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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第三章
57/111

57.それでも

 カイリと別れて俺は、最後の仕事をする。セラートに会うのはあの日以来。正直会い辛い。どんな顔をして、何を話したらいい。


 ヘイダムはもう、カイトの事で心の整理はついただろか。


 一度ため息をついて扉の前に立つ。中から、言い争う様な声が聞こえる。この声はセラート。それとヘイダムだ。はぁ、ますます入り辛い。それでも、こんなところでずっと立っているわけにはいかない。軽く扉を叩く。


「ヴァンです」


 声をかけると、荒げていた声がぴたりと止まる。見えなくても二人が今、複雑そうに顔を見合わせるのが想像できる。入って、っと小さな声が聞こえた。俺は失礼します、っと言って扉を開ける。


「よっよぉ」

「ヴァン、お疲れ」


 咄嗟に作った様な二人の笑み。そんな顔されるとこっちも気まずい。


「報告書です」

「ありがとう」


 セラートは、俺を見ずに差し出した紙をそっと受け取る。沈黙。お互い何か話さなくちゃと思って言葉を探す、そんな空気。セラートは読むわけでなく、俺がペンで紙に開けてしまった穴を親指でなぞっている。よく見ればインクが滲み、二箇所も小さな穴が空いてる。流石に提出するのにまずかったか。今思えば、疑問に思わなかったのが不思議。


「ヴァン」


 忠告されるか。俺はセラートに視線を移す。セラートは顔を上げる。俺を見るその瞳は泣いている様に見えて、胸が痛んだ。


「私は、カイトの事を大切に思っていた者達からは決して許されはしないだろう。それでも……償いは必ずする。だから、まだここにいる事を許してくれ」


 一瞬真っ白になった。そしてすぐに悲しみが押し寄せる。セラートのせいじゃないんだ。あの時はそう思えれば俺が楽だっただけ。


「総隊長のせいじゃありません」


 俺のせいなんだ。悪魔に騙された俺の、許されないのは俺なんだ。セラートはそれを知らないからそう思わせてしまう。言えれば良いのに。でも、真実を伝えセラートを救う事は今は出来ない。


「ヴァン、自分を責めてはいけない。私が言うのも烏滸がましい話だが、カイトはそれを望んでない」

「分かってます」


 きっと、これからも自分を責めずにはいられない。ただ、それでも今は生きて行こうと思えてる。まだ守りたい人がいる。何よりもカイトが救ってくれたのだから。

 セラートが悲しい顔で微笑む。俺も……多分同じ様な顔で笑ったと思う。


「失礼します」

「うん、お疲れ様」


 部屋を出ようと扉を閉めようと体を戻した時、肩が跳ねる。いつの間にか背後にヘイダムがいた。


「俺も行く」

「そうですか」

「じゃぁね、ヴァン。あと女にだらしないヘイダム」

「しつこい奴だな」


 ヘイダムはセラートを睨みつけ、先に出て行く。不穏な空気。俺が来る前、それを言い合いしていたのだろうか。まぁ、どうでも良いか。俺はセラートに頭を下げ扉を閉める。

 廊下に出ると俺を待っていたのかヘイダムがまだいた。ヘイダムは俺が出て来たのを確認し、何も言わず歩き出す。何となく一緒に行こうと言う感じがしたので、隣を歩く。


 なんか用か?


 何をいうわけでもなくヘイダムは黙って隣を歩いている。横目に見る。ヘイダムは眉間に皺を寄せ難しい顔をしている。さっきセラートにだらしないと言われた事を気にしてるのか?でも、セラートが言った通りヘイダムは女好き。それがなければいいのに。ヘイダムは隊長を務めるだけあって強い。国内でも五本の指に入るのではと言われるほど。頭の回転も早いし、何より仲間を大切にしている。それは俺も部下としてずっと見てきたから、よく分かってる。性格も俺と違って気さくで、隊員達からは尊敬されている。俺もそれがなければ素直に尊敬できそうなのに。


