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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第一章
19/111

19.見えない光

 どれだけの時間が経ったのだろう……。


 感覚がだんだんおかしくなる。ここに入ったことが今さっきの様にも感じられるし、もう永遠と彷徨っている気もする。

 心なしか寒気がしてきた。頭がぼうっとして少しだるい。さっきの馬のことを思い出す。

 

 俺もいずれ、あぁなってしまうのだろうか。

 

 瘴魔になった自分を想像するだけで、震え上がる。死んでも尚、誰かを襲う……そんな死に方だけは嫌だった。


 もしも、カイトが……そうしたら、俺は。


 大きく首を振る。ふと血生臭い匂いが鼻を掠め、コツンと足に何かが当たる。下を向く。真っ赤に染まった剣であった。前に視線を向ける。心臓がドクドク鳴り出す。そこにはファリュウスの騎士が横たわっていた。ひしゃげた体はとてもじゃないが生きているとは思えなかった。辺りを見回す。同じような騎士が何人も転がっていた。血がまだ滴り落ち、辺りを真っ赤に染めている。


「これは……」


 赤い海に足を踏み入れる。注意深く辺りを見渡す。誰もぴくりとも動かない。


 皆、死んでいるのか……。


 足元に水音を立てながら辺りを探す。


「カイトー!!」


 呼ぶ声は虚しく霧の中へ消えていく。


「カイトーっ!」


 返事はない。

 立ち止まる。


 きっと、ここにはいないんだ。


 探しているのに、その方がいいと思った。なのに、振り向き様に栗色の髪が視界に入る。


「――っ!! カイトっ!?」


 急いでそばに駆け寄る。何度も足をもつれるさせながら辿り着く。確認する。そこにいたのはもう、俺の知っているカイトの姿ではなかった。すぐに現実と受け止められない。震える足で、そばに近寄る。力のない体を起こす。小さく揺さぶりながら、力強く呼ぶ。


「カイトっ! カイト、頼むから……起きてくれ」


 動かない。動いてくれない。真っ赤に染まる瞼は静かに閉じている。


「カイット」


 頼む、起きてくれ。


 少し強く体を揺さぶる。


「カイトっ!!」


 ピクッと瞼が動いた気がした。


「カイト!?」


 瞼がピクピクと動き出した。薄ら開き、緑の瞳が見えた。自分が生き返った様だった。カイトの視線がゆっくり辺りを見た後で、俺を見た。口元が震える。口を開いたら、泣いてしまいそう。それでも、呼ばずにはいられなかった。


「……カイトっ」

「ゥ゛ァ……ン?」


 虚な目でじっと見る。そしてふっと口元を上げた。ひび割れた唇が小さく開く。


「さが……にぎてぐれた、の?」

「あぁ」


 目を覆いたくなる程の傷を負ってもそれでも、いつもの様に柔らかく微笑む。そんなカイトをこんな目に合わせたのは自分だ。


「カイト、すまない。俺の、俺のせいで」

「なに、いって……ゴホッ」


 咳きと同時に大量の血を口から吐き出した。


「カイト!!」


 一刻を争う。こんな時、治癒の力が使えれば少しはカイトを楽にしてあげられたのに。俺は何も出来ない。する事ができない。自分の無力さが憎らしい。なるべくカイトが痛がらない様に慎重におぶさる。

 

「ここから出て誰かに治してもらおう。もう少しの辛抱だ。頑張ってくれ、カイト」


 カイトは小さく頷いた。背がカイトの血を吸い生暖かくなる。焦燥にかられる。急ぎ足で霧の中を突き進む。


 でも、どこへ行けばいいんだ。


 視界の悪いこの世界で来た道を引き返すことは出来なかった。分からない。でも迷ってる時間なんてない。とにかく走った。背ではひゅうひゅうか細い呼吸が聞こえる。沈黙して霧の中を走っていると、カイトが話しかけてきた。


「ねぇ……ヴァ、ン」

「どうした?」

「ヴァンは……すごいね」

「なにが?」

「いつも……あんな敵を相手に……戦ってるんだね」

「……」

「大変、だったよ。あそこまで……いくの。それに……すごく、怖かった」

「――っどうして」


 どうして来たんだ、なんて言えなかった。そんな責めるような言葉を今のカイトにはかけたくはない。


「嫌な……夢、見たんだ」

「夢?」

「ヴァンが……闇にっ飲まれて……いなくなっちゃう」

「俺が?」


 そうか……だから、だからカイトはずっと憂いた目で俺を見ていたのか。心配してくれていたのか。でも、そんな夢のせいで、こんな事に。


「すごく、怖くて……もう……会えなくて」

「カイト」


 カイトが背をぎゅっと掴む。


「でも……よかった。守れたよ……ね? ――ゴホッゴホッ」

「カイト! 大丈夫か!?」

「……ん」


 それはもう消えてしまいそうな、吐息のような返事。


「もう、喋るんじゃない。あと少しだから」


 あと少し、あと少しとはどれくらい?嘘をついて、偽りの希望を持たせようとする。それは自分のためであったかもしれない。


「今度は、僕が……助けるからね」

「何言って……助けられてるのはいつも俺の方だ」

「そんなこと言うの……珍しいね。ここが晴れるの……かも」

「そんな訳ないだろ」

「でも、ね。光が……見えるんだ」


 その言葉に背筋がゾッとした。心の臓を握られる様な戦慄が走る。最悪が忍び寄ってくる。考えたくない。考えたくない。だからあっちに行ってくれ。


「そうか。でも、そんなものはない。お前の光……お前を待ってる人はここにはいないだろ」

「……うん。そう……だね」

「必ず連れて帰るから。だから」


 死なないでくれ。

 

 お願いだ、お願いだから。

 何だってする。悪魔にだって魂を売ってやってもいい。だから、誰か……誰か助けてくれ。


「か……助け、て」


 カイトが俺の思いと同じ言葉を口にした。胸が苦しくて、目から涙が溢れた。

 分かってる。分かってる、カイト。死にたくないって思ってる。愛する人が待ってる。あんなに幸せそうに笑ってたんだ。帰りたい。カイトはそう願ってる。


「分かってる。必ず、助けるからな」

「……ヴァン。ありがとう」


 微かな声でそう聞こえた。

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