25.隠された真実①
「貴方は……最後、瘴気の中で何かがいるのを感じた?」
リナリアの問いに蓋をしている記憶を僅かに開ける。瘴気から出る前、闇の奥深くで誰かに見ている気がした。そして深い絶望も感じた。思い出すのをそこでやめる。それ以上は思い出したくない。小さく頷いて返事を返した。リナリアは少し間を置いて、口を開く。俺は耳を傾ける。
「あれは悪魔なの」
ん? 今、悪魔って……聞き間違えか?
「なに?」
「悪魔だよ。天に叛逆して闇に堕ち、封印された時を司っていた神様……目玉さんはそう言ってた」
聞き間違えではなかった。ぽかんとしてリナリアを見る。一体どんな話かと思えば、まるで神話の様な話。揶揄われているのか、それともリナリアが揶揄われたのか。リナリアは眉を下げながら、不安そうに俺を見ている。今は考えてもしょうがないので、とりあえず話を続ける。
「……なら、あの瘴気の中はその悪魔が封印されている世界なのか?」
「ううん。確かに悪魔のいる世界だけど、悪魔の封印はもう解かれてる」
「解かれてる? 何故?」
リナリアは小さく首を振る。
「それは分からない。目玉さん、見つかるかもって急いでて全部は聞けなかった。でも、言ってたの、あの霧の中の世界は封印が解かれた初めの世界だって」
「……」
何を言ってるの分からない。つまりは胡散臭い。本当かよ、っと疑う目でリナリアを見る。目が合ったリナリアは慌てて考える仕草をしてうーん、っと唸っている。そして細い腕を上げ、宙に何かを書き出し始める。
「ええっとね。例えばここに一つの部屋があって、これは封印されてた場所ね。それでそこには一つ扉があって、その扉の先は枝分かれしてて他の世界に繋がっているの」
リナリアは懸命に手振りしながら説明をしてくれるが、それよりも"他の世界"と、また壮大な言葉が出てきたので、いよいよ頭が痛くなってきた。
「悪魔は封印が解かれた時、原因になった世界に現れた。そしてそこを拠点にして、他の世界を侵食しようとしていたの」
「……ちょっと待って」
まとめる時間が欲しい。要約すると、反逆した元神様の悪魔は封印されていた。その悪魔の封印が何かしらあって解かれ、その解いてしまった世界……つまりは俺が入った瘴気の中の世界にいる。そして、他にも世界があって悪魔が襲ってるって事か?これで合ってるのか?
そういえば。
一つだけ繋がる事があった。瘴魔は見知らぬ異物と呼ばれる物を落としていた。この世界では見た事がない物。それは、他の世界の物であったと言う事だったのか?
そして瘴魔は……その世界の。
また蓋をする。一瞬血に濡れたカイトの顔がよぎった。一気に悪寒と吐き気が押し寄せる。それを懸命に堪えて、一度震える呼吸で小さく息を吸い、吐く。
……そうだ。これが仮にもし本当なら、何をしたらいいかは分かりきってる。
「なら、あの霧の中にまた入って奴を殺せばいいんだろ」
そう、カイトの仇。
瘴気の原因が分からず何を憎んでやればいいか分からなかったがこれで、明確な相手が見つかった。
リナリアは眉間に皺を寄せ、何処か物悲しげな目で俺を見ていたので視線を外す。
「……入る必要はないよ。この世界には悪魔の心臓がいる」
「し、心臓?」
思わず声が裏返ってしまった。急に生々しい言葉にぞくりと背に悪寒が走り、嫌な気分になる。心臓……それはどうなものだろうかと想像をしてみるが、全くピンとこない。
「悪魔の力は強大過ぎて、時空を通ろうとすると逆にねじ曲がってしまい、他の世界を自分じゃ探せないみたい。だから自分の一番力を秘める部分、心臓を飛ばして辿り着いた世界を目標にするの」
「心臓だけが世界を移動できて、辿りついたところを目印にしてやってくるということか?」
「うん。原点の世界は瘴気の中。そして他の世界にも根を張るために心臓を飛ばすの。心臓が飛ばされて辿り着いた世界を感知して、その世界と原点の世界を繋げる……それが私達の世界で発生した瘴気だよ」
「……なるほど。そういう事か」
「うん、そういう事だよ」
力強く頷くリナリアを見る。リナリアは本気で信じてるのだろうか、こんな物語みたいな話。あの目玉の瘴魔が勝手に作ったんじゃないのか?
「リナリアは信じるのか? あの目玉の瘴魔の話を。どう見ても怪しいけどな」
「……そうだね。そうだったら……よかったんだけどでも、現実に起こって……辻褄も合ってる気がするから」
リナリアは言葉を選ぶ様に話す。思い詰めている様な瞳。それに何処か悲壮感も感じた。確かにこんな話、嘆きたくなる。
「他の世界があるなんて、想像できない」
「そうだね。でも、この世界には私達が知らない事がたくさんあるから」
俺を見ながら形の良い唇が柔らかく微笑んだ。初めて見たリナリアの笑みに何故か鼓動が跳ねた。やっぱり、やりずらい。もう一度、面をつけてくれないだろうか。
「その悪魔は何がしたいんだ? 目的があるのか?」
「……神様に、封印をした神様に会う事って言ってた」
「復讐か?」
「……分からない。ごめんなさい」
「そうか。なら、その心臓はどこにあるんだ」
「……分からないの」
「はぁ」
結局肝心なところは何も分からずじまいか。どうしたものか。互いに沈黙する。リナリアがぎゅっと自身の胸を掴む。そして口を開く。
「でも……私なら見つけられるって、言ってた」
「リナリアが? どうやって?」
リナリアは深く顔を落とす。華奢な肩と握った手が小さく震えているのが分かった。その姿はとても弱々しく見えた。
「あのね、私にも……闇が紛れてるの」
「――っ!?」
その声はとてもか細く消えてしまいそうであった。リナリアがおもむろに顔を上げる。俺は思わず息を飲んだ。揺らぐ青い瞳に、一層悲壮感を感じた。




