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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第一章
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4.瘴気

「さっきの話、本気でしょうか?」


 目的地に向け何もない平原を駆けてる中、並走しているグレミオが話しかけてくる。


「そうなんじゃないか」

「そうですよねぇ」


 グレミオの声色は不安そうだ。俺も同じ気持ち。


「はぁ」

「はぁ」


 憂鬱さからため息も被ってしまう。


「まぁ、いいじゃない! 今からそんなに不安になってもしょうがないよ」

「そうっすよ! 変装するなんてなんだか楽しそうじゃないっすか! 何着てこっかなぁ~」


 カイリとカミュンは至って前向きである。そう言うところは素直に羨ましいと思う。俺はいつも未来を憂いて生きているから。


「変な格好して隊長に恥かかさないでよ」

「うるせぇなっ!」


 また、始まったと憂鬱な気持ちに更に拍車がかかる。ふと、緑の向こうに小さく行列が見えた。


「避難していた村の人が帰ってるみたいですね」

「昨日粗方ぁ倒したからねぇ~疲れたわぁ」

「でも、大した被害がでなくてよかったよね」

「じゃあ、昨日の瘴気はこの辺りかな」


 辺りを注意深く見渡しながらしばし馬を走らせる。瘴気が起こった場所は見ればすぐに分かる。そこにあった生命は全て死ぬ。青々と茂っていた草原の中、そこだけが燃えた後の様に黒い。だが焼け跡とは違うのは活力に溢れていた緑は腐った様にドロドロとして、腐敗臭が残る。なんとも気味が悪い。皆その場を囲う様にして馬を止める。


「やっぱりぃ、なぁんにもない~」


 マリーが何処からか拾ってきた木の枝でそこを、ツンツンとしながら言う。


「まぁ、いつもと変わりないですね」

「ならなんでぇ、いつもこう確認しに来ないとぉいけないのぉ~?」

「正直瘴気に関しては、それしかする事ないからね」

「ふぇ~。もう一層ぉ、中に入るしかぁないんじゃない」


 提案したマリーを一斉に見る。出来るならそうしたい。だが、もう二度と出て来れないとなると入った所で無意味だ。アルが呆れた様に言う。


「じゃあマリーが入ったら?」

「いやよぉ~気持ち悪いしぃ」

「なんだよ」

「おいおい坊主。入ったらどうなるか分かんねぇんだぞ。普通に無理だろ」

「どうなるって、怪物になるんでしょ」


 今度はアルの言葉に皆が曇った顔をする。


「入っても出て来れないって言うけどでも、怪物になって出て来れるよ」

「でも……それって、本当かどうか分からないでしょう?」

「まぁね。だってあんな見た目じゃ誰かなんて判別出来ないからね」

「私はぁ~あんなのになりたくないからぁ、絶対に入りたくなぁい」

「じゃあ人に勧めるな」


 アルがマリーに突っ込みこの話題は終わる。代わりに今度はグレミオが、溶けた様な葉を見つめながら独り言の様に話し始める。


「アドニールさんはどうして、中へ入ろうと思ったんですかね?」


 グレミオの問いに、皆が顔を見合わせ眉間に皺を寄せる。アルが少し声色を上げて話す。


「別に入るつもりはなかったみたいだよ。何かアクシデントがあったみたい」

「そうなんですか。よく知ってますね」

「これくらいならまぁね。僕は調べるのが得意なんだ」

「じゃあ~明日の変な任務しないようにぃもっといろいろ調べなさいよぉ」

「うるさいっ!」


 依然マリーが手元で遊ばせていた小枝をアルが取り上げ、遠くへ放り投げる。マリーはもぉ、っと文句を垂れながら呆れている。そんな会話をしていた中、一回ざぁっと強く風が吹く。空気が変わった気がした。せせらぎの様な風に澱みが生じた。丘陵のある平原の先を見る。胸がざわついた。


「どうしました?」


 グレミオが尋ねてきたがそれに答えず、その方向へ馬を走らせる。風が強くなる。晴天だった空に突如、曇天が広がり地に影が落ちだす。小高い丘の上で立ち止まり、先を見据える。後から来た皆が俺の後方で止まるのが分かった。


「これって……まさか」

「瘴気!?」


 何もない緑の平原に突如現れる。それは紙に水滴が滲む様に、何もない宙に紫に黒が混じった色がじわじわと広がりだす。吹き付ける風が髪を乱す。


「発生する所は話では聞いていましたが見るのは初めてですね。しかも、こんなに近くで……しかし、よく分かりましたね」

「隊長は勘が鋭いですからね!」

「……」


 何故分かったのかと問われると答えられない。答えたら何かを間違えてしまいそうな気がした。ご自慢の髪型を抑えながらカミュンが嬉しそうにこちらを見る。


「何か手がかりが掴めるかもしれやせんね! 良かったっすね、隊長!」


 確かにそうだが今は調べる事より、しなければならない事がある。瘴気から溢れ出した様に異形のモノがぞろぞろと現れる。それが姿を現すと、吹き付ける風に鼻を押さえたくなる死臭が混ざりだす。焼けた様な黒い皮膚をしたそれや、水分を含みぶよぶよした皮膚をしたそれ。どれもまばらで相変わらず目を覆いたくなる様な惨たらしい姿。一匹もうこぼれ落ちてしまいそうな血走った目玉をした瘴魔がこちらを見る。赤黒く腫れた人の顔の様なものにある裂け目が、僅かに上がって見えた。金属を切る様な甲高い叫びが上がる。空気を震える。次の瞬間まるで嬉々とする様にもげそうな脚、複数ついた気色悪い脚で一斉に、こちらへ向かってきた。


「とりあえず、倒しましょうか」

「あぁ、距離に気をつけろ。絶対に瘴気には触れるな」

「了解です」


 戦闘態勢をとる。皆鞘から剣を抜き、それぞれが授かった加護の力を使う。俺は自身の周りに風を起こす。それを刃の様にして、瘴魔の群れに向け放つ。

 数匹の異形達が爆発音と共に宙を舞う。切り裂かれたそこから紫色が吹き出し、それが雨の様に地に降る。

 駆け出す。

 距離を一気に詰め、体が欠け怯んだ異形を切り伏せていく。脆そうに見える体でも骨はある。生き物を斬る感覚が手に残る。数十体相手に皆が善戦をしていると、カイリの叫んだ声が聞こえた。

 

「あっ! 瘴気が」


 瘴気の方を見ると、霞のように薄くなっていた。それが一段と薄くなり遂には消えた。最後の一匹を地に伏せた後、瘴気があった場所へ近寄る。


「やっぱりぃ何も無くなっちゃう~」


 マリーは今度は剣の切っ先を地に当て、ガリガリとしている。


「ホントなんなんだろうな。訳わかんねぇよ」

「やっぱり異空間なのですかね」


 生命が奪われたそこを見つめる。それが俺達が立てた仮説の一つ。この先は何処かに繋がって、その先にいた怪物達がこちら側へとやってくる。だが、仮説を立てただけであって原因も何も分からない。


 この霧の先には何があるのだろう。


 でも、入る事は叶わない……二度と出て来れないのだから。だが、それが明日分かるかもしれない。この霧の向こう側の事も、異形の怪物の事も何故これが起こるのかも。そう思うと明日に希望が持てそうであった。

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