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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第四章
110/111

109.取り返しのつかないこと(リナリア視点)

 眠るように呪いをかけた貴方は、憂いのない穏やかな顔をしてる。


 もう、全然寝ないんだから。この前はすぐに寝ちゃったのにな……。

 

 ごめんね。こうしないと私は、いつまでも貴方のそばにいてしまいそうだったの。

 頬にかかる、さらさらの黒い髪を耳にかける。

 ドキドキと鼓動を鳴らし、体を熱くする欲求。

 触れたい、触れてほしいという思いは今の私には不要なものなのに、そばにいると溢れそうになる。


『だってヴァン苦しい顔ばかりじゃない』


 カイリさんのいう通り、そうさせたのは確かに私だ。私がもっと強ければ、貴方は笑ってくれたのかな……。

 


 大好きな温もりから離れ、静かに部屋を出る。

 後ろ髪を引かれる思いは最後まで消えない。

 扉の向こうにいる貴方のことを思うと……世界が滲んで見える。

 溢しそうになった雫を手で拭い、足を落とすように一つずつ階段を下りる。

 アパートの扉を開けると、まだ眠らない町のざわめきが私に悲壮感を与える。

 絶対に失敗できない、私がみんなを守らないと。

 一人でも大丈夫。

 勝てばヴァンもきっと、笑ってくれるから。


 貴方と笑い合える未来を想像しながら小さな歩幅で進むと、ぞわりと背を撫でられるような感覚。

 闇が背後に現れた。

 この感じ。

 構えず振り向く。

 やっぱり、フォニ。

 アパートの壁にもたれかかってフードの中から、なんか嫌な目で見てくる。また、オレンジ色の服を着て。


「なんの用」

「いえ、用というほどでは。ただこれで良いのかと思いまして。お兄さんは嫌だったのではありませんか」

「なんで、そんなこと……まさか、見てたの!?」

「これでも僕も、貴方のことを心配していたんですよ」

「貴方に心配なんて、されたくないって言ってるでしょっ!」

「ふふ、そうですね」


 楽しそうに笑って。

 フォニはいつも好きなことばっかり喋って、置いてけぼりにして、俯瞰されてる気持ちになる。


「私のことはほっといてよ」

「置いて行くのは、貴方の為ですか」

「え? 何言ってるの」

「そのままの意味ですが……分かりませんか?」

「わ、分かるけどっ!」

「なら、答えられますよね」


 ば、馬鹿にされてるっ!


「もう! 私はヴァンを巻き込みたくないのっ! 傷つけたくないのっ! だから、こうするの! 分かった!?」


 相手にしたくなかったけど、つい声を上げちゃった。

 フォニは理解不能と言わんばかりに首を傾げる。


「それは、貴方だけの願いなのでは」

「そんなことない! 私が悪魔を倒したら、一緒に世界を見て夢を叶えて、そんな世界を彼も望んでる!」

「だからと言って、この時間を取り返せるわけではないのですよ」


 そ、そんなこと……分かってる。

 って、どうして言い返すことができないんだろう。

 ううん、別に深い意味なんてない。

 そもそもなんで、フォニに怒られるようなこと言われなくちゃいけないの。


「なんで貴方に、そんなこと」

「時を司る神であった父さんは、常々そう思っていました。ですから僕も、思いに従ったほうが後悔しないと思いましてね」

「私は、貴方に言われなくてもそうしてる」

「そうですか。では、余計な問いでしたね」


 なんなの、そう言うくせに何か言いたげな顔して。

 

「なんなの。言いたいことがあるならはっきり言ってよ」

「僕は、そうですね。貴方はお兄さんも望んでいると言いましたが、それは未来の話であって今ではないと言うことです」

「それの何がいけないの」

「そもそも置いて行く貴方のことをお兄さんがずっと思ってくれると、その自信が僕には理解できないです。この世に不変なものなんてないというのに」

「なにそれ。ヴァンが私を嫌いになるって言いたいの。ヴァンはずっとそばにいてくれるって言ってくれた!」

「それは好意の甘えでは? そもそも100と1。選んだ1を必ず救えるとも限らないのです。未来も大切ですが、それを作る今こそ重要だと僕は思うのですが」

「その未来をっ、たくさんの人から奪ってきた貴方なんかに言われたくないっ! それに、私が負けると思ってるの!?」


 やれやれとフォニは肩をすくめる。

 それが、私の苛立ちをさらに募らせる。


「貴方はあの人には似ていない。ですが、やはり似ているところがあります。自分が絶対的に正しいという傲慢さと、己の力を過信しているところがそっくりですよ」

「!!」


 雷が落ちて来た衝撃。

 ひ、酷いっ。

 さすがに酷すぎるよっ!

