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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第二章
33/111

33.それぞれの思い

「……ヴァンです。報告書、持ってきました」


 声が震える。急激に喉が渇き、張り付く。鼓動を跳ねさせながら、返事を待つ。が、何も返ってこない。


 いないのか?


 でも、物音がした。人の気配を感じる。首を傾げながらリナリアを伺う様に見る。彼女は怪訝な顔で扉を見つめていた。そして、何を思ったのかいきなりドンドンと扉を叩き出す。慌てて肩を引いて止めさせる。連れてきた事を少し後悔した。


「何やってんだ!」

「ご、ごめん。中に二人いるのに無視してるのかなと思って」

「無視って……二人?」

「……入っておいで」


 扉の向こうからは相変わらずよく通る優しい声が聞こえた。だが、悲しみも孕む声であった。胸が重くなる。

 失礼します、っとノブに手をかけゆっくり回し、扉を開ける。月明かりだけが照らす部屋。開け放たれた扉の向こうに椅子に腰掛けたセラートの薄い青い瞳と目が合う。


「ヴァン」

「総隊長……」


 セラートの姿を見て俺は、目を丸くした。机に肘を立てながら顔の前で手を組む人物の清流のように青く美しく長かった髪は、バッサリと短く切られていた。言葉に詰まっていると左から急に声をかけられる。


「ヴァン、久しぶりだな。……調子はどうだ?」


 どっしりと肝の座る声に思わず体が跳ねる。そちらに顔を向ける。ソファーに腰をかけながら、深い黄色の眼光がこちらを見ていた。程よく筋肉をつけた体を起こし、俺の元上官がこちらへと近寄ってくる。


「ヘイダム隊長。何故ここに……」

「何故ってお前がもう復帰したと聞いたからな、俺の可愛い元部下の様子を見ようと思って待ってたんだぞ」


 ヘイダムが目の前に立つ。薄い唇の口角を僅かに上げ微笑んでいた顔が、俺を見るなり曇りだす。


「……お前、ちゃんと寝れてるのか? 顔色、悪いぞ」

「大丈夫です」

「あー、その。なんだ、お前とカイリがいなくなって、その穴を埋めるのに困ったんだぜ……こいつのせいで」


 ヘイダムは襟足を伸ばした赤みの強いオレンジ色の髪をワシワシと乱暴にかきながら、まったく関係の無い話題を話出す。セラートが眉を下げながら苦笑する。

 

「……カイリは直接頼んできたんだ。僕のせいじゃない」

「なっ! そうなのか!? てっきりカイリも嫌がらせかと思ったぜ」


 ヘイダムは困惑した表情でまた頭をかく。俺もこの事は初めて知った。なんでカイリも配属になったのか疑問だったが、直接志願したのか。


「だったら止めてくれよ……ホントやなやつ」

「……ヘイダム、もうその辺でいいよ」

「あぁ……そうだな。すまん」


 ヘイダムは小さく息を吐く。セラートが俺の後ろに視線を送り、躊躇う口調で話しかけてくる。


「ところで……そちらのお嬢さんは誰かな? 見たところ兵士の様だけど」

「その、キル……国王が直接入隊させまして」

「王が?」

「少しの間ですが」

「リナリア・レテノールです」


 リナリアは名を名乗り、俺の前に一歩出る。セラートが目を細め、僅かに首を傾げ短い髪を揺らす。リナリアは顔を真っ直ぐにセラートに向けている。そして、彼女もまた同じ様に小首を傾げる。


「君……とは、どこかで会った事があったかな?」

「ない、と思います」

「そう……そうだね」


 セラートは悲しそうに目を伏せる。


「可愛い子じゃないか! いいなぁお前は」


 急に跳ね出す声に体を引かせる。相変わらずの女好き。俺は呆れた目でにこにこ顔でリナリアに近寄るヘイダムを見る。それに気がついたのかリナリアはすぐに下がって、また俺の体の後ろへ隠れる様にする。カミュンの時もそうだが明らかに嫌悪している。セラートが小さくため息を漏らす。


「嫌われた、みたいだね」

「あ?」

「あの、報告書を」

「あ、あぁ。ありがとう、ヴァン」


 俺は足音を立てぬ様な足取りで報告書を手渡す。セラートを目の前にして、胸の苦しさから今すぐにでもこの場を去たくなった。この苦しさはなんだろう。俺はセラートを恨んでいるのだろうか。それとも謝って欲しいのか?そもそも俺はセラートと何を話したいのだろう。分からない。それでも、今は何か言わないと。


