24.面の下
「……アドニール」
突然現れた思わぬ人物に頭の中は大混乱。訳がわからなかった。何故ここに?何しに?何でキルと一緒に?そんな疑問がぐるぐると頭を巡る。
そもそも本物か?
そう疑念が芽生えたが、キルの胸元くらいの高さの小さな身長と何より、あの時と変わらず彼の周りの空気は陽だまりの中にでもいるように輝いて見える。キルが入って来いよ、っと催促する声に我に帰る。俺は顔を下げながら中へ入り、扉を閉めた。沈黙する空間。キルが話し出した。
「ヴァン……その、アドニールだ」
「知ってる」
「だな」
わざわざ紹介されなくたって知ってる。チラッと見たアドニールはぺこっと頭を下げていた。アドニールを見ていると今、無理矢理押し込めているあの悲劇を、あの悪夢を嫌でも思い出してしまい苦しくなる。
「何で、ここにいるんだ」
「あのな、ヴァンには言ってなかったけど……俺、こいつと知り合いなんだ」
「知り合い!?」
「知り合い?」
俺は驚いて声を上げたが、アドニールは不服そうな声で言う。
「あぁ〜友達な」
「友達? 友達って……いつから?」
「まぁちょっとな」
「何だそれ? どうして教えてくれなかったんだ?」
「いやぁー、こいつの保護者がうるさいから」
「保護者?」
少し考えてピンときた。俺はキョロキョロと辺りを見渡す。そういえばここにはミツカゲとトワがいない。特にミツカゲなんかはあの態度を見るに、そばを離れなさそうなのに。アドニールが話しかけてくる。
「ミツカゲとトワはここにはいないよ」
「……ファリュウスにいるのか?」
「トワはそうだけど、ミツカゲは一緒についてきてる。でも、ここ来させなかった」
「なんで?」
「……あまり、貴方には合わせたくないの」
「……」
ミツカゲもあの場にいたから俺の事はきっともう知ってる。朧げに聞いた声でミツカゲが俺の事を危険だと言っていたのを思い出す。でも、そうか。今の話で一つ分かった事があった。
「だから、お前は俺の名前を知ってたのか」
「キルから写真を見せてもらったし、手紙にその……お友達の話、よく書いてくれてたから」
「写真? そんなの撮ったか?」
「何だ、覚えてないのか? まぁ小さい頃に一回撮っただけだもんな。それにヴァンは写真いらないって言って確か、貰わなかったもんなー」
そういえばそんな事あったかも。でも今は、思い出さない。昔の楽しい思い出は、俺にとってもうそうではなくなってしまったから。また沈黙してしまう。キルが銀色の髪をわしわしと掻きだした。見ているとにっ、と歯を見せて俺に笑いかけて口を開く。
「そんじゃ、俺行くわ」
「はっ!?」
いきなりなんだどうしたんだと、こちらへ来るキルの前に立つ。
「どこ行くんだ!?」
「お前に用があるのはこいつだから」
「えっ? いや、でも、別にいればいいじゃないか」
「アドニールはお前と二人で話したい事があるってよ。ははっ、よかったな」
キルは俺の肩に手を置き、にたにたと嫌らしい笑みを浮かべる。なんなんだその笑みは!何が嬉しくてこいつと二人でいないといけないんだ。きっと、ろくな話じゃない。でも、そうだ。だからこそキルはいない方がいいのかもしれない。キルは俺を避けごゆっくり、っと言って部屋から出ていく。俺は一度深く息を吐き、意を決してアドニールに向き直る。
「話って何?」
「あっ、うん。ところで体は大丈夫?」
「別に、俺は。そんな事より何?」
「その、聞きたいことがあって」
「聞きたい事?」
「あの……貴方は……マリャ、なの?」
頭が痛くなる。またこの名前。目玉の瘴魔にもそう聞かれたが、俺は知らない。
「俺はマリャなんて知らない。なんなんだ、そのマリャって」
「本当に違うの?」
「だから、知らない!」
思わず声を上げてしまった。アドニールは胸の前に手を置き、俯いてしまう。そのままポツポツと喋りだす。
「キルは……教えてくれなかった。貴方の中に何故闇があるのか。それは自分で聞けって言われたから」
「……」