 体がわなわなと震える。

 怒りのあまり言葉が出ないとはまさにこのこと。


「それ故に父さんに足元をすくわれ、このような状況になったことを忘れないでください」

「私は別に、過信なんてしてない。自分の弱さは分かってる! だから、一緒に戦えないの。絶対に守りきれる自信がないから、何かあったら私は……それにこうなったのも私の責任なのっ! 失敗は絶対にできない!」

「なるほど」


 そう言ってフォニは、視線を落とす。

 よし!これで、納得したよね。もう何も言い返してこないはず。


「以前話したこの服を、僕にくれた人間が言っていました」


 あぁもう、またよく分からない話っ!


「置いていかれる方が辛いと……そうさせたのは僕です。この胸元にいるネズミ、僕はよく分からないですが彼は好きだったようで、英雄、らしいですよ。ネズミは決して強くない。ただいつでも他人に寄り添う姿勢に、感銘を受けたそうです」

「そう」

「彼はそんな人になりたかったと最後、僕に言いました」

「その人は可哀想だけど、その話、今私に関係あるの」


 酷く冷たい言葉を……どうして私は、こんなに苛立ってるの。


 ……違う。

 

 きっとその人が無念を抱いて死んでしまって、可哀想だと思ったからこんな気持ちになるんだよ。

 私はちゃんと彼のこと理解してる。守りたいって彼のそばにいるよ。


『余計なお世話なんだ』


 前彼に言われた言葉が、今の私に叩きつけられる。お願い、今はそんなこと言わないで。


「貴方がお兄さんを守ろうとしていることは分かります。ですが」

「分かってるなら、もうなにも言わないでよ! いつも好きなことばっかり話して、何も知らないくせにっ!」


 怒声を浴びたフォニは、静かに目を瞑る。

 やっと黙らせることができたけど、溢れ始めた思いは止まらない。


「私は、ヴァンにはずっと彼のままでいてほしいの! このまま戦いに巻き込んだらヴァンはきっと悪魔になる」


 命に代えてもなんて言われて、私はそんなこと望んでないのに。


「そんなの嫌、私のせいで彼が壊れてしまったら」

「それなら、悪魔封じをすれば良いのでは」

「悪魔封じ……って、なに、言ってるの」

「貴方ならお兄さん程度、造作もないことでしょう。知らないのであれば教えてあげましょうか? 父の記憶にありますので」


 悪魔封じなんて、ヴァンにできるわけない。

 刻印を施し、悪魔の力を閉じ込めたら彼は自分の身を守る術を失ってしまう。

 だけど、危惧していたことが現実になった。

 やっぱり知っていた。

 ルゥレリアの記憶がある私だって知ってるし、それでカルディアを一時的に押し留めようかと思っていたけど……フォニが知っているのならカルディアも。


「どうしました?」

「……それは、したくない。ヴァンの力は加護じゃなくて、悪魔の力だから力を奪ってしまうことになる。それに彼を否定してしまう気がするから」

「そういうものですかね?」

「貴方には、分からない」


 そうかもしれません、っとフォニは言う。

 逃げるような言葉を吐いたにも関わらず、フォニは不敵な笑みを浮かべる。


「貴方が守り切る自信がないのなら、僕がお手伝いしますよ」

「え?」

「いざという時には、僕がお兄さんを守ります」

「なに、言ってるの? なんで、貴方が」

「兄さんにはして欲しいことがあるので、これは僕の願いからですよ」

「願い? なにそれ、ヴァンに何する気なのっ!」

「そんな怖い顔しないでください。貴方が想像するような悪いことはしませんよ」

「フォニ!」


 壁から離れ、フォニは背を向ける。


「ちょっと! どこに行くの!」

「それに、そばを離れないほうがいいという理由は他にもあります。お兄さんはもしかしたら、カルディアへ辿り着くかもしれません」

「ヴァンが!? なんで、どうして」


 ヴァンは腕輪を使えないし、この腕輪も、もう。


「お兄さんのそばにいるのは、貴方だけではないということです」


 モヤモヤと黒が胸の中に渦巻く。

 私だけじゃない。

 その言葉に悲しみと切なさ、あと誰なの!っと言う苛立ちが胸に湧く。

 これは、嫉妬なのかな。


「貴方が、置いていかれないといいですね」

「ヴァンは、私を置いていかない」

「そうでしょうか? 先にそうしたのは、貴方なんですよ。約束は守りますからどうか、悔いのない選択を……そういえば、お兄さんは貴方のことを覚えていましたか?」

「なんの話」

「貴方が希望をもらったあの日の出来事ですよ」


 覚えてないと言った罪悪感に胸が締め付けられる。

 嘘をつきたくないと言ったのに、私は私を守るためにそれを破った。


「ヴァンはなんとなく覚えてそうで、聞かれたけど……覚えてないって言ったの」

「何故ですか? せっかくの美しい思い出ではありませんか」

「だって」


 私は、ヴァンの大切な本をとっちゃったから。


「……嫌われたく、ないから」


 はぁ、と盛大なため息を吐き、フォニは頭が痛いと言わんばかりに首を振る。


「……めんどくさい人だ」

