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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第二章
22/111

22.夢と現実

 ばっと瞼が開いた。白の壁が目に映った。頭と胸が大きく脈打つ。

 頭が痛い。

 気分が悪い。

 ここはどこだ?

 俺はどうしたんだ?

 頭を抑えながら掛けられていた白い布を退け、ゆっくりと体を起こす。辺りを見渡す。

 どこかの部屋。白い壁。白いカーテン、大きな窓。そこから日の光が入り込み、細工が施されている木の床を照らしていた。白い天井を再び見上げ、今見ていた夢を思い出す。夢であったけどあれは遠い昔、確かにあった思い出だった……でも、最後カイトの顔は血濡れていた。憎悪を孕んだ瞳で俺を見ていたカイト。次々に思い出したくない記憶が掘り起こされていく。

 濃い紫色の霧、アドニール、目玉の瘴魔。自身の闇に飲まれた事。そして全身血だらけでうっすらと開いた光のない緑色の瞳……もう喋らないカイト。

 大きく首を振る。真っさらな自分の掌を見る。自分は生きてる。最後闇に飲まれた気がした。それなのに殺される事なく、変化もせず生きている。なら、夢だったかも。そうかきっと、悪い夢だったんだ。それなのにダラダラと垂れる汗が止まらない。部屋の扉が静かに開く音がした。

 

「ヴァンっ!! 目が覚めたの!?」


 カイリ張り上げた声がした。顔を上げるとそこには、今にも泣き出してしまいそうな顔をしたカイリがいた。手に持っていた布を落とて駆け出し、その勢いまま俺の頭に抱きついた。顔の横でわぁわぁ泣いている声が聞こえる。


「本当に、よかった。もう三日も寝てて……目、覚さないで。もしかしたら、このまま起きないんじゃないかって」


 三日? 俺は三日も寝ていたのか?

 

 そっとカイリの肩を掴んで引き離す。


「俺はそんなにも? どうして?」

「……覚えてないの?」

「覚えて……ないって……なにが」


 声が震えだす。だって、覚えてる事と言えばさっき脳裏に浮かんだ、思い出すのも恐ろしいこと。


「カイリ、覚えてないってなに?」


 俺はどんな顔をして聞いたのだろう。カイリは肩をビクッと震わせる。カイリの後ろで扉から誰か入ってくるのが、微かに見えた。扉を見る。そこにはキルが立っていた。キルを見た途端、押さえ込んでいた感情が溢れ出す。


「……キル」

「悪いけど、ちょっと外してくれる?」


 キルはカイリに部屋から出て行くよう促す。カイリは目を赤く腫らし、涙を目に溜めながらはい、っと返事をして静かに部屋を出ていった。キルがこっちに来る。俺は何故かキルを見る事ができなくて、また布を握りしめた手に視線を移す。


「気分はどうだ?」

「……よくない」

「そうか」


 それだけ返事してキルはそばにある立派な木の椅子に腰かける。腕と足を組みながら何も言わずにそこにいる。しばらく俺たちの間に沈黙が流れる。俺はその沈黙に耐えられなくなった。


「俺は、どうしたんだ?」

「あぁ、お前たちが帰ってきたのは三日前だ。激しい戦いに巻き込まれたみたいだな」

「それで?」


 俺の聞きたい事はそんな事じゃない。キルは一度視線を落としてから、神妙な面持ちで俺を見つめる。


「気を失ったお前をセラートが連れて帰ってきた……それだけさ」

「それだけって」

「とにかく、お前だけでも無事に戻ってきてくれてよかった」

「俺……だけ……」


 キルは一呼吸おいて、口を開く。それに体が硬直し、身構える。


「……カイトは、死んだよ」


 目の前が真っ暗になる。俺は奈落へ突き落とされる。


 ……あぁ、やっぱりそうなんだ。

 

 どんなに目を背け夢であったらいいと願っても、その現実は変わらない。キルの言葉に俺の心は音を立てて崩れ、壊れる。そして自責の念が這い出てくる。


「俺のせいだ……」

「ヴァン、一体何があったんだ? セラート達の話を聞いても、状況がよく分からない」


 俺は一通りの出来事をキルに説明した。俺を助けに来たせいで、カイトが連れて行かれた事。瘴気の中へ入った事。カイトの……最後。そして自分が、闇に飲まれかけた事。辛かった。話している途中何度も涙ぐんで胸が苦しくなって言葉が止まった。それでもただ黙って静かに俺の話をキルが聞いてくれたから、なんとか全てを話す事ができた。


「そうか……そんな事があったのか」

「だから、俺のせいなんだ。俺のせいでカイトは死んだんだ」

「違うだろ? お前は何も悪くない」


 そんな慰めはいらなかった。どう言われても、俺は自分を責める事をやめられない。どうしてカイトが死んでしまって、俺だけが生きてるんだ。


「……なんで、アドニールは俺を殺さなかったんだ」

「あいつの考えてる事はよく分からない。でも、俺は感謝してる。こうしてお前は帰ってきてくれたからな」

「……俺は……死にたかったのに」

「ヴァン」


 キルが露骨に声を上げた。キルにそんな風に名前を呼ばれた事がなかったので、肩がビクッと跳ねる。


「それは、カイトの思いを踏み躙る言葉だぞ」


 咎められるキルの言葉に胸がぎゅうと締め付けられた。俺は助けて欲しくなんてなかった。カイトが死んでしまうのなら、こんな死に方をしてしまうのなら自分が死にたかった。でも、それを口に出すのはキルの言う通りで、カイトの思いを無下にしてしまうのだろう。でも、思いってなんだ?カイトの命の上で生るほど、俺に価値なんてないのに。残された俺はどうしたらいいんだ。


「とにかくしばらく休め。お前の副長にはそう伝えておく」

「キルは……平気なのか?」


 言葉を口に出して俺は、心底酷いやつだと思った。平気なはずないのに、カイトが死んで悲しんでないはずないのに、それでもカイトの死に関して淡々した態度を取るキルに理不尽な怒りが湧いたんだ。キルは何も言わず席を立つ。そして俺に背を向ける。


「俺は泣かない。……俺が泣いたら、お前が困るだろ」

「キル」


 自分と言う人間が心底嫌いになった。俺はただひたすらに誰かを傷つける。キルは扉の方へ静かに歩き出す。ノブに手をかけ立ち止まり、扉に向かってしゃべり出す。


「カイトは遺体はないけどラースラに墓標を建てたんだ。あいつ母親が好きだったからな……また会いに行ってやれよ」


 俺は何も返事を返せなかった。キルは部屋から出て行ってしまう。バタンと閉めた乾いた扉の音が、静かな部屋に虚しく響き渡る。

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