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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第二章
49/111

49.この思いは③

 現実なんだ。

 墓石に刻まれた友の名を見て、夢であったらいいのにと今だに願ってしまう。


「ヴァン」

「あった」

「うん……はい」


 リナリアは花束を差し出してくれる。それを受け取り、冷たい灰色の石に白を添える。

 

 ……どうして俺が生き残ってしまったんだろう。

 

 俺と違い暗い過去があろうと、いつも笑って前を向いて生きていたカイト。愛する人ができ、これからやっとカイトの思い描いた幸せな未来があったのに。

 どうして、なんで。またそんな言葉ばかり浮かぶ。こんな事を言いに来たわけじゃないのに。伝えたい言葉は他にあったのに、いざ目の前にすると消えてしまう。

 膝に置いた拳を痛みを感じるほど握り込む。そこにふわりと温もりが降りてきた。彼女の小さな手が俺の手の上に乗る。


 いきなり何!?


 勢いよくリナリアを見る。俺の焦りとは裏腹に、彼女は柔らかく微笑む。そして、静かに頷いた後、目蓋を閉じた。言葉にはしないけど、なんとなく言いたい事が分かった。添えられた手の温もりに、乱れていた気持ちが落ち着きだす。俺も目を閉じる。


 カイト、守ってやれなくて、連れていけなくてすまなかった。痛かっただろう、苦しかっただろう。最後助けてと言っていたのに、助けてやれなくて本当にすまない。

 後悔してるだろうか?俺と会った事を。

 でも、俺はカイトがそばにいてくれたから、友達でいてくれたから生きてこれた。

 だから、ありがとう……カイト。


 言えていなかった。ごめん、すまないと謝罪の言葉は何度も言った。でも、ありがとうとまだ言えていなかった。一番伝えたかった言葉がやっと言えた。

 そっと目蓋を開ける。そこにあるのは変わらず灰色の石と白い花だけだ。


「伝えられた?」

「あぁ」

「うん」


 リナリアは立ち上がる。触れていた手の温もりが離れる。俺も立ち上がりカイトの名が刻まれた墓石を見る。

 

 また来るからな。

 

「……行くか」

「うん」


 来た道を戻り緩やかな丘を下る途中、心を震わすような美しい鐘の音が平原に響き渡る。

 俺はその鐘の音がしたであろう教会に目をやる。黄色と青のローブを纏う正装姿の男と、青いスカートに緑の羽織を着て着飾る女が向き合い、互いの手を取り合っている。これからの未来を共にする事を誓い合う幸せそうな二人を見ていると、恋人ができたと照れ臭そうに笑うカイトを思い出す。


「素敵だね」

「……カイトは恋人が出来たって教えてくれたんだ」


 カイトが愛した人はどんな人であっただろうか?どこで出会い、どう恋に落ちたなんてことも、もう知ることはできない。


「全く知らないんだ。相手がどこの誰とか、どんな人なのか」

「そう」

「でも、カイトは嬉しそうに笑って話してた。だから、いい人、と会えたんだと思う」

「うん。そうだね」


 優しく彼女が笑う。

 そよそよと吹く風が彼女の金色の髪を踊らせ、それを耳にかける仕草が美しかった。これからを共に生きていく二人を愛しむような瞳で見つめる彼女を、俺は胸を跳ねさせながら見つめる。


「でも、すごいと思わない?」

「……何が」

「世界にはたくさん人がいるのに、二人は出会い、お互いを好きになって、そして結ばれる。これを、運命っていうのかな」


 歌う様に言葉を紡ぐ彼女は、今まさにあそこで幸せを迎えている花嫁の様な笑みをする。息をするのを忘れるくらい、魅入ってしまう。言葉が何も出てこない。だから、変わりに彼女の言った事を考える。

 そんな風に人と人が結びつく事を考えた事がない。でも、そうかもしれない。たくさんの人々とすれ違う中、関わりを持ち、そして互いに大切な存在になって、結ばれる。それは実はすごい事なのかもしれない。

 ふと両親の顔を思い出す。父と母もそうだったのだろうかと。たとえ報われない未来があろうとも、愛することを止められはしなかったのか。


「私、ヴァンに会えてよかったよ」


 思いを巡らすことに夢中だった俺の頭に突然、彼女の言葉が飛び込んでくる。会えて良かった。言われた言葉を理解して、口元が上がりそうになる。

 

