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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第二章
40/111

40.青い瞳の視線の先は

 川へ近ずくと徐々に柔らかな葉をつけた木々が増えていく。どこまで続いているのか分からない、紺碧の水が流れる川。反対の岸には木々が生い茂り、その向こうは岩肌を露出させた低い山が見える。

 川のせせらぎの音を聞きながら、空を見上げる。日が少し傾いていた。もう昼過ぎか。ついでに休憩もとろうかと皆に声をかける。

 そよそよと葉ぎれの音を立てる木々のそばに馬を止め、皆は鞄から簡単な食事を取り出す。

 カイリは制服の上着を脱ぎ、白い綿のシャツ姿になる。


「お腹空いたぁ。早く洗っちゃお」

「カイリさんが髪を洗ってる間私、制服洗っておきます」

「ありがとう、リナリア。助かるよ」


 リナリアとカイリは並んで川の方へ歩き出す。その背を見つめながら考える。


 いつ話そうか。


 隊員達が居る前で話せる話ではない。解散した後少し時間を作ってもらおう。それでいいやと、馬にかけてある鞄から俺も携帯食と鉄製の水筒を取り出す。適当に短い緑の上に座ると皆も集まり、腰を下ろして談笑を始める。


「今日は星夜祭ですね。こんなに晴れていれば星もよく見えますね」

「てか、毎年この日は天気いいけどね」

「店もたくさん出るからうまいもんいっぱい食えるな!」

「僕は食べ物より、他の国の骨董品が出てれば見たい」

「ふふ、楽しみですね」


 グレミオとアルとカミュンは楽しそうに話している。

 空に無数の星が駆ける日。幻想的な光景に誰だって胸踊らされるだろう。

 ボリボリと硬いビスケットを噛み砕きながら、空を仰ぐ。カイトも毎年この日を楽しみにしていたな、っとやはり面影を追ってしまう。

 俺と同じ様に食べる事に徹していたマリーが会話に加わる。


「なにぃ? みんな予定あるのぉ?」

「ない」

「ない、かなぁ」

「特にないですけど」

「はぁ。本当に面白い話の一つもなくて、つまんなぁい」

「そう言う自分はどうなの」

「私〜? 寝るだけよぉ」

「何それ。人のこと言う前に自分の予定作ったら」


 マリーはふふっと怖い笑みを浮かべながらアルの頬をつねる。


「いでで!」

「ほんっと生意気でぇ可愛くなぁい。あんたその性格直さないとぉ、モテないわよぉ」

「僕には関係ない!」

「ふぅん」


 アルはつねられた頬を摩りながらふっと目を細め、どこか切ない色を見せる。あまり見ない表情だったので、心にひっかかった。マリーもそうなのか少し黙ってアルを見ていたがでもそおねぇ、っと言って立ち上がる。そして、俺の隣に座り体を寄せ、にやりと笑いながら覗き込んでくる。


「なら隊長ぉ、今晩私とどうですかぁ?」


 チラッとマリーを見て、視線を戻す。


 また、こいつは。


 こう言う時は無視する。少し横にずれ、黙って携帯食を齧り続ける。


「なら僕も一緒に!」

「空気読めない子ねぇ。何であんたも着いてくんのよぉ」

「ケチ」

「何やってるのよ」


 怒った様な声に見上げると、濡れた髪を一つに束ね上げたカイリがじとっとした目で見ていた。同じ様な目をしていたリナリアは、目が合う前にふいっと顔を背けられてしまう。

 

「デートのお誘い〜」

「なっ! はぁ!?」

「それよりぃ髪、拭かないのぉ?」

「さっき顔拭いた時に汚しちゃったからないのっ!」

「なら、俺のかしてあげる! あっ、俺なかったんだ」

「それさっきも言ったじゃん。バカだな」

「んだとっ!!」


 また二人は喧嘩を始める。毎日飽きないな。それも裏を返せば仲が良いと言えるのかもしれないが、俺はキルともカイトとも喧嘩なんてした事がない。人それぞれだな、なんて考えているとカイリが前に立つ。見上げる。


「どうした?」

「その……タオル持ってたら貸してくれない?」

「あ、あぁ」


 アルとカミュンが言い争う声を聞きながらあったかなと考え、立ち上がり、鞄の中を探る。ゴワゴワした布の感触に触れ、それを掴み上げる。荷に潰されシワシワであまり人に貸せる状態とは言えないが、まぁいいか。それをカイリに差し出す。


