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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第三章
60/111

60.変な男

 薄らと日の光が透ける青いカーテンを開ける。濃紺色の空を赤い光が追いやろうとしている。もう日が昇る。まぁいいや、出るか。別にいつ届けろなんて言われてないけど、早いに越した事はない。

 掛けている隊服を取り、袖に腕を通す。そう言えば隊員達はどうするんだろう。訓練でもするのか。アルとカミュンとマリーが心配だな。あいつらちゃんとやるだろうか。

 不安を募らせながら身支度を整え、簡単な朝食を済ませる。ベッド横に立てかけてある剣を腰に差し、部屋の扉の前に立つ。忘れた物はないかサドルバッグを確認し、最後手紙を納めた内ポケットへ服の上から手を当てる。触れると鼓動が音を立てて鳴り出す。


 早く会いたい。


 リナリアに会いたいって、自分の気持ちに向き合えたら驚くほど素直な想いが溢れる。会う事ができたら俺は、昨日思った事を彼女に伝えられるだろうか。


 それだけだ……それだけ。


 頭を振る。それ以上は願っちゃいけない。少し冷たい銀のドアノブを回し、静かに部屋を出る。


 繋ぎ場から馬を引き連れ、まだ人影のない正門で門番をする兵士と軽く挨拶を交わし街を出る。先ほどよりも空が明るい。それでもまだ薄い青色の中で星が小さく瞬いているのが見える。風が髪を靡かせる。空気はまだ熱を含んでおらず、清々しく心地いい。俺は手綱を打ち、馬を走らせる。


 今日もいい天気になりそうだ。



 街道をひたすらに進む。この道を辿っていけばファリュウスの首都であるアナスタシアに着く。日が昇り出すにつれ、人の姿を見かけるようになる。旅人や荷馬車を引く商人とすれ違い、いくつかの町を通り過ぎる。短い休憩を挟みながら進み続けると、昔作られたガンガルドとファリュウスとの国境を分ける朽ちた石垣が見えた。

 おぼろ雲が広がる空の下、緑波打つ平原に続く街道を足を止め眺める。


 あの日も君に会いに、この道を歩いたんだ。


 まだ、彼女が彼女だと知らないあの時。アドニールへ、希望を持って皆と会いに行った。瘴気の原因は分かるだろうか。この先俺達は希望を持てるのだろうかと。でも、今日の俺はリナリアに……少し淡い期待があるんだ。このままでいいって、この想いを伝えるのは止めようと決めたのに。なのに、何か変わればいいなんて心のどこかで思う俺はやっぱり女々しい。


 あの日のように石垣を超え、ファリュウス神聖国へ入る。途端胸が重くなる。息苦しくなる。そして、悲しみが湧いてくる。そう、この街道を外れもっと南の方で皆と休憩をとった。


 あの時は……カイトもいて。


 この平原を行った先はあの戦場がある。瘴気が発生した場所の生命は全て死ぬ。だから、あの場所は荒廃した地のままだろう……いつまでも。瘴気は、悪魔は何もかも奪い去る。

 

 今回お忍びでない俺は、道を逸れずに街道を進む。正午にはきっと首都に辿り着く。ポケットから預かった手紙を取り出し見つめる。


 ミツカゲには見つからないようにしないと。

 

 先にミツカゲに出会したら、きっと帰れと追い返される。でも、行ったことのない街でどうやってリナリアを探せばいいんだ。どこに住んでるかも分からない。いや、俺にはキル、王から預かった手紙を渡すという名目がある。ファリュウスの騎士に言えば案内してくれるだろう。してくれるよな。

 ふと泣き声が前方から聞こえた。


 誰かが泣いている。子供?


 視線を上げると道の隅で子供らしき小さな人影が座り込み、そばで大人二人立っているのが見えた。


 何かあったのか?


 手紙を再びポケットにしまい、馬の足を早め先へ進む。

 近づきなんとなく状況が分かった。どうやら座っている男の子は、怪我をしてしまい泣いているようだ。額と肘、膝にできた酷い擦り傷から血が滲んでいる。これは痛そうだ。服に土が盛大に付いているので、多分こけたのだろう。そばで母親らしき女が心配そうに男の子を覗き込み、オレンジ色の髪を三つ編みに結った男が、(ひざまず)いて傷を見ている。


 この男、変わった服装だな。


 薄い黄緑色の半袖。左肩から足首くらいまで、真っ白な布をドレープを作り体に巻きつけている。額にかかるようにぐるっと巻かれた青く細い布も気になる。あと、サンダル。ファリュウスの神官なのか?とういよりも、神話にでも出てきそうな格好。


「すぐに治るからな」

「痛いよーーーーっ!!」


 泣き喚く子供を(なだ)めながら男は、掌で膝の傷口を覆う。ほっそりとした白い腕だな。そこに金色に輝く腕輪が見えた。赤や黄色、紫など様々な小さな石で装飾された美しい腕輪。服装に比べ、かなり派手なものを着けている。男がボソボソと何かを口にする。すると一際大きな青い石が光を発した。


 なんだ?

