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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第四章
111/111

110.最愛の人

 眩い光に包まれ目を瞑る。

 次の瞬間、開けた視界に映ったのは闇。

 暗明の差に頭がぼうっとして、思考が定まらない。

 壁……いや、天井か……。

 そこへ手を伸ばし宙を握って、開く。

 あぁ、これは現実で……夢から覚めたんだ。

 顔に手を落とし、指の隙間から見慣れた天井を見つめる。

 

 懐かしい思い出だったな。

 

 あの時は面倒なことに付き合わされたくらいにしか思っていなかったのに、今は無性にあの頃へ戻りたくなる。

 今だにこの世に留まっていたとしても、俺はもうカイトに会うことは叶わない。

 だから夢でも会えて……本当にただの夢だったのか?


『風が吹くから』


 昔カイトがそう言った記憶がない。

 それに口が動いて、まだ何かを言っていた気がする。

 何を伝えようとして、カイトは消えてしまったのか……。

 

 窓を見る。

 締め切った窓から漏れる光は月明かり。

 眠りに落ちてそれほど時間は経っていないはず。

 ゆっくりと体を起こし、さっきから物音一つしない部屋の中を見渡したす。

 

 君も……行ってしまったんだな。

 

 やり場のない感情が溢れ出る。

 行ってしまうことは分かっていた。

 それでも今はそばにいて欲しかった。

 君はどんどんと先へ行き、俺を置いて行ってしまう。

 

 君は一人でも大丈夫なのか……なら、俺はなんのためにいるのだろう。


『じゃあ、貴方が道に迷う時は、私がその希望になる』


 泥だらけのローブのあいつが言った言葉が不意に蘇る。他人の言葉なんてもう、何の意味もないのに。

 

 きぃっと扉を開く音がして、誰か中に入ってきた。

 こちらへ近づいてくる足音が聞こえても、身構えることなく俺はただ座っている。

 敵かもしれないのに無防備なのは、どうしてだろう。

 視界に現れたのは……え?

 目を疑ってしまう。

 どうして、ここに。

 お互いに驚愕した間のあとリナリアは、丸くした目を細めそわそわしだす。

 

「あ、あの、起きてたんだね」


 まだ夢を見てるのだろうかと思ったが、彼女の声ははっきりと聞こえた。手に持つ紙袋で顔を隠しながら近づいてくる輪郭も、幻ではなく確かにここにある。


「リナリア……なのか? 帰ったんじゃないのか」

「あのね、ヴァン何も食べてなかったから起きたらお腹空いてると思って。だから」


 はいっ!と、目の前に紙袋を突きつけられる。


「なんだ」

「今日は買えたんだよ。でも、これで最後で」


 気まずそうに笑いながら彼女が開いた紙袋から甘い匂いが広がる。

 覗くと大きなシュークリームが二つ。


「一緒に買いに行こうって、約束とは少し違っちゃったけど一緒に食べようと思って」

「……今か?」

「早めに食べたほうが美味しいんだよ。もしかしてお腹空いてない?」


 起きてすぐ食べるものじゃないし、正直全くお腹は空いてない。だが、彼女は期待の眼差しを向けてくる。


「いや、ちょうど空いてたから今食べるか。ありがとう、リナリア」

「うん!」

 

 無邪気に笑う君を久しぶりに見た気がして、さっきまでの絶望が嘘のように消える。

 締め付けられていた胸が解けていき、今は愛おしさしかない。眠らされた気はするが不問にしよう、なんて甘いだろうか?本当に君には振り回されてばかりだ。

 

 

 待ちきれないと言わんばかりにリナリアは長椅子に座り、紙袋から丁寧にシュークリームを取り出す。

 横に座るとはい、っと言って手渡してくれた。

 受け取るとずっしり重い感触。中にかなりクリームが入っているみたいだ。

 この前ここ店で買ったパイは、全然味がしなかったな。これはどうだろう?