 それは俺も……。


 君がいてくれて、俺はどれだけ救われたか。でも、やっぱりそれを口に出して言えない。

 リナリアは祝福される二人を見据えている。勝手に一人で気まずくなって、俺も彼女の視線の先を見る。


「ヴァンとも、これでしばらくお別れだね。……また、会えるかな?」

「別に、俺はアデルダにいるんだから……会えるだろ」

「うん。次行ったら私、今度こそシュークリームを食べたいの」

「まだ諦めてないのか」

「だからその……その時は付き合ってくれる?」

「俺が?」

「ダメなの?」

「……まぁ、いいけど」


 リナリアは嬉しそうに顔を綻ばせた後、俺に立てた小指を差す出す。


「なに?」

「何って……指切りだよ」

「なんで?」

「その、えぇっと……いいの! とにかく! はいっ!」


 真剣な瞳に気圧される。俺は躊躇いながらそっと立てられた小さな小指を握る。体が強張る。触れている小指から徐々に熱が広がり、体が熱くなる。


「約束、したからね」

「……気が向いたらな」

「それじゃぁ約束した意味ないよ」


 だって、そう言うのが精一杯。また必死に押し留めている思いが、溢れそうになる。離した小指を見る。その約束が嬉しい、嬉しいのに胸が締め付けられる様に苦しくて、切ない。


 はぁ、もう。


 ふと彼女の髪に目が止まる。風に運ばれたピンク色の花びらが飾られていた。


「ついてるぞ」

「えっ?」


 柔らかな髪に何気なく手を伸ばす。花弁にそっと手を伸ばした時、俺が触れるよりも先に風に飛ばされ舞い上がる。俺は彼女の髪に触れる手前で手を止め、どんどんと小さくなるそれをただ眺める。


「どうしたの?」


 おもむろに視線を彼女に移す。この空のように青い瞳が俺を見上げている。

 彼女が近い。

 着地場所を探している俺の右手が小さく震える。


 触れたい。


 その衝動に俺は抗うことなく、そのまま頭から彼女の輪郭をなぞるように掌を滑らせ、少し紅潮した白い頬に辿り着く……というのは妄想。俺はただ静かに手を下ろす。

 この思いは報われることはない。そばにいれることも叶わない。だから、このままでいいんだ。


 ……それでも。


「リナリア」


 今はせめて、その青い瞳が欲しくて彼女の名を呼んだ。


「ヴァ……ン?」


 徐々に見開かれる青い瞳が俺を映す。周りの世界が見えなくなる。彼女が持つ、柔らかな色だけしか見えない。

 切り離された世界の中で、急にわぁっと大きな歓声が飛び込んでくる。俺は何気なくそこを見る。男は女の頬に手を添え、女は少し背伸びをするように男に顔を近づけているのが見えた。はっきり見えなくても今、あの二人が何をしているのかは簡単に想像できた。おもむろに彼女に向き合う。同じように彼女もこちらを見る。向き合うリナリアの程よく色づく唇を見つめた瞬間、頭が真っ白になった。リナリアの顔は真っ赤になる。彼女しか見えていなかった世界が広がりだす。


「えっ?」

「へっ?」


 同時に素っ頓狂な声をあげる。慌ててお互い顔を勢いよく逸らす。


「いや、その」


 なんだ今の空気。

 彼女に背を向け、どう言い訳をしたらいいのか必死に考える。でも、心臓が壊れたように大きく鳴って、思考がうまく回らない。急激に喉が乾き張り付いて、声すら出ない。


「あの、あのね、私」


 彼女の微かな声に被さるように、再び鳴った鐘の音が平原に響いた。今なんて言おうとしたんだろう。鐘の音の余韻がまだ残る中で俺は、消されてしまった言葉の続きを聞こうとする。

 口を開きかけた時、一回大きく風が吹く。

 暖かな空気が、急に冷たく感じた。

 平原を照らす日の光が、飲み込まれる様に徐々に消えていく。見上げる。分厚い黒い雲がどこからか流れ、日を覆い出す。強い風が吹き出し、平原の草を大きく揺らす。穏やかだった世界が急に、嵐の前の様な荒々しい世界に変わる。


 ……嫌な感じがする。


 不安が胸を覆い出した時。


「困ったものですね」


 強い風の音に混じり、背から誰かの声がした。

 振り向く。

 灰色の空の下に一人の人影。そいつを見て、唖然とした。


「お前」

「ヴァンのお兄さん……そんな人はいないって、あの時に言いましたよね」


 そこには小さな騎士がいた。でも、本当にあの?この前会った時は柔らかな表情であったのに、今は何の感情も感じない顔で、風に乱される深紫の髪を気にする事なく立っている。また同じ様に花束を抱えているが、ガサガサと音を立てながら揺れるそれは枯れ果て、生気のない物だった。


 どうして、ここに。


 それを問おうと口を開いたのと同時、鞘から剣を抜く音がした。

 すぐ隣を見る。

 彼女がいない。

 視線を前に戻す。

 剣を抜いたリナリアが、小さな騎士へ駆けて行くのが見えた。


 リナリアッ!?


 小さな騎士は花束を地に捨て、手先が漆黒を纏う。何か現れる。短剣?

 リナリアは光放つ刃で、小さな騎士へと素早く斬りかかる。

 甲高い金属音が平原に鳴り響いた。

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