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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第四章
109/111

108.あの日を追いかける

 瞼を開けると、真っ暗だった。

 見慣れた部屋の天井も、窓から漏れる街明かりも、君の顔も何も見えない。


 ……暗い。


 どうしてここに俺はいるのだろう。

 闇の中でも、はっきりと見える手のひらを見つめ考える。

 

 最後の記憶を呼び起こす。

 寝ないという決意のもと、ベッドの中でリナリアのことをひたすらに考えていた。

 俺の手の上に乗せるだけの小さな手。

 距離を取られているようで、思いが離れていくようで、満たされなくて握ろうとした。

 途端、彼女の温もりが全身に巡り出して……。

 ぼうっとし出す頭。

 肌触りの良い柔らかな布に包まれるような心地よさに落ち、今はただ途方もない暗闇の中にいる。

 

 だからこれはきっと、夢だ……夢!?

 しまった、寝てしまったのか!

 あぁもう何やってんだ!あんなに寝ないと、いや、むしろ眠くはなかった。

 過った可能性。

 ……まさか、彼女が?


 この闇のような深い落胆。

 胸を切りつけられたような痛みが、彼女への思いを霞ませ、更にこの状況が俺を追い詰める。

 何も見えない。

 何も触れられない、感じない。

 なのに心は冷たくて、寂しくて、苦しい。

 

 ここにいたくない。

 

 どうしたらこの夢から覚めるのか、抜け出せるのか。

 抜け出しても、もう彼女はそばにいないのか。


 変わらない景色の中をひたすらに走る。

 どこへ進んでいるのか、目覚めから遠ざかっているのかも分からない。

 誰もいない。

 誰もそばにいない、一人ぼっちだって……誰がそばにいなければ感じることのなかった孤独が襲う。


 

 どこかへ向かっていた足を止める。

 現実も……大して変わらなかった。

 訳も分からず両親を奪われ、自分は人とは違うからと隠れるように生きてきて。

 誰も信用せず、一人で生きて行くことが最善だと思っていた。父のように誰かに裏切られ殺される未来が見えたから。

 それでも、キルとカイトがそばにいてくれて、リナリアが好きだと言ってくれて。


 なのに、俺を置いて大切な人はどこかへ行ってしまう。

 だから、得るのが怖かったのに。

 闇の者である俺には、放つ瞬さに惹かれずにはいられなかった。

 

「――ン」


 声が聞こえた。


「ヴァン」


 闇の中、誰が俺を呼ぶ。

 幼子の声だが、聞き覚えのある懐かしい声。

 胸が熱くなる。

 そう、分かってる。この声は……。


「カイト」


 確信を持って顔を上げる。

 いつからそこにいたのだろう。幼き姿のカイトが、揺らぐ瞳で俺を見上げている。

 夢だと言うのに、感情が溢れ出る。

 自分の作り出した幻想だとしても、こうして会えたことが嬉しくて、悲しくて。

 いつも背を押してくれた友人は、なぜ今現れたのだろう。

 カイトが近寄ってくる。

 小さな手は俺の服の裾を引っ張り、不安げだった表情は消えにっこりと笑う。


「キルがね、蝶々見つけたよ。こっちだよ、着いてきて」

「……蝶?」


 なんだ、急に?

 でも既視感のようなそんな感覚。

 違う、そうだ。昔、キルが。


「おーい! こっちだっ! 早くしないと逃げちまうぞっ!」


 闇の先から飛んできた声。

 タモを持ち手を振っているキルも幼い姿。しかし、カイトの影よりも一層朧げ。

 

 最近会ったばかりなのに、どうしてこうも懐かしい気持ちに……。

 

 キルのさらに先に、一つ小さな光が現れる。

 それはふわふわと宙を浮遊し飛んでいく。


「ほら、早く」


 カイトが手を離し、キルの方へと駆け出していく。 

 これは……昔の思い出。

 キルが蝶を取りたいからと、付き合わされたあの日。見つけたからと、寝ていた俺をこうしてカイトが起こしてくれたんだ。

 何故今、あの時を見るのか。

 そんな事を考えていても答えは出るはずもなく、それよりも二人の姿がどんどんと離れていく。


 ま、待ってくれ!!


 二人は夢中で浮遊する光を追いかける。

 闇の中、全力で走って二人を追いかける。

 なのに、どうしてっ。

 どんなに懸命に走っても、距離が詰められない。


「キル、カイトっ!」


 叫んでも、二人は振り向きもしない。

 

 置いていかれる、置いていかないでくれ。

 

 走りながら浮遊する光へとキルが、タモを振り光を追いまわす。


 俺には、他に何もないんだ。

 

 キルが一回大きくタモを振る。

 網はその光を捉えて、二人はやっと足を止めた。

 網をぎゅっと握りながらキルはそれを掲げ、二人の弾んだ声が離れているのによく聞こえる。


「捕まえたぞっ!」

「よかったね、キル。わぁ、本当に綺麗な蝶々だね」

「だろっ! なんて蝶なんだろうな?」

「帰ったら図鑑で調べてみようよ。それよりもう見れたんだし、可哀想だから逃がしてあげよう」

「えぇ!? 嘘だろ! 俺は持って帰りたい」

「狭い籠の中に閉じ込めたら可哀想だよ。きっとすぐに死んじゃう」

「いや、でもなぁ~こんなに頑張ったのに」

「キル」

「……ちぇっ、分かったよ」


 キルは渋々掴んでいた網を離し、光を解放する。

 確かめるようにして網から出て昇っていく光を、二人は目を輝かせながら見上げている。


「知ってるか。蝶って希望の象徴なんだ」

「そうなんだ。なら尚更、自由にしてあげないとね」

「まぁ、そうか」


 もう少し、あと少しで追いつく。

 そんな二人へと手を伸ばすと、カイトがこちらを向く。

 その姿は最後、会話を交わした時のカイトのまま。

 夢なのか、それともカイトは本当に会いに来てくれたのか?そんな淡い期待に俺は声を上げる。


「カイトがリナリアのところへ導いてくれたのか!?」


 切なそうに微笑むだけで、カイトは何も答えない。

 蝶が二人の間を飛び、先に光が広がりだす。

 この光に入ったら目が覚めると直感した。

 だから……立ち止まろうとした。

 なのにカイトは、首を振る。


 眩い光が、闇を晴らす。


 細めた視界で見た二人。

 キルは上を見上げ、カイトはそんなキルのそばで真っ直ぐに俺を見ていた。


――風が吹くから――


 カイトがそう言ったのが聞こえた。

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