17.追跡
何が起こった?
「……カイト?」
カイトは何処へ行ったのだろう?
心臓が大きく鳴る。
それとも、幻だったのか? 夢だった?
心臓が大きく鳴る。
でも、この赤いものはなんだろう?
激しい吐き気に襲われる。
「うっ……ゔぇっ」
地面に吐く。呼吸がうまく出来ない。頭が痛い。動悸がする。揺れる視界でもう一度見る。
分からない、ワカラナイ。
夢が現実かわからない。曖昧な感覚。でも、じわじわと赤は広がっている。
「……カイ、ト」
行かないと。
上手く歩けない。足がもつれる。ガクッと膝が揺れ、地に倒れ込む。顔だけ上げた。
……カイト。
手を伸ばした先、地にべったりと広がっていた掌が握った。骨が折れる嫌な音がした。戦慄する。赤に染まった拳がゆっくりと持ち上がる。唖然と眺める。指の隙間から赤い液体が滴り落ちる。指の隙間から真っ赤に染まった腕が見えた。
あれは、誰の手?
「ヴァン!」
それは聞こえただけ。俺はもう体を動かす事を放棄していた。頭上に何が走った。青い光。水流が渦を巻き、一直線に黒い手へ向かう。それは、届かなかった。届く手前で宙へと引っ張られ、黒い手は引き返していく。
「くそっ!!」
そばでセラートの怒号が聞こえた。周りを見た。いつの間にか皆がそばにいた。隊員達は呆然と宙を眺めている。
「まじ……かよっ」
「まさか、カイトさんが」
「ヴァン」
俺を見下ろすカイリと目が合う。恐怖と絶望を孕むその瞳に、夢から覚めた気がした。
連れてかれた。カイトが……本当に、夢じゃなくて。本当に。
優しく微笑むカイトの顔が脳裏に浮かんだ。
「カイトっ!!」
誰かの馬に飛び乗り、カイトの後を追う。後ろで皆が呼び止める声が聞こえた。
前方には瘴魔が壁を作る様に行手を阻んでいる。そこへ疾風を放つ。とにかく前へ前へと放ち続けた。疾走している途中、突如前方に火の塊が落ち凄まじい爆発が起きる。
手綱を引く。
馬が足を大きく上げ止まる。
燃え盛る炎の中、グネグネと奇妙な動きをした影見えた。その影が大きくなり姿を現す。
血管を浮き上がらせた青白い肌。皮膚の所々が溶け腐敗した異形。小さな体とは対称に大きく発達した腕をずりずりと引きずりながらとこちらへ来る。濁った目玉かギョロギョロと動き、こちらに気づいた様に視線を留めた。
「アァッーーギィャア゛ーー」
頭に響く奇声を上げ、ものすごい速さでこちらに向かってくる。その一体を合図に周りの瘴魔もこちらめがけて飛び込んでくる。
「ーーっ! お前らの相手をしている暇はない!」
剣に加護の力を込める。俺の属性、風の力。
"僕と属性同じだね"
何故か昔カイトが俺にかけた言葉が蘇る。
必ず助ける!
剣身に風を宿す。渦を巻く。それを瘴魔向け横に一振りする。
放たれた風は刃の様に空気を裂き、そのまま瘴魔の体を切断していく。支えを失った体は崩れ、紫の液体を吹き出させる。
道が開けた。
馬を走らせる。
道を塞ごうと迫る瘴魔の頭部を次々とはねる。アギャっとかグギャっとか小さな悲鳴が、頭が飛ぶのと同時にした。
目の前にいる敵のみ斬りつけ、無我夢中で走り続ける。上を見上げる。先程まで目視できていたカイトを握った拳は、するりと瘴気の中に入り消えてしまった。
「くそっ!」
前を見る。瘴気との距離は近い。風が瘴気へ強く引き込まれる。大きく渦を巻く霧。そこには閃光が走る。
――中に入れば二度と出られない――
――瘴魔に変化する――
頭をかすめる最悪な言葉を無理やり振り払い、瘴気まで走り続ける。
「ヴァン!!」
風の中、誰かが呼ぶ声が小さく聞こえた。
振り向く余裕なんて今はない。敵を斬る。
「ヴァンっ!!」
また、誰かが呼んだ。さっきよりはっきり聞こえた。走りながら背後に顔を向ける。白い馬に乗るアドニールがぐんぐんと距離を縮めてくるのが見えた。また俺の名を呼んだ。あの時は気のせいではなかった。でも、今はそんな事はどうでもいい。前に顔を戻す。
「どうしてここにいるの!? でも、無事で良かった。防壁が壊れたのを感じたから何かあったのかと」
すぐ後ろで聞こえた言葉に胸が締められる。あのままこいつの言う通り、あそこにいれば良かったのだろうか。そうしていたら今もカイトは無事だったのだろうか……こうなったのも、全部俺のせいだ。
「どうしたの!? 止まってっ! 引き返してっ! このままだと瘴気に当たってしまう!」
「……」
「聞いてるの!? どこへ行くつもりなの!?」
「……」
敵を斬る。
早く、早くカイトを助けないと。
「ヴァンっ!!」
うるさいなっ!
「カイトを助けるんだっ!」
「えっ!? ……カイト、さん」
瘴気は目の前だ。
中では何が起こるか、どうなっているのか分からない。でも、このまま突っ込むしかない。速度を上げる。
「待って! なら私が中に入る! 貴方はダメっ!! お願いだから引き返して!! ヴァンッ!!」
アドニールの声が急激に遠く聞こえた。そのままの勢いで俺は濃い紫色の霧の中に突っ込む。