「なぁ、飲みに行かないか?」

「えっ」


 ヘイダムはうんうんと頷く。いやいや、二人で?急になんで。想像してみる。頭の中の俺達は楽しく会話も出来ない。


「何でですか?」

「別に俺と二人って言ってるわけじゃないぞ。今度女の子達と飲みに行く予定があるんだが、人数が足りなくてな。だからお前どうだ? 暇だろ」


 何だそれ。勝手に人を暇人扱いして。それにますます行きたくなくなった。これならまだ隊員達と行った方が100倍マシだ。


「遠慮します」

「なんでだ!? 可愛い女の子達がいるぞ! それに、酒でも飲めばちょっとは気が紛れるだろ」


 もしかしてヘイダムなりにカイトの事で気を遣ってくれてるのだろうか。だとしたらあまり無下にするのは悪いのか。行く気はないけど、少しだけ話に付き合うか。


「行って何するんですか?」

「何って、ただ酒飲んで楽しく話すだけだ」

「何話すんですか?」

「は? それはお前、自分の最近の事とか相手の話とか……めんどくさいな。それくらい自分で考えろ」


 そう言われても。興味のない話だから、話題すら思いつかない。


「とにかく、女の子達とわいわい遊ぶ! そしてあわよくば良いことが起きる。それだけだ」

「それだけって、いつも違う女性と遊んでますけど、そんな事意味あるんですか?」

「大いにある。出会いの機会が増えるだろう。何より楽しいからな」

「楽しいですかね。俺はめんどくさいです」

「お前はな。そういうところ変わらないな」

「そんなことばかりして、誰かに本気にならないんですか」


 今まですぐに返してきた返事がない。今のは流石に棘があったか。


「まったく、あいつみたいな事を」


 ヘイダムは大きくため息を吐く。あいつとはセラートだろうか。


「俺はいつだって本気だ。しかし、この本気をなかなか相手に理解してもらえない。受け止めてもらえないだけなんだ」


 何だか悲しい。女には困らさそうなのに、原因はこの節度のなさにあるんじゃないだろうか。でも確かに自分が好きになったからって、相手も同じ思いになるとは限らない。


『これを運命っていうのかな』


 リナリアはあの時、結ばれる二人を見てそう言った。それは昨日の事なのに、もう遠い昔の様に感じる。


「そうですか」

「お前ももういい年なんだ。いつまでも一人でかっこいい自分に酔いしれるのは、やめたらどうだ」

「そんなつもり、ないですが」

「だいたお前こそどうなんだ。人にはそう聞くが、好きな女ぐらいいるのか?」


 そう思えたのは彼女しかいない。でも、この問いにはやっぱり答えられない。まだ自分の本当の気持ちが分からないから。だからこう答える。

 

「いません」

「つまらんなぁ。まぁ、お前はいたところで答えないか」

「そんな事ありませんよ」

「平然と嘘をつくな」


 確かに今のは冗談。だってもうこの話は面倒なんだ。答えが出ない事をずっと考え続けるのは。

 

「たく、お前って奴は。いいか! お前は本当にいろいろと拗らせてるが」


 さっきから棘のある言い方をしてくるな。


「俺からの助言だ。好きな女にはいつも本気でいけ。相手に男ができてからじゃ遅いんだぞ!! だから俺はいつだって本気なんだ」

「はあ」


 彼女もいつか誰かを愛するだろうか。


 異性に好意を寄せられるのが好きじゃないと言っていた彼女でも……これから誰かを。そこで浮かぶのはリナリアの友達。いつも怒ってる赤い髪の男、ダイヤ。あいつの事を友達とリナリアは言ってが、あの男は彼女の事を同じ様に友達と思ってるのだろうか。でも、思い出す限り彼女に対しても風当たりが強いから、やっぱりそうなのか?


「なんだ、黙って」

「なんでもありません」

「まぁ、とにかくさっきの話考えといてくれよ。じゃあな」


 廊下を別れ歩いて行くその背を、目を細めて見る。何度聞かれても俺の返事は決まってる。絶対に行かない。

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