「ほら」

「ありがとう!」


 カイリは受け取ったタオルを頭から被さり、その下でくすぐったそうに笑う。ふと視線を感じて、リナリアを見る。また目を逸らされる。


 一体なんなんだ。


 胸がもやもやする。こっちを見ないリナリアは洗った制服をカイリに差し出す。


「カイリさん、これ」

「リナリアもありがとう!」

「綺麗には落とせなかったですけど」

「ううん! 助かったよ。お腹空いたね、行こ!」


 カイリはリナリアの手を引いて荷物を取りに行く。

 

 すぐに戻ってきた二人は皆の輪の中に座り、カイリは布に包んであったおにぎりを口に運び出す。

 リナリアを見る。彼女の手元にも布を結った小さな包みがあり、広げた中身はやはりおにぎりであった。そしてもう一つ。木でできた小さな弁当箱があり、蓋が取られた中身はちょっとしたおかずや野菜が入っていた。親が子供へ作る様な色合いの綺麗なものだった。


「美味そう!」

「素敵なお弁当ですね」

「自分で作ったの?」

「えっとこれは、作ってもらって」

「ふぅん、誰に?」

「私の、親代わりの人に。いいって言ったんですけど……ちゃんと食べないとって」

「大事にされてるのねぇ」


 マリーに言われた言葉が嬉しかったのか、リナリアはにっこりと笑いながらおにぎりを頬張る。そんな彼女を見ながら考えた。


 という事はミツカゲが?


 想像してしまった。ミツカゲがせっせと米を握って卵を焼く姿を。俺は味気ないビスケットを齧る。本当に彼女のためなら何でもするんだな。


「それより何の話してたの?」

「アルが生意気って話〜」

「何言ってるの。今日の聖夜祭の話」

「カイリちゃんはどうするの!?」

「私は毎年家族と過ごしてるけど」

「リ、リナリアちゃんは!?」

「私ですか? 私は約束ができて」

「えっ!!」

「残念ねぇ、カミュン」


 カミュンはしょぼんとした顔をして、肩を落とす。相手はミツカゲなのか、トワなのか。それとも友達のあの二人だろうか?誰にせよ約束の前に時間を作ってもらいたいので、どうしたものかと頭を悩ます。

 アルがリナリアに質問する。


「てか、聞きたかったんだけどリナリアって結構強いじゃん。今まで何してたの?」

「えっと、いつもは戦いに身を置いてます」

「へぇ。じゃあやっぱりリナリアはガンガルドの人間じゃないんだ」

「えっ?」

「そんなに強いのに訓練学校で噂も聞いた事なかったし。ファリュウス? あの国は結構若いうちから戦場に駆り出されるもんね」

「そう、ですね」

「なんでファリュウスの騎士のリナリアがここにいるの? スパイ?」

「えっ! ちっ違いますよ!!」

「ふぅん。ま、隊長と王様の知り合いなら別になんでもいいけど」


 リナリアは苦笑しながら、逃げる様にご飯を食べ始める。アルは今度は弾んだ声でリナリアに問う。


「リナリアはさ、アドニール様に会った事ある!?」

「ゴホッゴホッ」


 咽込んだ後、リナリアは答える前から怪しいくらいに目が泳ぎだす。これは隠し事をする合図だ。


「いえ、ない、ですかね」

「なんだ」


 もうアルは興味が削がれたのか、携帯食を食べ始める。アルは今目の前にいるのが憧れの人物本人だと知ったら、どんな反応を取るだろう?

 今度はカイリとマリーがリナリアに話かけ出す。


「リナリアはぁ普段は何してるのぉ? 遊びに行ったりしてるのぉ?」

「あまり、遊びに行ったりとかは」

「そうなんだ」

「もったいなぁい〜若いんだからぁ。遊ぶのも今しかできないよぉ」

「……そうですね」

「ならさ、今度遊びに行こうよ!」


 きょとんとした顔でリナリアはカイリを見る。


「遊びに、ですか?」

「そうそう! リナリアは何が好き? 服とかさアクセサリーとか! 私美味しいお店結構知ってるよ。甘い物とか好き?」


 リナリアの瞳が輝き出す。

 分かりやすいな、っと心の中でふっと笑ってしまう。


「お菓子、好きです」

「なら美味しいケーキのお店連れてってあげる!」

「は、はいっ!」


 弾んだ声で返事を返し、リナリアは最後の一口を嬉しそうに頬張る。

 それは本当に嬉しそうだった。ずっと戦いに身を置いてきた彼女。同じ歳の子がする様なことはできずに、騎士達をまとめる立場に就く彼女が背負ってきたものは、何一つ分からない。