 いただきます、っと頬張る彼女を横目に俺も一口。

 薄皮の中に詰まった濃厚なカスタードクリームの甘さが口いっぱいに広がる。鳥肌が立つ。

 

 甘すぎるっ。

 

 普段甘いものを食べない俺には気が滅入るものだ。

 反してリナリアは目尻を下げ美味しい、とシュークリームを頬張っている。

 嬉しそうだな。

 食べることは不要だと言っていたのに、以前と変わらない笑顔。

 君を君でいさせてくれることが嬉しくて、口に残っていた甘さは甘美なものに変わる。

 

「ここのお店はどれを食べても美味しいな。今度はケーキ買おうかな! いちごがたくさん乗ったタルトがあってね、ヴァンも食べてみたい?」

「そうだな」

「ふふ、ヴァンも結構甘いものが好きなんだね」

「いや、そうじゃなくて。君と一緒なら食べたいと思っただけだ」

 

 そう君が隣で笑ってくれるのなら、何を食べても美味しいと思えるから。

 リナリアは目を逸らす。

 と、思ったが下に動いた視線は戻り、真っ直ぐに俺を見てはにかんだ笑みをこぼす。


「じゃあ今度は、ヴァンの好きなもの一緒に食べよ」

「俺の? いや、特にない」

「ないの? でも、お菓子は好きなんでしょ?」

「別に」

「……ふーん」


 不満そうな声色でそう言うと、リナリアは再び食べ始める。

 俺は味わいながら食べる。

 お互い特に話はしないが、やっぱり居心地は悪くない。

 幸せな時間。

 ずっとこうして隣にいてほしいが、彼女は多分この為に戻ってきた訳じゃないだろう。


「なんで戻って来たんだ」

「え?」

「寝たらもう行くと言ってただろ。本当にこれが理由か」


 最後の一口を口へ放り込む。

 リナリアも同じタイミングで食べ終え、もぐもぐと頬を動かしながら天井を眺める。

 ごくと喉を通したあと、顔を下に向けそうじゃない、っと呟く。


「あのね、話したいことがあるの。聞いてくれる?」

「あ、あぁ。なんだ改まって」

「嘘を、ついてたの」

「嘘?」

「うん、二つ。ん? 三つかな、四つ……これは嘘なのかな」

「そんなに……あるのか」


 独り言を呟きながら指折って数えている彼女を見ていると胸が重くなる。

 聞いてほしいってそういう話なのか。

 しかも、まぁありそうで。

 彼女をずっと遠く感じたのはきっとその嘘のせいなんだ。

 折っていた指をぐっとリナリアが握り締める。

 はぁと深く息を吐きあのね、っと胸に手を当て話し始める。


「まず一つ目なんだけど、このネックレスのこと」

「それが?」

「うん。気に入ったからって言ったけど、違って。本当は……ヴァンとお揃いにしたくて買ったの」

「え、お揃い?」


 こくこくと素早くリナリアは頷く。


「憧れかな、すごくいいなと思って。でも、ヴァンが嫌だったら恥ずかしかったら私は外すから、貴方にはそのままつけていてほしい」

「……はぁ」

「ご、ごめんなさい! やっぱり、嫌だったよね」


 なんだ、そんなことか。

 身構えていたが可愛らしい嘘にほっとして、ついため息を吐いてしまった。

 あわあわと、急いで外そうとする彼女の手を掴みそれを阻止する。

 襟元からぽろりと落ちたそれは、今の自分の気持ちを表しているような輝きに見えた。


「嫌なんて思ってない。だから君もそのまま着けていてくれ」

「いいの?」

「当たり前だろ。まったく、こんなこと隠さなくてもいいのに」

「だって恥ずかしくて、いい辛くて……でも、そう言ってもらえてよかった。同じ物を持ちたかったから。それで、二つ目なんだけどね」


 間髪入れずにリナリアは次の嘘を告白しようとする。

 喜びに浸る間もない。

 彼女は真剣な目をして、息を飲み躊躇してる。

 今度は重い隠し事なのか……はぁ、嫌だな。情緒が不安定になる。

 

「あのね、覚えてないって言ったけど……本当は覚えてたの」

「なにを」

「昨日、昔会ったローブを着た人を知ってるか聞いてきたでしょ」


 そう言って、リナリアはローブの中に手を入れ、取り出したそれをしぶしぶ俺に差し出す。

 小花柄のカバーを被せた本。

 受け取りまじまじ見つめるが、カバーのせいで何の本かは全く分からない。


「それは……私だよ」

「は、え」

 

 予想外のところから受けた衝撃に、おかしなところから声が出た。


「勝手にとってごめんなさい。もっと早く返すべきだったのに、私の自分勝手な理由で返すことができなかったの」

 

 あーー、ん?……っえ?