何故なんて別に今更アドニールに知られた所で、何も変わらない。ずっとひた隠しにしていた事を俺は、自分でも驚くほどに簡単に口にした。
「俺の母が、闇ビトなんだ」
「――っ!?」
表情は読み取る事が出来ないから何とも言えないけど、何となくアドニールは動揺している気がする。
「そう……そうなんだ。それで」
「もう話は済んだか? それで、お前は俺をどうしに来たんだ?」
「どう言う事?」
「……殺しに、来たんだろ」
「私は貴方を殺しに来たんじゃない! 貴方と話がしたかっただけ」
「話? ならお前は俺が闇の人間の血が流れるのを知っても、何もしないって言うのか?」
「うん」
「はっ?」
唖然とした。こんな事受け入れられない。父と母は知られたから殺されたんだ。だから、俺はキルとカイト以外の人間にバレないように必死に生きてきたのに。
こんな簡単に赤の他人が受け入れるなんて、信じられない。
嘘に決まってる。油断させる気なんだ。きっと裏があるに違いない。
「何が目的だ?」
「目的ってほどじゃないの。ただ話を」
「よく知らないお前のことなんて、信じられる訳ないだろ。それに……俺はもう、それでいいと思ってる」
あの時の願いは今も変わらない。でも、出来たら父と母の様に見せしめみたいに殺されるのではなく、ひっそりとどこかで斬って欲しいと思うのは、闇の人間には贅沢なのだろうか。何も言わないアドニールを見る。俯くアドニールが握った拳が僅かに震えているような気がした。
「……そう。でも、私は貴方が望んでもやらない」
「――っ! じゃあお前は何がしたいんだ」
「私は……」
そう言ってアドニールは深く被っていたフードを取った。急な行動に驚いた。ふわふわとして柔らかそうな金色の髪を一つに束ねていた。
「貴方の秘密、教えてくれたから……私の秘密も教える。そうしたら私の事信じてくれるかな」
「秘密?」
次に小さな手が陶器のような白い面を触る。
まさか。
そのまさかなのかと、俺は瞬きせず食い入る様に見つめた。顎の方から小さな光の粒が舞い上がり、溶けるようにその面は消え出した。
程よく色付く唇が見えた。透き通る様な白い肌に、少女の様な柔らかな曲線の輪郭。面が全て光となり消えた後、澄んだ青空に星でも瞬くような煌めく青い瞳が俺を見ていた。息を呑む。やっと見えたアドニールの素顔は俺の想像していた顔と違っていた。いや、想像なんてした事なかったけど、こんな女みたいな顔だなんて誰が想像できただろうか。青い瞳を見つめているとアドニールは少し頬を赤くして視線を背ける。
「そんなに見ないで欲しいかな……恥ずかしくなるから」
「なんで、声」
あどけない少年の声だったのに急に、囁かれる様な甘く柔らかな声に変わった。アドニールが上目遣いでじっと見つめてくる。なんだかやりずらい。これなら面をしてくれた方が良かったかもしれない。
「このお面は私の力で作ってるの。顔が分からないように、声も変わるように」
「なんでわざわざそんな事。アドニールは、その……女、なのか?」
俯く様に顔を下げ、こくんと頷く。改めて驚愕する。まさか女だったなんて。こんな事予想なんて出来ない。
「私はリナリア。リナリア・レテノール」
「リナリア?」
「うん、私の本当の名前だよ」
「じゃあ、アドニールは偽名なのか。なんで、男のフリなんて」
「ええっと、その方が私にとって都合がいいから……それは、今はいいの!」
顔の横の残り毛を揺らしふるふると首を振った後、俺に向き直る。リナリアが一歩俺に近づく。俺は一歩下がる。真っ直ぐな瞳が俺を見る。
「これから話す事を絶対に誰にも話さないでほしいの」
「まだ……あるのか?」
「私があの瘴気の中で目玉さんに教えてもらった事、貴方にも話しておきたい」
「……目玉さん」
「うん」
真剣な表情で力強く頷くリナリアを怪訝な目で見る。あんな不気味な奴に変な呼び方。まぁ、何でもいいけど。
あの時の事は思い出したくない。
そう、思い出したくないと強く思っていてもそれでも、話の内容が気になってしまい俺は頷く。リナリアは小さく頷き返した後、口を開く。




