58.たった一人の友達
ヘイダムと別れた後一人、思いを巡らせながらオレンジ色に染まる城の廊下を歩く。今日一日で、いろんな人の思いに触れた。それでもやっぱり俺には答えが出せない。
柔らかな風が頬を撫で足を止める。扉の無いアーチ形の窓の向こう側は、オレンジの光が街を染めている。哀愁漂うこの光景が、ますます胸を締め付ける。ふと人の気配を感じ、廊下の先へと視線をやる。
「キル」
「よっ」
キルは片手を上げにこやかに挨拶を返す。まさかここで会うなんて思っていなかったから、思わず視線を逸らす。キルは俺の横に並び、話しかけてくる。
「お疲れさん。ここで何してるんだ?」
「別に。キルこそ一人で何してるんだ」
「ん? 散歩だ」
また、散歩。この前のそう言って夜フラフラしていた。
いつからそんな趣味ができたんだ?
いつもなら言えるそんな軽口が、今は言えない。
「この前は一緒にいられなくて、悪かったな。星は見れたか?」
「まぁ。それより、リナリアにも聞いたが、もう調子はいいのか?」
「あぁ、心配掛ないさ」
キルはそれだけ答え無言で、街を眺める。なんだかずっと壁を感じる。いつもと変わらないこそ、それが逆に不自然で。それはキルの優しさなのだろうか。それともカイトの事で怒っていて、本当はもう俺とは関わりたくないのか。
思えば俺は自発的にキルとカイトにあまり友達らしい事をしてこなかった。心のうちを話すとか、歩み寄るとか。何を考えて、どう思ったのか。それを二人に聞いてこなかった。いつも受け身だった。
甘えてたんだ。それでも、友達と言ってくれる二人に。
もう友と呼べる人はこの世界で、たった一人になってしまった。これを聞いたらもう友じゃなくなってしまうかもしれない。それでも、聞かなかったとしてもやっぱり友達って呼べない気がする。
「キル……話してくれないか。キルが今思ってる事」
「俺が? なんだ突然」
きょとんとした顔をするキルを俺は、真っ直ぐ見つめる。キルは困惑した表情をしながらうーん、ッと唸り腕を組む。
「なんだろうな? まぁお前が元気そうで良かったなくらいかな」
「キルは、カイトの事どう思ってるんだ」
「……」
キルは顔を伏せる。そして小さく息を吐く。
「残念だと思ってる……本当に。それにこうなったのも俺のせいだ。行かせなければ、良かったんだ」
やっと聞けたキルの思いは、俺の思っていた答えと全然違った。責められるかと罵倒されるかとも覚悟していたのに、キルは自分を責めていた。
「悪かったな。全部俺のせいだ」
「何、言ってるんだ」
「お前は自分を責めるな。責められるべきは俺」
「キルっ!!」
それ以上は聞きたくなかった。言わせたくなかった。誰もが自分を責める。俺も自分を責める。その気持ちは痛いほど分かる。でも、相手にはそうじゃないと伝えたい。それを自分に当てはめるのは難しいが。
「とにかく、お前が気にする事は何もないんだ」
「俺は」
「ヴァン」
この話はここまで。
そんな意思をキルの瞳から感じた。キルの思いに胸が詰まる。ずっと俺を救ってくれたキル。なのに俺はキルを苦しみから救う事ができない。それが自分が憎らしくなるほど、心底悔しい。
「今度はお前の話を聞かせてくれ。なんかあったんだろ? いかにも悩み抱えてます、みたいにぼうっとして」
「してない」
こんな会話の後にリナリアの事で悩んでるなんて、情け無くてキルに話せない。お互い無言で外を眺める。この時間が苦しい。
「そう言えばさ、昨日リナリアが帰る前に俺のとこに来たんだけどよ」
それは知ってる。
「あいつさ、気になる奴できたっぽいんだよなぁ」
はっ!!??
思わず声が出そうになる。
なにそれ。どういう事?