 やっぱり君だったんだなって納得よりも、本当に?という驚愕した思いで思考が停止する。

 ただ混濁した頭の中、過去の記憶、確かに君が笑う顔を鮮明に思い出せた。

 ずっとそうだったらいいと思っていたのに、どうして今更よく見えるのだろう。


「怒ってるよね。勝手に取って、泥棒だからその……嫌いになった?」

「そんなわけないだろ。でも、別に珍しい本じゃないのにそんなに欲しかったのか?」

「ヴァンはあの時のこと覚えてるの?」


 うっ、まさかそう質問返されるとは。いや、まぁそりゃ聞かれるよな。

 正直うる覚えで、全て覚えているわけじゃない。

 彼女は悲しむかもしれないが、誤魔化してもバレるのは必至。


「すまない。実はあまりよく覚えていない」

「そう」


 しょんぼりとして、やはり残念そう。こちらから聞いたのに、申し訳ない気持ちになる。

 だが、はっきりと覚えていることもある。

 花をあげた時の君の笑みと、そして。


「だが、俺が迷った時は君が希望になってくれると、そう言ってくれただろ」

「あ、うんっ!」


 瞳を輝かせ、リナリアは嬉しそうに笑ってくれる。

 よかった、よかった。


「覚えててくれたんだ、嬉しいな。あのね、その本が欲しかったのは希望が見つかる気がして……ううん、違うかな。持っていたら会える気がして、きっと貴方にまた会いたかったからなんだと思う」

「そうか」

「あとね、貴方にもらったお花は栞にしたの」

 

 栞が挟まったページを開くと、栞には白と淡いピンクの花色の押し花が飾られていた。

 これを俺が彼女にあげたのか。

 もう、十数年前のことなのに……こんなに大切にしてくれていたんだな。いやしかし、こんなに綺麗に保てるものなのか?

 ふと目に止まる一文。


――君にとって希望になる人が、必ず現れる――


 もう……この本は俺が持つべきではない。

 本を閉じ、そのままリナリアへ差し出す。


「これは、リナリアにやる」

「え!? どうして」

「俺が持っているよりも、君が持っていたほうがいい」

「そんなことないと思うけど。もともと貴方のものなんだから」

「もう君にあげると決めたんだ」


 渋っている彼女に押し付けると、困惑しながらも受け取ってくれた。そして、じっと本を見つめていた瞳が嬉しそうに笑ってくれる。


「あ、ありがとうヴァン」

 

 可憐な笑みがあの日を想起させる。

 花嫁を見つめながら君は、大勢の人間がいる世界で出会い、お互いを好きになることは運命だと言った。

 そんな君にあの時は漠然とした思いを抱いたが、今はそう確かに運命だとそう思ってしまう。

 それが嬉しいという感情がようやく湧き出した。


「実は、この本が私のお守りなの。ずっと持ってたから、失くなっちゃうのが本当は寂しいと思ってて」

「これが、君の?」

「うん。辛いことや悲しいこと、挫けそうなときはいつもこの本に勇気をもらってたよ」


 そう言えばジュンが、大型の瘴気が出現したあとアデルダへ行く代わりにリナリアは、トワにお守りを預けたと教えてくれたな。


「反対を押し切ってアデルダへ来る時だけトワに預けたんだろ」

「何で知ってるの?」

「ジュンがそう言ってた」

「そう。あの時はとにかく行かなくちゃって、貴方のこともキルのことも心配だったから。でも今思えば忘れていても結んだ約束を、果たしたかったからなんだと思う」

「希望になると言ってくれたことか?」

「……うん、それもあるよ」


 含みのある言い方をして、リナリアは表紙に手を当て思い詰めるような目をする。


「本当に本当にいいのかな」

「なにが?」

「貰ってもいいのかなって。ヴァンもこの本に思い出があるでしょ」

「君ほどない」

「でも、お父さんに買ってもらったものだし」


 リナリアは父からもらった物だと知ってるのは、記憶にないがそんな話をしたからなのか?

