106.揺るがぬ決意
「そう……ミツカゲから、聞いたんだね」
あからさまに目を逸らし歯切れの悪いリナリアは、今から何を言われるか分かっている。
そうだ、言ってやる。
「一人で戦いたいそうだな」
「うん」
「何故俺は置いていかれる」
「……巻き込みたくないから」
「巻き込みたくない? 俺は、逆に巻き込まれたいんだが?」
「ダメだよ。ヴァンが傷つくところを私は見たくないの」
「――っ君だって傷つくだろ!? そもそもこんな大事な話を何故君ではなく、ミツカゲから聞かされなければならないんだっ」
「それは」
「今日君に会えなかったら、俺は反論すらできなかった。それを聞きたくないってことか」
「あのね、その……ごっ、ごめんなさい!」
「別に、謝ってほしいわけじゃ」
そうじゃないんだ、思い直してほしいだけだ。
なのに、本心に対して彼女の決意が揺らいでないと分かることが不毛なんだ。
叱られた子供のようにぎゅっと目を瞑っていたリナリアが、意を決したように目を開く。
「ミツカゲにお願いしたのは、私がヴァンに言い辛かったから。納得してくれないって分かってたから」
「だからって、なんの相談もなしに勝手に決めるのか」
「私はっ! ……私はのせいで傷つく人がいて欲しくないの。ずっとみんなを守らないとって思ってて、それは今も変わらない。これは私の責務なの」
分かってるさ、君は一人で背負い込もうとする人だってことは。そして、いつもその荷を分けようとしてくれないことが、俺を惨めにさせるんだ。
「君に責任をとってもらいたいなんて思ってない。君は何も分かってないっ! 俺も同じ思いだってことをどうして、分かってくれないんだ」
「……分かってるよ。でも、それでも私がやらないと。心配しないで、大丈夫だから」
ダメだ、全く聞く耳を持たない。
この頑固者っ!
「なんだそれは。そばにいると言ってくれたじゃないか」
「そばにいるよ、ずっとそばにいたいと思ってる。でも、これだけは譲れないの。私は一人でカルディアを倒す。お願いだからヴァンはこっちの世界に残って」
「リナリア」
さすがに、傷つく。
心が折れそうになる。
頼りないと言われているようでならない。
いや、実際そうなんだ。彼女が一緒に戦おうと言わない理由は、ずっと俺が非力だからだって分かっている。カイトの命と引き換えに生きながらえた俺に、誰が守れるというのか。
惨めで、悔しくて、情けなくて。
それでも彼女に願ってしまうのは、愛する君を守れるのは俺であってほしいんだ。
思いと現実は甚だしく乖離し、どうすることもできない。
「……ヴァンと一緒にいるために、少しだけそばにいられない。だからね、代わりにこれを」
リナリアはローブの中から何かを取り出し、それを両手の上に乗せ俺の前に差し出す。
雫のような形の淡い乳白色の石は、青色の美しい光の筋を放つ。細いチェーンが付けられており、長さからネックレスだろうか。
「これは」
「お守りだよ。ヴァンにもあげるって言ったでしょ? アクセサリーとかしないと思うけど、身につけてほしい。離れていても、必ずヴァンを守るから」
殺伐としていた胸に、春風のような柔らかな風が吹く。不覚にも浮ついてしまう。
彼女から贈り物を貰えるなんて、やっぱり嬉しいのだろう。
「君からもらったものならつける」
「あの、よかったら私がつけてもいい?」
「あぁ、頼む」
せっかくだしやってもらおう。
立ったままではやりにくいか。
背を向け立ち膝をする。
顔の横から手が伸び、リナリアが細い金属の紐をかけてくれる。首元に触れる温もりに、胸が音を立ててなる。
こんなに好きなのにな……なんてさっきまで落ち込んでいたくせに、我ながら自身の単純さには呆れてしまう。
さっとつけた感覚はあったのに、リナリアはそのまま手を止めている。
まだできないのか?
「どうした?」
「あっ、ごめんね。できたよ! どうかな?」
立ち上がって、彼女へ向き直る。
にこにこ笑っている彼女の顔に照れ臭くなり、視線を胸元に向ける。
首からぶら下がった彼女の祈りを手のひらに乗せ眺めると、思わず笑みがこぼれてしまう。
「ふふ、似合ってるよ」
「そうか、ありがとう。大切にする」
「……うん。ずっと、持っていてね。あとね! キルにも代わりのお守り用意したの」
「ああ、わざわざ」
「お守りがあんなことになって、心配だから」
「そう、だな」
まさか、俺と一緒じゃないよな?