「……その、総隊長は大丈夫でしたか」

「うん、ありがとう。処分の方もね王のお陰で首の皮は繋がったけどね……情けないよ」

「国王が? ……そうですか」

「ヴァンは……その」

「俺は大丈夫です」

「あ、でも顔色が本当に良くない」

「心配いりません。では失礼します」

「待って!」


 呼び止められて、立ち止まる。セラートの方は見ない。代わりに月明かりが作る自身の影を見る。


「私のせいだ……すまなかった」

「……」


 背で聞こえた言葉に、胸が刺された様な痛みが走る。あまりの苦しさに思わず胸を掴む。謝ってもらったって何も変わらなかった。

 いろいろな言葉が頭を駆け巡る。それは浮かんではすぐに消え、セラートの気持ちに応えることが出来ない。俺が沈黙していると正面にいるリナリアが静寂を消す。


「何故、あんな無謀な行動をしたんですか」


 セラートとヘイダムが息を呑むのが分かった。しばしの沈黙。セラートではなく、ヘイダムが口を開いた。


「殺された兵士の一人が、こいつの郷里の友人でな……それで」

「ヘイダム」


 セラートはヘイダムの話を止める。一呼吸置いた後、小さな声でポツポツと話しだす。


「そんな事は言い訳にしかならない。ただ、どうしようもなく怒りが収まらなかった……だが、そのせいで私は取り返しのつかない事を」

「……」


 ……怒り。


 俺は今、心に何があるのだろう。

 カイトを失った怒りと悲しみ。

 もっと最善を尽くせたはずだという後悔と、俺を助けたせいでと自責の念。

 そして、もうカイトの思い出を思い返す事が出来ない自分への情けなさと口惜しさ。

 胸の中がぐちゃぐちゃになる。

 でも、一つだけ確かで言える事。


「俺が……悪いんです」


 そうだ、それが全て。その言葉を今は吐くのが精一杯だった。俺はまた逃げる。駆け足で部屋を出る。ヘイダムが呼び止める声と、リナリアが失礼しました、と言った声が背から聞こえた。

 すぐにリナリアが追いついて横を歩く。彼女は何も言わない。ただ、黙って俺の横を歩く。俺は口を開く。


「何故、セラートにあんな事聞いたんだ」

「……初めて会った時、すごく嫌な感じがした。それはあの時はよく分からなかったけど……もしかしたらと思って」

「!? それは、セラートが心臓だと?」


 リナリアは小さく頷く。

 俺はあの時の事を思い返す。


「確かに、あの時の総隊長はどこかおかしかった。やけにアドニールに会う事に執着していた気がする」

「そう……でも、気のせいだったのかもしれない。今は何も感じなかった。ただ、とても悲しそう」

「……」


 セラートはカイトだけでなく、もう一人親しい人を失っていた。その悲しみをセラートはどう乗り越えていくのだろう。でも、ヘイダムが今みたいにそばで支えてくれる。きっとセラートは乗り越えていくのだろう。また、胸が苦しくなる。


 城の外へ出る。墨を垂らした様な漆黒の上にぽつぽつと星が瞬く。優しい風が頬を撫で、髪を揺らす。その風が街の夕食の匂いを微かに運ぶ。

 

 そういえばずっと何も食べてない気がする。


 忘れるくらいに食欲なんてものがない。あの部屋で何かを食べようと言う気にもならない。俺はいつまであの暗い部屋にいるのだろう。それでも、帰る場所なんて他に無い。


「送っていくか?」

「ううん、一人で大丈夫だよ」

「そうか。そう言えば、友達はどうしたんだ?」

「ん? ミツカゲに任せちゃった」


 はぁと大きくため息をしてリナリアは一度夜空を見上げる。そして顔を下げ両手を腹に当てる。


「お腹すいちゃったな」

「早く帰ってミツカゲになんか食べさせてもらえ」

「うーん」


 なんだかはっきりしない返事。視線を感じる。嫌な予感がした。見たくはない……が、耐えきれず視線を彼女に向ける。青い瞳が何かを訴えかけてくる。何か食わせろと言っている。

 空を見上げる。まだ夜は始まったばかり。

 どうせ、帰っても眠れずぼうっとしてるだけだ。


「……何が食べたいんだ」

「ふふ。私ね、ちょこちょこ来てたけど歩いたくらいでね。それでね、ずっと気になってたお店があっていつか行ってみたいと思ってたの」

「へぇ」


 リナリアは弾む足取りで走り出す。月のような金色の髪を揺らして振り向く。ご機嫌な顔で早くっ、と俺に手招きする。


 本当のところリナリアは何を思っているのだろう。


 はしゃいで笑う彼女はどこにでもいる普通の少女に見える。そんな彼女はいきなり世界の運命を背負わされて怖くは無いのだろうか。不安や絶望を感じないのだろうか。どう向き合っているのだろう。

 俺が来るのをにっこりと笑って待っている。その姿に、胸の中で渦巻いていた負の感情に一筋光が刺した気がした。

 リナリアが背を向け歩き出した。俺は誘われる様に彼女について行く。

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