 

 その光は男の掌へと移り、柔らかな光を放つ。とても清らかで神々しい光。男は掌を退けると傷は綺麗に治っていた。そして額、肘も同じ様に治していく。見事だな。あっという間に治してみせた男へ感嘆するが、それよりも今の力は何となく加護の力とは異質なモノを感じた。上手く言い表せないが、精霊の力よりももっと特別な。


「もう痛くないだろ」

「わぁ、本当に痛くないっ!! ありがとう!!」

「本当にありがとうございます」


 男の子は勢いよく立ち上がり、ぴょんぴょんと飛んでみせる。そして、ありがとう、っともう一度男へ礼を言うと治った足で駆け出す。母親がこらっ、と叱咤する声をあげ、男に深く頭を下げた後子供を追いかける。


 ふぅ、母親は大変だな。


 俺は遠くなる親子の後ろ姿を見送る。我が子を追いかける母親の背を。


「なんか用か」


 細い声なのに、真っ直ぐに耳に入って聞こえた。視線を戻すと、男は立ち上がりこちらを見ている。


 ……覇気のない男だ。


 俺とあまり変わらない背だが、随分と痩せている。整った顔立ちなのに、頬がやつれ顔色が悪い。眦を下げる青い瞳はまるで死人のような虚な目だ。俺を見ているが、俺を見ていない。そんな目に、胸の奥がぞわぞわとする。


「今のは、加護の力か?」

「なんでだ」

「いや、何となく不思議な力を感じた」


 男は面倒だと言わんばかりにふうっと息を吐き、腕輪を嵌めている手を俺に突き出す。


「こいつのおかげだ」

「それは?」

「この石にはある人の力が込められている。そのおかげで俺にも、こんな大層な力が使える訳だ」

「そんな物があるのか。それにしても変わった力だな。やはり加護の力とは違うのか?」

「彼女は特別なんだ」

「特別? どう特別なんだ」

「それは」


 男は何か言うのをやめ、薄い唇を閉じる。答えてくれないか。でも、特別な力という言葉に惹かれる。その人ならリナリアの闇、母を消す事が出来ないだろうか。とりあえずもっと聞いてみるか。


「もういいか」

「待ってくれ。その人は、お祓いとかできないか?」

「お祓い? なんだそれ。あんた呪われてでもいるのか?」

「いや、俺じゃなくて、知り合いが……困ってるんだ」

「よく分からないが、彼女は今までそういった事を一度もした事がない。そもそも何を祓いたい」

「悪魔、とか」


 男は眉間の皺を深くし、細い目を更に細くする。怪しまれているのだろうか?まぁ、そうだよな。俺も聞かれたらそんな顔をするだろう。やはりそう簡単に見つからないか。ならもう用はないんだが……この男ずっと見てくる。こいつの目はなんだか居心地が悪い。もうやめてくれ。


「あんたこの国の騎士か?」

「違う。隣のガンガルドの兵士だ」

「ガンガルド? そうなのか。どこまで行く?」

「首都アナスタシアだ」


 男の細い眉がぴくりと動いた。そして、何か考え込るように顎に手を添える。今度はなんだ?男は手を解いた後、また虚な目で俺を見る。


「俺もそこに用事があるんだが、寄り道をして予定よりだいぶ遅れてる」

「そうか。なら急いだらどうだ」

「なぁ、あんたアナスタシアまで一緒に行かないか?」

「何故? この道を行けばアナスタシアに着く。別に迷ってる訳じゃないんだろ?」

「まぁ、そうなんだが。誰かと一緒なら俺も行けるかと」

「なんだそれは」


 よく分からない奴。一人じゃ行けないなんて、子供じゃあるまいし。変な男だな。なんか怪しい。フォニの件もある。もう赤の他人には無駄に関わりたくない。でも、リナリアのいる首都に用があると言うし。ほっとくよりもそばで、こいつの様子を見た方がいいのか……よし。


「まぁいい。だが、怪しい動きをしたら容赦しないからな」

「心配しなくていい。俺はあんたを襲いはしない」

「それと、道草もしない」

「あぁ、いい。それでいい」


 男はそう言いながら、下を向いたまま小さな歩幅で歩き出す。


 やっぱり、変な男だ。

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