想像する。
同じものを身につけたキル。
これ見よがしに俺の前で石を振り、お前俺と一緒じゃん、っとニヤニヤしながら揶揄ってくる。
なんというか……はっきり言って嫌だ。
「これと、同じなのか」
「ううん、違うよ」
リナリアはまたローブの中をごそごそと探ったあと、握った手を俺の前で開ける。
「これは」
「猫! 可愛いでしょ? この不貞腐れた感じがキルそっくりだと思って!」
猫の形に彫られた薄茶色の石。
可愛らしく造形されているが、よく見るとぶすっとして太々しい目をしている。
お守りって……なんでもいいんだな。
想像する。
これをもらったキルの顔は苦笑い。
全然似てないっ!とか言いそうだ。
リナリアはどうかな、っと期待の眼差しを向けてくる。ここは。
「喜ぶんじゃないか」
咄嗟に嘘をつく。
キルが聞いたら正気か、と言ってきそうだが、似ていると俺が援護すればいい。
「ヴァンがそう言ってくれるなら間違いないね。愛着が湧くと大切にしてくれると思うし……あとね」
「まだあるのか?」
「これは、みんなに」
「みんな? 隊の連中にか」
小さな手のひらには、透明な石。
数は、4つ。
グレミオとアル。カミュンにマリーか。
もしかしたらさっきカイリには、これを持たせたのかもしれない。
人数分揃えた石を見ていると、過った最悪に切なさが込み上げてくる。
「皆、喜ぶよ」
「だと、いいな。あのね、これ、ヴァンがみんなに渡してくれないかな」
「いや、せっかくならリナリアが渡せばいいじゃないか」
急に辺りが暗くなる。
月が雲に隠されたんだ。
ざぁっと葉を揺らす風が、彼女の髪を靡かせた。
口角を緩やかに下げ、光を止めていた瞳に影がかかる。
「私は……貴方の仲間の誰かを、斬らないといけないかもしれないから」
息を飲む。
非情な言葉は、覚悟の表れ。
悲壮感を瞳に見せる彼女は、このまま風に攫われてしまいそう。
そばにいてもいつの間にか消えてしまいそうな不安が、俺から言葉を奪う。
お願いね、っと彼女は力ない手に無理に石を握らせ、乱れた髪を耳にかる。
「……もういいかな」
「なにが」
「ミツカゲとトワの話は終わったかなって。私、そろそろ戻るよ。ヴァン、もう精霊には頼れないから気をつけてね。必ず、約束は守るから、待っていて」
いや、なに勝手に帰ろうとしてるんだ。
彼女を変えることはできないのなら、一人にならないようにそばにいるしかない。
もうこれしか俺が取る道はないんだ。
「そうだな。精霊が使えないのなら、何かあっても分からないな」
「そう、だけど。どうして手を掴むの?」
「もう少しそばにいたい」
少し、その少しを伸ばしていくんだ。
「そ、そう? ……じゃぁ、もう少しここにいようかな。あそこに座って」
逃げるようにベンチの方へ向かうリナリアの手を引っ張り、俺は反対の方へ進む。
「え、どこいくの?」
「家」
「お家? ――っまさか、ヴァンの!?」
「それ以外ないだろ」
「ええーっ!! あの、でもねっ! その、心の準備が」
「前も来ただろ」
「そうだけど! でも二人だよ!」
「それはそうだ。前もそうだったろ」
「そうだけどっ!」
ぐっと後ろに手を引かれる。
「急に、どうしたの」
繋いだ彼女の熱が、俺に伝染する。
それに、自分の中の秘めた思いに気づいた。
そばにいるだけなら確かにここにいてもいいんだけどな。
トワに帰さないといったことも家へ招くことも、全てを彼女から切り離したいからだ。
彼女には俺が必要だと感じたい。
どれだけ君の思いを聞いても、もっとと欲する欲求のせいで満たされない。
俺だけを見て、彼女の思いを言葉だけでなくこの身でも実感したい。
もっと近くに、そばにいて。
この不安を消して、君には俺だけだって分からせてくれ。
「これは俺の、我儘だ。それにそばにいてくれれば、精霊なんて必要ないって言ったろ」
「でも、帰らないと二人が心配するから」
「その必要はない」
「なんでっ!?」
「ほら、行くぞ」
ええっ!?と声を上げはするが、手を引くと意外にすんなりとついてきてくれる。
「むー、じゃぁちょっとだけお邪魔させてもらいます」
「少しじゃなくて、ずっといてくれてもいい」
「なっ、何言ってるの!」
「そうだ、シュークリーム買っていくか? まだ売ってるか分からないが、一緒に食べるって約束したろ」
繋いだ手が一瞬強張る。
「ううん、また今度にする! 全部終わったらの楽しみにしようと思って!」
「……そうか」
リナリアは弾んだ声で返事をくれる。
気づかれないようにそっと彼女を見ると、悲しそうな顔で笑っていた。
空元気なんかして、まったく。
隠さなくても分かるんだから、話してくれればいいのに。そうやって君は俺を遠ざけていく。