 昨日話してくれた彼女の夢を思い出す。だからこそ、まだ見ぬ遠い世界に憧れているのかもしれない。


「もし良かったら、明日非番だしどうかな?」  

「えっ? あの、私」

「もしかして用事ある?」

「用事……」

「リナリア?」

「……すみません。ちょっと手を洗ってきます」


 リナリアは立ち上がる。カイリとマリーが顔を見合わせ、首を傾げる。

 彼女はまだここを去る事を言えないでいる。少し気になって、俺は立ち上がり彼女の後を追う。ついでに話す時間をもらえるか聞いてみよ。

 川辺で手を洗い始めたリナリアの背に声をかける。


「リナリア」

「わっ!!」


 喫驚した声と共に体を跳ねさせ、そのままの勢いでリナリアは立ち上がる。


「ど、どうしたの?」

「大丈夫か?」


 おもむろに顔を下げるリナリアは、背を向けたまま少し間を置いて話出す。


「なんか悪いなって、みんな良くしてくれるのに」

「……」

「なんて言ったらいいのか分からなくて。せっかく誘ってくれたのに、私はやっぱり行けない」

「リナリア」

「……行きたかったな」


 リナリアはポツリと呟く。その背がとても寂しそうに見えた。いつだって強くあろうとする彼女の本心に少し触れた気がした。リナリアはふるふると首を振る、


「ごめんね、今のは忘れて」

「リナリア、今日終わった後少し話せないか?」

「はっ話!? な、なんの話」

「話しておきたい事がある」

「話しておきたい事? ここじゃ話せない事?」

「そうだな」

「そう。なら、また街に帰ったらお話ししよう」

「……」


 ここまで終始、川と会話するようにしてリナリアはちっともこちらを見ない。明らかに避けてる。なんでなんだ。皆には普通に接していたのに、納得いかない。だんだんもやもやがイライラに変わる。


「一体なんなんだ」

「な、何が?」

「避けてるだろ」

「えっ! 避けてない、よ」

「なら、なんでこっちを見ないんだ」

「それは」


 リナリアは肩を縮こませながら、ゆっくりと振り向く。だが下を向いていて、やはりこちらを見ようともしない。リナリアはぼそぼそと口篭る。


「私にもよく分からない」

「なんで」

「分からないの……だからもういいの!」

「な、なに」

「だってヴァンが」

「えっ? 俺?」

「ううん! とにかくいいの!」

「それじゃ分からないじゃないか」

「なんでも、ないの。ごめんね」

「おい!」


 去ろうとする彼女の手を掴む。よく分からない話をされはいそうですかと、終われなかった。でも、それは俺にしては珍しい事。


「理由を言ってくれないと、分からない」


 知りたかった。

 昨日と今日との彼女の変化はなんなのか。

 リナリアが俺を見上げる。

 やっと俺を見た青い瞳を見た瞬間、急激に鼓動が早まる。


 なんで。


 熱を帯びた青い瞳。どこか艶かしさすら感じてしまう瞳。純粋な瞳をしていた彼女はどうして、こんな目をしてるのだろう。

 掴んでいる手が熱を帯び出し、それが全身に巡り出す。

 薄らと赤に染め上げていたリナリアの柔らかそうな白い頬の赤みが、更に濃くなった。

 張り付いた様に彼女の瞳から目が離せない。忘れた様に言葉が出なかなった。その青い瞳をもう、逸らさないでほしかった。


「リナリア」


 だから名を呼んだ。


 リナリアは目を大きく見開いて、勢いよく顔を逸らす。はっとして、俺もやっとそこで彼女の手を離すことができた。解放されたリナリアは、走り去っていく。皆の所へ戻った彼女を隊員達はぽかんとした顔で見上げている。俺はただ立っていた。


 俺は今何をしていたのだろう。


 ぽかんとした頭でも跳ねる鼓動が嫌で止まれ、っと命令してもさっきの彼女を思い出すと更に加速する。

 

 彼女だけじゃなく、俺もおかしい。


 でも、何が?

 どうおかしい?

 懸命に考えても答えは出せそうもないので、もうやめる!

 そう強い決意を抱き戻っても、皆の視線が突き刺さる。居心地が悪い。だから置き去りにした自分の荷物だけ掻っ攫い、馬へと歩く。


「隊長? どこいくんですか?」

「……もう行く」

「えっ!!!?」


 皆の喫驚した声が、慌ただしい胸に更に追い打ちをかける。申し訳ないとは思うけど、今は一刻も早くこの場を去りたい気持ちが止められない。

 皆が準備をし始める間、俺は馬に跨ってぼうっと待っている。そばでまた、グレミオが笑ってる。


「ふふ」

「なんだ!」

「いえ、良かったなと思いまして」


 微笑みながら眼鏡をかけ直すグレミオに、何がいいもんか、っと心の中で叫ぶ。

 風が吹く。その柔らかな風が熱った体を冷ます様で、少し気持ちが落ち着いた。それでも緩やかに鼓動は大きく跳ね続ける。

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