「え、なにっ、めんどくさいって言ったの!?」

「いえ。でしたら、なおのことよく考えたほうがいいですよ。愛故に移ろう心ばかり見てきましたからね、人の思いほど変わりやすいものなんてないですよ……ですが」


 フォニの輪郭が曖昧になっていく。

 だけどフードの中から私を見る黒の瞳だけは、異様な輝きを放ちそれが、私の胸に何かを込み上げさせる。


「変わらないものもあると、そんな景色も見てみたいと思うのです。それを貴方が見せてくれることを願っています」

「私の思いはずっと変わらないっ! 私はヴァンのお父さんと彼を守るって約束したのっ! だから、今は無理でもいつか、ヴァンなら分かってくれるっ!」

「ですがお兄さんが迷った時は、貴方が希望になるんじゃなかったんですか」


 はっ、と蘇る情景は、花を差し出す幼い彼の無垢な笑み。


「愛に溺れる貴方にどうか、神のご加護を」

「――っえ、どういう意味!? フォニっ!」


 微笑んだと思ったら、闇に溶けて一瞬で消えた。

 へ、あ、なっ……なによっ、なによーーっ!

 また言いたいことだけ言って、置いてって!

 

 だいたい、神の加護って……誰が、私に。

 私が、私にしか、誰も私に奇跡を与えてくれる人なんていないっ。だから、私がやるしかないの!

 もういい!悪魔のお説教なんて聞きたくない!

 ふんだ、ふーんだっ!フォニの思い通りに私は、動かないんだから。

 でも、どうしてこの足も動かないのかな。

 私は……。


 私は、間違ってない。


 だって、そうでしょ。

 私以外誰もカルディアと戦えないんだよ。それにこうなったのは私の責任。

 大切な人を傷つけたくない。

 突き放した訳じゃない、この選択は最善だと誰だって分かるはず。

 

 なのに、一人で戦うことは譲れないと言った時の傷ついた彼の顔が蘇る。

 

 仕方ないんだよ。

 

 私に生きる希望を与えてくれた貴方。

 失ってしまったら、もう生きていけないよ。

 そばにいたいって、もっと近くに感じたいってそんな願望を優先している場合じゃないの。幸せを噛み締める資格は今の私にはない。

 フォニのいうことも……ちょぉっとだけなら分かるけど、過ちしかない。


 彼の部屋の窓を見つめる。


 もっと強かったら、貴方は安心して私を送り出してくれたかな。

 彼が一緒に戦いたい言うのは私が頼りないから。

 でも、さっきフォニに置いていかれると聞いた時に思ったのは、守りたいからそばにいたいって。


『君は何も分かってない。俺も君と同じ思いだってことを、どうして分かってくれないんだ』


 貴方の思いを突き放したのは、本当はなんだろう。


『素直にならないと、思ってるだけじゃ何も変わらないよ。相手はリナの事待ってはくれないんだから』


 ジュンちゃん、そう……言ってたな。

 

 そうだよね、これが私の弱さだよ。

 前と何も変わっていないことが……複雑だな。

 私の弱さは貴方を守り切る自信がないことだと思ってた。けど、差し出された手を取ろうとしないのは、私が強がりで意地っ張りで素直ではないから。


 貴方は私は私だって言ってくれたのに、ありがとうもいえてなかったね。

 このお守りの石、本当はお揃いにしたくて一緒のにしたんだよとも。

 昔会ったよって、貴方が私に希望をくれたんだよって……この本とってごめんねって言えなかった。


 ぐわっ、と胸に込み上げてきたものは後悔。

 その悔しさが目から溢れた。



『置いて行くのは、あなたの為ですか』

 

 そうだよ、フォニ。

 この選択は確かに自分のためだった。

 それでもみんなが傷ついてしまうことに耐えられないから、一人で戦うことは変えられない。

 変えられないけど、貴方とこれで最後になってしまったら……私は最後笑える?

 なんの思いを届けられなくて、これで本当によかったの?

 

 私は貴方に、何ができてたのかな。


 足は前に走り出す。

 帰る時はあんなにも重かった足は、今は軽くて。

 勢いよく開いた扉。

 静けさしかない部屋の中は、まだ彼が眠っていることを告げている。


「ねぇヴァン……私は」


 私は貴方に寄り添えてた?

 貴方は私をそばに感じてくれた?

 くれた思いは全部大丈夫だと突き放して、ありがとうと貴方の思いを受け取らなかった。

 ごめんね。謝りたい、今すぐ謝りたいよ。

 だからお願い、私を置いていかないで、嫌いにならないで。

 貴方が本当に大好きだから、失うことが怖かっただけなんだよ。


「ねぇ、ヴァ……泣いてるの」


 眠っている彼は穏やかだったのに、今は静かに涙を流している。

 何がそんなに悲しいの?

 ここにいるから、泣かないで。

 涙をすくい、ぎゅっと抱きしめる。

 そうだよね、そばにいるってこういうことなんだよね。

 貴方が悲しい時に寄り添えないのなら、どんな未来を描いてもきっと苦しい顔をさせ続けてしまう。

 

 だから……これでよかったんだよね。

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