝える事ができなかった」

「……ミツカゲ」

「リナリア様申し訳ございません。分かっていた、分かっていたのです。私は誰よりも貴方様のそばにいたのですから……こうなってしまうと」


 痛い。

 胸に切り裂かれるような痛みが走り、やり場のない悲しみや憤り虚しさでぐちゃぐちゃになる。


 本当に、嫌だ。

 もうたくさんだ。


 分かっていたなんて、もうどうしようもできないのか?

 このままだとリナリアは行ってしまう……俺はまた失うのか?

 泥濘(ぬかるみ)に沈んでいくように徐々に光を失っていく風景。

 どろどろとした感情を塗られるような生温かな風。

 慌てふためくようにぶつかり合う木々の葉の音全てが、俺の胸を焦燥に駆らせる。

 

「ヴァン、こうするしかないの。悪魔はね、私達が想像してるよりも強大な力を持ってる。他の世界の人達の命と神様の力を食べ続けて、とっても大きくなってるの。神様しか……勝てない。私もミツカゲもトワも悪魔に勝てない。だから行かないと」

「リナリアは……死を、受け入れるのか」


 俺を見上げる青い瞳が徐々に泥のついたフードの裾に隠されていく。


「このままだとキルも危険に晒される。貴方の隊の仲間もジュンちゃんもダイヤもミツカゲもトワも。私の知らない人、だけど大切な人がいる誰かもみんな」


 そんな事分かってる……分かってる、分かってる、言われなくても分かってる。

 キルの顔が隊の仲間の顔が……セラートもヘイダムも関わった人の顔が次々と浮かぶ。

 心打たれた本も美しい景色も、不遇な人生の中でも楽しかった思い出が全て走馬灯のように浮かぶ。

 

 これが俺の世界の全て。

 そして、本当の世界の全てではない。


 分かってる、分かってる、分かってる。

 生きる人の数だけ見ている世界があって、俺の知らない誰かには大切な人がいて、知らない場所で今日を生きている。

 分かってる、分かってる。

 人一人と世界の重みの違い。

 

 分かってる……何をだっけ?

 

 俺は何を分かろうとしてる?


 ……何も、分からない。


 分かっていると呪文のように唱えているだけであって、本当の俺は何も分かろうと受け入れようとしていない。

 そう、分かっていた。

 その呪文の魔法にかかりたいだけ。

 本当は分かっていた。

 自分の非道さや、愚直な思いを分かっていると言って隠したいだけなんだ。

 神がどうとか世界がどうとか何を聞かされても、俺が今一番怖いのはリナリアがいなくなってしまう事。


 俺は何を選ぶ?

 

 頭の中にアトラスの声が聞こえ、俺に尋ねてくる。

 

『世界と天秤にかけれるか?』


 一と多数。

 大切な人と世界を選べるかと聞かれた。


『何よりも大事だと言った答えは、変わらない』


 その問いに俺は、そう答えた。

 もしもの仮定の話がまさに現実に起こっても、俺の答えは今も変わりはしない。

 いなくなったらもう会えないと、当たり前の悲しみを俺はもう知ってしまったから……だから。

 

 リナリアを神に返さない。


 頭ごなしに否定しようとも、どんなに正論を振りかざそうとも行き着く先の答えはこれしかない。

 逃げてはいけない。

 俺はミツカゲとは違う、分かっていると言って諦めたくない。君がどんなに拒んだとしても何としても止めたい。

 そして、悪魔からも神からだって俺が守ってみせる。

 神へ逆らうことになろうと、世界中の人々から恨みを買うことになっても構わない。

 

 だって……俺は元々悪魔だから。

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