心臓の鼓動が早鐘の様に鳴り出す。キルはにやぁっと俺を見て笑う。なんだか心内を読まれている気分になる。バレたくない。とにかく平然を装う。
「だから?」
「誰か気になるよな?」
「別に。どうでもいい」
「ふーん。お前はさ、リナリアの事どう思ってんの?」
「おっ俺!?」
なんだ突然。
「なんとも思ってない」
「なんともねぇ。なら、今何考えてたんだ?」
「何も考えてない」
「人には聞いといて、お前はそれなのかよ」
そう言われると、答えなければならない。でも言いたくない。……本当は、聞いて欲しい。キルはいつも俺を導いてくれる。誰よりも、信じてるから。それに。
『好きな人出来たら二人に一番に教えるからね』
カイトの話で思い出した昔、三人で結んだ約束。こんな約束普段なら絶対無視するが、カイトがいなくなってしまった今、守らなくちゃいけないという妙な使命感も湧く。あの夜、キルは浮いた話があればと言っただけで、約束の事を口にしなかったが覚えてるだろうか。
「分からないんだ」
「何が?」
「少し彼女の事気になった」
「やっぱりな!!」
キルの跳ねた声に羞恥心が押し寄せる。そしてやっぱりって。キルはいつも俺が言わなくても、なんでもお見通しなんだ。
「少し! 少しだけだからなっ!!」
「はいはい。まぁ、お前の口から聞かなくても、リナリアがお前とカイトのところへ行くって聞いた時から何となく、そうなんじゃないかって思ったんだ」
「カイトの事、聞いたのか?」
何だか気まずい。悪い事はしてないと思うが、何とも言えない後ろめたさ。でも、キルは気にする様子はなく、俺に笑いかけてくる。
「それで?」
「それでって」
「好きですって言ったのかよ」
「いっ言える訳ないだろっ!!」
「なんでだよ。せっかくお前がそう思える人ができたのに。もう二度とないかもしれないのによ」
「それでいい。それに」
「なんだよ」
だって、嘘かもしれないんだ。
「間違いだと言われたんだ」
「何だそれ?」
「気にしてるのは、俺の母の血のせいだって」
キルは無言になる。そして、窓の外へ言葉を投げる。
「本当に、嫌な事言うな。……ミツカゲか?」
「ま、まぁ」
キルには悪魔の事を話せない。隠し事をするのは心苦しいが、リナリアに口止めされたから。説明ができないのなら今は、ミツカゲになすりつけとこう。別にいいだろ。
「そんな言葉、無視すればいい」
「自分を……信じる自信がない」
もともと自分が嫌いだから。自分を誤魔化して生きてきた。闇の血が流れている事をバレない様に、周りを騙して生きてきた。そんな自分の何を信じたらいい。キルがやれやれっと呆れている。本当にどうしようもない。
「なぁ、こんな事を一人で考えてたって答えはでやしないんだ。なら会いに行けよ、リナリアに」
「はっ!?」
「会える時に会っておかないと、次いつ会えるか分かんないだろ?」
「でも会ったところで」
「じゃあおまえは、どうしたいんだよ」
「俺?」
「そうだよ。どうにかしたいからそんなに考えてんだろ」
「俺は」
どうしたい?俺はどうにかしたいのだろうか。それすら分からない。はぁっと重たいため息と共に、キルはポケットを探る。そして、何か手に取り俺に差し出す。
「これ」
「手紙か?」
差し出された白い封筒を受け取る。なんだか少し膨らみがあって重い。紙だけじゃなくて、中に何か入ってる。なんだろう?
「これ、どうするんだ?」
「リナリアに渡してくれ」
「リナリアに?」
「それが明日のお前の任務だ。どうせ暇だろ?」
また暇って、どいつもこいつも人を暇人扱いして。会いにいけって言われても俺は、まだこの思いに答えを出せてない。だからきっと会っても何も言えない。だとしたら無駄足。手紙をキルへ突き返す。
「人を暇人扱いしないでくれ。俺は行かない。悪いが他の奴に頼んでくれ」
「なんだよ! せっかく機会をつくってやってるのに!!」
「そもそも行っても、ミツカゲが会わせてくれないだろ」
「まぁ、ぐちぐち言われるかもな」
「それだけで済めばいい。今度こそ斬られるかもな」
「流石にそこまでしないだろ。だってお前は」
キルは何かいいかけ、口を噤む。何を言おうとした?でも、キルはその先を話さず、窓の外に目を向け深くため息を吐く。
「俺もお前を行かせると、あいつにうるさく言われだろうな」
「キルも?」
「あぁ。いつも、うるさいんだ」
心底うんざりした声。キルも今までミツカゲに、小言を言われた事があったのだろうか?
あいつのせいで、彼女と友達でいるのも大変だな。
少し強い風が窓から入り込む。さらさらと銀色の髪を揺らしながら、どこか憂いた表情をしたキルを伺っていると、こちらを向いた紫の瞳と目が合う。キルは俺と向き合い、そして手紙を胸に押し付ける。
「とにかく、周りの言葉なんかに惑わされるな。お前はお前の信じる道を行けばいい。一応言っとくけど、行かないと後悔するからな」
「キル」
その言葉が胸に重くのしかかり、押し付けられた手紙を受け取る。キルはふっ、と笑い背を向ける。
「でも、何かあってももう無理はするなよ。お前は危なっかしいからな。ほっとくとそのまま死んじまいそうだ。俺はお前だけは守りたい。じゃあな。検討を祈ってるよ、ヴァン隊長」
ひらひらと手を振り、キルは去って行く。胸が熱くなる。その言葉を聞けて、モヤモヤしていたキルへのわだかまりが溶けていく。
握りしめた手紙に視線を移す。何が書いてあるだろう?気になるが、しっかりと赤い封蝋が押されているので、開けたらバレる。まぁ開けないけど。今度は膨らみを触る。なんだこれ?石みたいに硬い。耳元で振ってみる。ガサガサと中で音がなる。
分からない。
キルはこれを彼女にあげるつもりなのか。どう言うつもりで?あっと廊下に声がこだまする。顔を上げるとキルがこちらを向いて、俺に指を差す。
「それ気になるからって開けんなよ」
「開けないっ!!」
咄嗟に叫んだ言葉が、廊下に響き渡る。キルはくすくと揶揄う様に笑いながら、再び背を向け歩き出す。その背を眺めながら余計なお世話なんだ、っと呟くも、君に会えるかもしれないと思うと、やっぱり胸が音を立てて鳴り出す。