 だから気を使うのだろうが、もう返してくれとも思わないし……なら、そうだな。

 ジュンの話をして一つ思い出した。


「なら代わりに一つ、願いを聞いてくれないか?」

「お願い? この本をもらう代わりってこと? 私ができることならいいけど……なに?」

「俺も君のことをリナって呼んでもいいか」

「えっ!!」

 

 ジュンが親しみを込めて呼ぶその名が羨ましかった。彼女の特別だと聞こえて。

 やっと君に近づけた気がしたから、だからもっと近づきたくてつい。

 リナと呼んだ彼女は俯いてしまう。


「そんなことでいいなら、いいけど……少し恥ずかしいな」


 そう恥ずかしがられると、こちらも羞恥に顔を塞ぎたくなる。

 

「ヴァンにはいつも驚かされるな」

「驚かすようなことを言った覚えはないが」

「なら貴方は素直な人なんだね。私とは違って、すごいなって尊敬するよ。だからね、貴方を見習うことにしたの」


 そう言って彼女は立ち上がり、俺の前に立つ。


「ヴァン、私は私だって言ってくれてありがとう。すごく嬉しかったのに素直になれなかったのは、貴方のそばにいて幸せを感じることが怖かったの。そんな資格がないと思ったし、その温かさに溺れて取り返しのつかないことになるのが嫌だった。でも、貴方をきっと傷つけた。だから、ごめんなさい」

「リナ」

「……これでおしまいだよ。最後まで聞いてくれてありがとう」


 話せてよかったと満足そうに笑う彼女の思いに胸が詰まる。

 これで最後と言う君の嘘に、一人で戦うという言葉はないということは……。


「君の決意は……変わらないんだな」


 重くなった空気に流れる沈黙は肯定。

 安堵で綻びを見せていた彼女の顔が、意思を秘める凛とした表情に変わった。


「……これだけは、どうしても私がやらなくちゃいけないことだから。でもね、我儘だってことは分かってる。守りたいって、貴方には押し付けでしかないのかもしれない」

「俺は……守られたくなんかない。大切な人を守る側になりたいんだ」


 キルとカイト、そして君を。

 ずっとそう思って生きてきたのに、それなのにカイトは俺を守って死んでしまった。

 俺のせいで傷つくのなら、守って欲しくなんかない。

 誰も守れないことが、惨めで不甲斐なくて情けなくて、そんな自分が大嫌いだ。


「うん、分かってるよ。私もずっとみんなを守るために戦ってきたから」

「大切、だからか」

「どうなのかな。それが力を持った者の責務で、立場からの責任だって自分に言い聞かせてきたから。だから、生きることを諦めた。神様と一つになって悪魔を倒すことが最善だと思ったから。……私は今も、それは正しいって思ってる」


 正しいって、それじゃ君は。


「まだ、迷ってるのか」 

「ううん、違うよ。それでも私は生きることを選んでしまったの。世界を一緒に見て夢を叶て、未来を貴方と生きたいと願ったから。例えそれが恥じるべき愚かな行いで、罪深くとも私は今生きるために戦いたい」

「なら俺は、君に何ができるんだ。何もせずにただ帰りを待つことしかできないなんて、俺は君を守る為に戦いたい!」


 吐いた願望の余韻は、虚しさしか残らない。

 自分が死んでも守りたいという思いの先は、彼女が描く未来ではない。

 分かってる。

 失うことに、一人になることに耐えられなくて我儘を言っている

 共に戦っても守るどころか足手纏いになる。いつまでもできやしないことに駄々を捏ねていても意味がない、困らせているだけだ。

 それでも受け入れてしまったら、俺はなんのために……。

 ずっとがむしゃらに剣を振るってきたこの手は、何を得ることができたのだろう?

 空の掌を力一杯握りしめる。

 溢れる悔しさは肉に爪を立て、痛みに表すだけで何もできない。

 そんな哀れな手を、彼女が握ってくれる。


「私は、ヴァンがいるから戦える。貴方と初めて出会った時から、ずっと貴方は私の希望だから」


 健気な君の言葉には罪悪感すら覚える。

 俺は覚えていないのに。

 君にそんな大層なことをした記憶はないのに、眩い瞳をして……。

 炙り出された恐れは、躊躇なく口から溢れた。

 

「俺は君を守ることが、できないのにか」

「私はヴァンからたくさんのものをもらってるよ。それが、私を私として生かしてくれた。だから、貴方が思うよりも、貴方は私を守ってくれてる」

「それでも君が戻ってこなかったらと思うと、どうしようもなく怖いんだ」


 もう戻らない弱音に、後悔した。

 それを表すかのように、窓から差し込んでいた月明かりが消え、一層部屋の中が暗くなる。

 でもそれでよかった。

 未来を見据える瞳に映る俺は、きっと酷く情けない顔をしているだろうから。

 目が慣れれば、何となく彼女の表情を読み取れる。

 案の定困った顔をしていたが、何故かリナは口元に笑みを浮かべた。


「ならもし、そうなったら」


 は!?

