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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第二章
32/111

32.戦う意味

 城へ着いた俺はまず、異物を管理する兵士に今日の収穫を渡す。とは言ってもガラクタばかりだったので、受け取った兵士は肩をすくめて嫌そうな顔をしていた。

 やっと肩が軽くなる。俺は肩を軽く回しながらいつも使っている部屋の扉を開ける。

 もう日が落ちた部屋は薄暗い。静寂しかない寂しい空間。普段は嫌では無いのに、むしろ心地よく感じるこの部屋を今は心細く思ってしまう。そばにあったランプに灯を灯す。

 紙を取り出し、椅子に腰掛け紙の上に筆を走らせる。今日の出来事。ハンターに出会った事。異物を回収した事。そいつらが言っていた瘴魔の謎の変異。手を止める。

 

 リナリアが話した事は書いてはいけないのか。


 怪しげな瘴魔が言った事だ。不確かなことを書いて混乱を招くのは確かに避けたい。それでも原因を究明しようとしていた者達にとっては今だに瘴気の事は謎の事件のままだ。思案していると、ゆっくりと扉が開く音がした。そちらに顔を向けると、リナリアが眉を下げながら扉から顔を覗かせていた。


「リナリア」

「迷惑かけてごめんね」


 まったくだと言いたいが、あのまま姿をくらますと思っていたのでほっとした。そう、胸がほっとしたんだ。リナリアは俺のそばの椅子に腰掛け、頬杖をついて小さくため息をつく。


「よくここが分かったな」

「精霊に聞いたの」

「リナリアは精霊の声が聞こえるのか?」

「トワに教えてもらったの」

「トワに?」

「ふふ、貴方には特別に教えてあげる。トワはね実は精霊なんだよ」

「えっ!?」


 思わず声を上げる。リナリアは俺の反応が面白かったのかくすくすとくすぐったそうに笑う。そして内緒だからね、っと口元に人差し指を当てる。別に誰かに言いはしないが、かなり驚いた。


「だからね、ファリュウスだけに精霊使いがいるんだよ」

「……それ、本当か?」


 懐疑的な目で見る。そんな事すぐに信じられない。リナリアは自信に満ちた表情で力強く頷く。隠し事がある時のリナリアは目が泳ぎ分かりやすい。この表情を見る限り、どうやら本当の様だ。


「何故精霊が人の姿でいるんだ?」

「何故……って言われると答えるのが難しいけど、ミツカゲとトワは小さい時からずっとそばで守ってくれて、私を育ててくれたよ」

「ずっと?」

「うん。私の記憶の中にはずっと二人がいる」

「……」


 それは本当の親はいないという事だろうか。何故いないのか、それは聞かない。何故なら初めてキルと会った時にそう聞かれ、俺はブチ切れたからだ。


「精霊が見えると便利でいいな」

「いいでしょ。おかげで連絡が取りやすいから」

「そう言えば、リナリアは正式にここの兵士になってないだろ。一人でどうやって入ってきたんだ」

「こっそり入ってきちゃった。キルにもそうやって前は会いに来てたから……瘴気が起きてからは忙しくて来れなかったけど」

「盗人になれそうだな」


 俺の悪意ある言葉に不服そうに頬をむくらませるリナリアを無視して、俺は再び筆を走らせながら話を進める。


「さっきの男は誰なんだ?」

「ダイヤだよ。あとジュンちゃん。二人とも私の友達」

「友達? 随分と荒っぽい友達だな」

「ダイヤはいつもそうだから……いつも怒ってるし、暴言魔なの」


 チラッと視線だけで彼女を見る。口ではそうは言いつつも、リナリアはどこか嬉しそうな顔で微笑んでいる。なんだかんだで仲は良いのだろう。

 最後の一文を書き、筆を置いて一通り目を通す。


 とりあえず、こんなものか。


 重たい腰を上げ席を立つ。それに気づいてリナリアは頬杖を止めて、俺を見上げる。


「終わったの?」

「あぁ」

「お疲れ様。じゃあ私も一緒に行く」


 別にいいと言いたいところ、セラートとは正直会いたくないので少しだけ心強いことはもちろん言わない。

 部屋を出る。薄暗い廊下。その先は更に闇が深く見えた。小さく一歩足を前に出し、そのまま歩きだす。リナリアは黙って横を歩く。俺はずっと聞きたかった疑問を尋ねる。


「何故、瘴気が消えたんだ?」


 リナリアは辺りの様子を伺う。人の気配を確認した後小さくため息を漏らし、ぽつぽつ喋り出す。


「貴方は……最後自分の闇の力が暴発したのを覚えてる?」

「……あぁ」

「貴方のその闇が瘴気を消して、周りの瘴魔を殲滅させた」

「えっ」

「あれは自分の意思でそうしたの?」

「そんなわけ、ないだろ」


 あの時はただ悲しみだけが溢れ、自分じゃどうしようもできなかった。

 自分の掌を見つめる。

 あのまま飲まれ化け物になるのかとも思ったが、俺はまだ人の姿をしたままである。


「何故、瘴気が起こらなくなったかは正確には分からない……でも」

「でも?」


 彼女を見る。リナリアは愛しむ様な優しい青い瞳をして微笑む。


「貴方は……自分が思ってるより、たくさんの人に守られてる」

「なっ」

「だからね、何があっても貴方自身も自分の事を大切にしてほしいの」

「意味が……分からない」


 彼女は何が言いたいのか。俺には何も分からない。責め立てられる様に見えるその瞳から視線を外し、闇の深い廊下の先を見る。


「なんなんだ……お前は。俺にそんな事を言うためにこんな馬鹿げた事をしてるのか」

「違うよ。約束、したから」


 約束。その言葉に胸が跳ねる。


「約束?」

「うん。キルと」

「キルと?」

「前くれた手紙に書いてあったの。俺の友達に何かあった時はどうか……助けて欲しいって」


 震えた声。ぎゅっとリナリアは拳を握る。その姿に俺はカイトを思い出し、悲痛な思いになる。助けられなかった。俺は守られるんじゃなくて、守りたかったのに。


「だからね」

「……余計なお世話なんだ」


 守りたいとかそんなの押し付けだ。


「さっきも言っただろ。人の事より自分の事を守れ」

「そうだね……そうだと思う。貴方の言ってる事は何も間違ってない。けどね、私は自分を守るためじゃなくて、誰かを守る為に戦いたいの」


 彼女の強い意志に何も言葉が出てこない。俺の戦う意味。それは……二人を守りたい。俺を生かしてくれた二人を守りたかっただけ。なのに、それなのに俺の今の戦う意味は復讐だけだ。

 

 おもむろに一つの扉の前に立つ。セラートがいる部屋。この中にセラートはいるだろうか。いるのなら今何を思っているのだろう。

 冷たく光る銀のドアノブを見つめる。服の裾が引っ張られる。彼女が柔らかく微笑む。


「私も一緒にいるからね」

「……」


 どうして、っとつい言いそうになった。会って間もない、お互いの事なんて何も知らない。それなのにどうして俺をそんなにも助けてくれようとするのか。キルとの約束だけと言うのなら、本当に。


 ……本当に変わった奴。


 僅かに口角が上がった。

 一回深く息を吸い吐く。

 俺は扉を叩く。

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