39.すべき事
とにかく仕事にかかろうと俺を先頭にして街を出た。
今日はとても良い天気。
柔らかな日差しが、波が立つように揺れる緑の大地を照らす。太陽だけが空に浮かび、青空が続く。空も今日の祭典を祝っている様。だがそんな天気とは裏腹に、俺の胸中は雲がかかる。
柔らかな空気を切る風の音と、馬が地を蹴る足音を聞きながら考え込む。
心臓を見つけ、悪魔を倒したい。
その意思は明確なのに、どうしたらいいのか。俺には心臓を見つける事が出来ない。悪魔にも近づくなと言われる。
打つ手なし。
リナリアが悪魔を倒すまで俺は、自身を守る事しか出来ないのか。それは何とも情け無い気持ちにさせる。そもそも母はどこから来たのか、今だに分からない。
少し体を傾け後ろを見る。
アルとカミュンがまた言い争っている向こう側で、冴えない顔をしたリナリアは手元を見つめている。
今日が終われば彼女は行ってしまう。
手綱を握る手にぎゅっと力が入る。
行ってしまう前に、言わないと。
仮説でしかないが、彼女の穢れと母が関係している気がしてならない。伝えておいた方がいい。だけど、それを知ったらリナリアはどう思うだろうか。
前を向き、空を見上げる。羨ましいほど晴れ渡った空。なんだか煩わしい憂いにため息が出た。
「目撃されたのは、この辺りですかね?」
並走してきたグレミオが少し張った声で尋ねてくる。それに思案をやめる。
グレミオから預かった地図をポケットから片手で出し、風に靡かせながら確認する。示された場所から近かったので、頷く。グレミオが更に近くに寄ってくる。
「このまま瘴気がなくなればいいですね」
「そうだな」
「闇ビトも瘴魔もなくなればきっと、この世界に平和が訪れます」
「……」
グレミオの希望に即答できない。
瘴気も闇ビトもいなくなっても、南の帝国との軋轢は続く。闇ビトが人間の敵となって現れてから休戦してはいるが、平和が訪れた世界になったらどうなるだろう。元は闇と人とが争う世界ではなく、人と人が争う世界。それを俺は経験した事がない。そんな世界に変わってしまったら、そこでも俺はどう生きるのだろう。
でも、誰にでも希望は必要なんだ。
「そうなるといいな」
「ええ」
グレミオは穏やかな声で返事をする。そう言えば闇ビトはどうなってしまったのかと考えると、腐敗した臭いが鼻をかすめだす。気を引き締める。
「近いな」
「はい」
緑の大地の上に黒がぽつぽつと現れだす。
後ろの隊員に向け片手で合図を送る。
黒の輪郭がはっきり見え頃、その数が確認できた。
大した数ではない。
更に近づくと吐き気を催す強烈な腐敗臭が顔に当たり、少し目が潤む。
俺たちに気づいた瘴魔達は金切り声上げ、腐敗した体でこちらに駆け出してくるのが見えた。素早く剣を鞘から抜きそのまま群れの先頭とぶつかる。
脆い体を断つ。
絶命する前に断末魔を上げる。
次に来る敵の首を躊躇することなく跳ねた。
悲鳴は上がらない。変わりに紫の血が碧落へと噴き上がる。
胸が苦しくなった。
一回大きく息を吐き、グリップを強く握りしめる。
間髪入れず襲いかかる瘴魔の血走った目を見ながら、他の世界の誰かだったモノを斬った。
むせ返る血の匂いが、生暖かい風に運ばれる。
加護の力を使うまでもなく、あっという間に辺りは黒と紫に染まった。手に肉を切った感触が残る。紫に濡れた剣身に映った自分を見つめた。
「楽勝だったな!」
「余裕だよ」
「カミュンさんアルさん、油断してはいけないですよ。昨日のハンター達が言っていたこともまだ、分かってはいないのですから」
「大丈夫だって! グレミオは心配症だな」
「あ、これ異物かな?」
アルが加護の力を使い骸から何かを取り出す。皆がそこへ集まり出し、枝に釣り上げられた物をまじまじと見つめる。それは紫に濡れボロボロであったが、人の形に見えた。多分人形だ。片方ずつない手足。辛うじてついている頭が垂れ下がり、項垂れている様。紫の血が滴る。
重苦しい空気が流れる。誰も口を開かない。皆きっと薄々と気がついてる。……瘴魔は元は人間だったのだと。
アルが問う。
「隊長、持ち帰りますか?」
本当なら持ち帰らなければならない。それが仕事。でもこれを持ち去った所で、俺たちは何も得られないと思った。きっとこれはここにあった方がいい。
「いや、置いていく」
「……そうですね」
アルはそれを元に戻した。
胸がズキズキと痛む。そのせいで息苦しくなる。
悪魔の願いのせいで起こった悲劇を、この世界でなんとしても止めないと。
「てかカイリィ血ついてるよぉ。服汚れちゃってぇ〜髪もぉ」
「……うん」
「カイリちゃんタオルいる!? あっ! ごめん俺、持ってなかった!」
「誰も期待してないって」
「お前はいちいちうるせぇなっ!」
「ありがとう、カミュン。自分のあるから」
カイリを見ると、毛先と肩が紫に染まっていた。顔にもついてしまったのか、取り出した柔らかそうな黄色の布で顔を拭いている。
今度はずっと静かな彼女を見る。リナリアは一人馬の上で浮かない顔をしている。肩を落とした後、紫に染まった剣を軽く振り鞘へと収め、おもむろに空を仰ぎだす。
まだおかしい。
原因はなんだろう?俺が寝てしまった後、何かあったのか?そんな彼女を見ていると、視線を落とした青い瞳と目が合う。リナリアは目を丸くした後、ばっと勢いよく顔ごと逸らされた。思わず眉間に皺が寄る。
……なんで。
明らかに避けられた。まるで分からない。さっきは気にしないでと言ったのに。怒っていないのなら、なんであろうか。
にこにこ顔のカミュンがリナリアに近寄り話しかけている。彼女は少し眉を下げながらもちゃんと笑って応えるので、なんだか胸がもやもやする。
そばでグレミオがくすぐったそうに笑う。
「ふふ」
「なんだ」
「気になりますね」
「なにが」
「リナリアさんの事」
「なっ」
カァっと体が熱くなる。別に気になっただけ、それだけなのに他人に改めて聞かれると、何とも言えない羞恥が襲ってくる。
「別に」
「ねぇ、ヴァン」
カイリに呼ばれた。慌ただしくなった胸を押さえつけ、とにかく平常心を心掛ける。
「どうした?」
「近くに川があったから寄ってもいいかな。ちょっと服汚れちゃったからその、洗いたくて」
「あぁ」
別にいいかと返事を返した。ありがとう、っと言うカイリの後ろにいる二人が視界に入る。
二人はまだ話をしている。会話すると言うよりはカミュンが一方的にしている話に、困った顔をしたリナリアが相槌を打っているだけ。忠告したのに。ミツカゲに目をつけられても、俺はもう知らない。
「ヴァン、あのさ」
再びカイリに視線を戻す。カイリはどこか不安そうな瞳で俺を見ていた。そうだ、行かないと。
「悪い。行くか」
「……うん」
返事を返して、また視線が動く。
マリーも加わっていた。何を言われたのか、さっきまで嬉しそうに話していたカミュンの顔が引き攣っている。