 いやいや、笑って言うことじゃない。


「もし? もしってなんだ!」

「えぇっと違うよ! 負けるとかそういう話じゃなくて、なんて言ったらいいかな。例えば迷った時があって、帰って来られないことがあったら」


 え!帰って来られない!?

 

「そんなことがあるのか!?」

「あのね! 例え話だから! もし、もしね、そんな時があったら貴方が迎えにきてくれる?」

「迎え? 俺が、君を?」

「私は貴方の元に必ず帰るから」


 約束っ、とぎこちない笑みをしながら、立てた小指を差し出してくる。

 この手を取ったら俺は、諦めなくてはならないんだ。

 俺の前から消えてしまうかもしれないと、彼女を信じ切ることがまだどうしてもできない。


「俺は……」

「貴方に嘘をつきたくないと言ったのに……嘘をついて、寄り添おうとしなかった私を今はもう信じられないかもしれない。それでも、私はずっと貴方の光であり続けたいと思ってる」


 願いを秘めた瞳。

 なんだか胸が……。

 まだ胸に何が芽生えたのか定まらない中で、見つけた疑問。

 

 俺は彼女に何をしてあげられる?


 俺が迷った時には希望になると言ってくれた。

 君はその通りに、確かにいつも希望になってくれた。

 殺してくれと願ったが、反して生きる道を示してくれた。

 こんなどうしようもない、悪魔である俺を好きと言ってくれた。

 そして、こうして胸の内を話す為に戻ってきてくれた。

 

 君が迷うなら……答えはもう出ているはずだ。

 リナが望むのなら、応えるべきと。

 君が希望だと言ってくれるのなら、俺もそうであり続けたい。


 道を示してくれたキルの力になりたくて、頼られたくて強くなろうとした。

 そばにいても文句を言われない地位と力があればいいんだと。でもその求めた強さは欲した強さとは違っていたのかもしれない。

 自分が嫌いで、一人でいいと他人を突き放し生きてきた。その卑屈からの自信のなさはいつしか踏み出す勇気を失わせていた。

 ……その強さがあれば、今また違った未来があっただろうか。

 目の前に差し出された手を握ると、彼女の体が僅かに跳ね苦笑をする。


「あの、指切りだよ」

「約束はしない」

「へ……あ、あの」


 床に片膝をつき、取った手に額をあてる。

 世界を破壊する悪魔の血を引く俺が、世界を創生した神の半身である君に誓うならばこうするべきだとなとなく思ったから。


「約束じゃなくて俺は誓うよ。リナがどこにいても俺が必ず迎えに行く」


 俺のために君は戻ってきてくれた。ならば、俺も君が前へと進めるように背を押さなくては。

 大丈夫だからといってカイトは、いつも俺の背を押してくれた。

 辛くないと言えば嘘だ。

 それでも虚勢を張ってでも彼女を送らなければ。

 カイト、俺にもできるか?

 そう……言えるか。








「……君ならできると、信じてる」

「――っ、うん……うんっ、ヴァンっ!」

「うわっ!」

 

 急にリナが飛び込み抱きついてくるものだから、バランスを崩し床に腰を落としてしまう。首に回してきた腕にぎゅうぎゅう締められ少し……苦しい。


「リ、リナ」

「ひっく、ヴァン……ありがとう」

「……あぁ」


 涙ぐむ彼女を抱きしめながら、そっと頭を撫でる。

 

 これが今、俺が彼女にしてあげられることなんだ。

 

 感情を押し殺し、そう何度も言い聞かせた。

 リナが体を押し、離れ、涙を溜めた瞳で俺を見上げる。

 

「貴方がそう言ってくれたら私は、もう何も怖くないよ」


 流れた涙を拭おうと、頬に手を当て親指でそっと掬う。

 

 俺は……怖いよ。


 だから一つ、我儘を。


「ヴァン?」

「君のことを待ってる。だから……今夜だけはそばに居てくれないか」


 驚きの色を見せるリナが、俺をじっと見つめているのがよく見えた。

 あぁ、雲が過ぎて月が出たのだろう。

 光が部屋へ満ちると涙を留めた丸い瞳が三日月に変わり、また一つ流れ落ちる。


「うん、一緒にいるよ。ヴァン、大好きだよ」

「リナ、俺は」


 熱を帯びた青い瞳が瞼に隠された。

 俺は君を愛してるってこそばゆい言葉を喉の奥へと隠し、代わりに唇を重ねた。

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