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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第四章
105/111

104.風に呼ばれて

 急いでミツカゲを追う。

 角を曲がった先は闇が広がるばかりで姿はない。

 しまった、見失った!

 リナリアのところへ向かったのだろうが、行き先は俺には分からないのにっ。

 あいつのことなんて無視すればよかったなんて、今は嘆いていても仕方ない。とにかく急がないと。

 当てはないが路地の中を駆ける。

 心臓が跳ね、あがる息は不安のせい。

 胸が押しつぶされそうになる。


 どうか無事でいてくれ。


 祈ることしかできない恐怖は、感覚を狂わせる。

 路地からはすぐに抜け出せるはずなのに、まるで迷宮に迷い込んだかのように長く感じる。

 二度と会えない、遠く離れてしまうそんな思いが膨れ上がる。

 何度目かの角を曲がると淡い光と通りが見えた。ようやくと思った矢先にその手前、行手を阻むように佇む人影。

 あれは……ミツカゲか!?

 先に行ったと思っていたのに。


「どうした」


 近づき声をかけても、再び動き出す様子も返答もない。

 追いつけたのはよかったが、どうやら待っていたというわけではなさそうだ。

 なら何をしている?

 こうしている間にも、彼女が危険な目にあっているかもしれないというのに。何もしないこいつに苛立ちが募る。


「おいっ!」

「……精霊の声が、聞こえぬ」

「なに? どういうことだ」


 ミツカゲの顔色が蒼白し、絶望に濡れてゆく。

 それに自身の鼓動も更に早くなる。

 それは、つまり。


「リナリアが何処にいるか分からないのか?」

「まさか、このようなことになるとは……しかし、一体なぜ」

「なら俺たちは彼女が危ないかもしれないのに、助けに行くことができないのかっ!?」

「――っ黙っていろっ!」


 怒りに任せたミツカゲの叫びが辺りに響く。

 虚しく、誰にも届くことのない声は何を為すこともない。


 何もできないのか?

 守ると、約束したのに……。

 

 押し寄せる後悔は、何度目だろう。

 こんなところに、いるんじゃなかった。

 そばにいればよかった。

 すぐリナリアの元へ行けば、最後の印をつけるまでそばに……印?そうだっ!


「最後の場所は何処なんだ!?」

「なにっ」

「印をつけた場所だっ! リナリアはまだそこにいるかもし」


 話の途中で気づいたミツカゲは、飛び出すように勢いよく走り出す。

 そこにいるかは分からないが、ここで悩んでいるよりもましだ。いなくともすれ違うかもしれない。可能性はある。今はそんな希望に賭けるしかない。





 人気のない住宅地を抜けると、先ほどよりも灯りに包まれる街並みに人が増え騒音が聞こえ出す。

 呑気に歩いている人を避けることもせずにミツカゲは進み、そのあとを喰らいつくように追う。見失わないようにとするばかりで、ぶつかる人にら謝罪する余裕はない。

 早いっ、視界から外れたらもう……。

 ふいに前方を行くミツカゲの前に人影が現れる。

 ミツカゲは、そいつとぶつかる形になるがよろけた相手が倒れそうになるのを両肩を掴み支えた。

 

「――っトワっ!」


 なんだって!?

 ミツカゲの叫びは、胸に希望を灯した。

 近くに駆け寄り確認する。

 目ぶかに被るフードの裾からは、褐色の肌と薄紅の瞳。間違いなくトワなのだが顔色は優れてないように見え、いつも凛とした瞳も弱々しいし覇気がない。

 灯った希望は揺らぐ。

 急いで辺りを見渡す。

 リナリアの姿がない。

 一緒に、いないのか。


「トワ、何があった!? リナリア様は!?」

「すみません、ミツカゲ」

「なっ! どう言うことだっ! リナリア様はどこにいる!?」


 ミツカゲの怒声に、周囲の視線がちらちらと集まる

。あまり注目されるのは避けたいが、それを気にする余裕は今はない。トワはきゅっと口惜しそうに唇を噛み締める。


「印が完成したので、そちらへ向かう途中に会ってしまったのです。そして、リナリア様はあの人を追っていってしまいました」

「なに! 誰を追っていったのだ!?」


 トワは弱々しく首をもたげると、張り詰めた視線で俺を見る。


「貴方の仲間です」


 誰と言わなくても、ピンと来た。あの中で今一番注意している人物。


「カイリか」

「えぇ」


 よりによって、どうして。

 カイリが怪しいことはリナリアも知っているはずだろっ……いや、だからこそなのか。


「何故だっ! あの女には精霊をつけているだろう! 何故避けられなかった!?」

「突然精霊の声が聞こえなくなってしまい、まさか近くにいたとは不覚でした」

「お前まで、一体何が起こっている!?」

「分かりません。分かりませんが……何かがあの方の逆鱗に触れてしまった」


 体だけではなく、トワの声は恐怖に震えていた。

 捲し立てていたミツカゲも息を飲む。

 あの方って、誰のことなんだ……管理者か?


「何故リナリア様一人で、追跡を許したのだ」

「不甲斐ない話です。あの方の逆鱗が私にも影響してしまい、今は力を使いこなすことが困難……そんな私ではリナリア様を止めることができなきったのです。ですから、せめて貴方に伝えようと、祈るようにここまで……お願いです、リナリア様を探して」


 すとんとその場に落ち、トワは座り込む。

 見た目以上に弱っている。息も荒々しく、ここまで来るのも必死な思いだったのだろう。

 トワの衰弱した様子が、彼女の思いにさらに火をつけたのかは分からないが、一人でかたをつける気なのは間違いない。

 印も完成し、腕輪はリナリアが所持している。

 そこへカイリが現れれば、彼女だったら行ってしまう。

 

 だが、そんなこと、俺は認められらないっ。


 精霊のこと、気になることは山ほどあるが、今は一刻も早くリナリアの元へ行かなければ。

 

「カイリはどこへ向かった」

「……町の南の方へ向かっていましたが、そこからどこへ行ったのかまでは」

「くそっ! それだけでは、分からないではないかっ!」


 ミツカゲの言う通り、それだけじゃ分からない。

 どうしたら、どうしたらいい?

 これといったいい案は思いつかない。

 とりあえず手分けして、探すしかないのか?

 しかし、こんな状態のトワは数に入れられない。

 ミツカゲと二人……それで、間に合うのか?

 

 もし、手遅れになってしまったら。

 

 沸き立つ焦燥が、俺に彼女への不満を言わさせる。

 どうしていつも、一人で。

 そんなにも俺は頼りないのか、信用ならないのだろうか。

 それでも約束したじゃないか、そばにいてくれるって……俺を置いていかないでくれ。


「リナリア……どこにいるんだ」


 風が吹く。


 町中を吹き抜けていく突風に、周囲の人々が騒めく。それに荒ぶる感情を攫われた俺は、乱される前髪の間から見える風景を茫然と眺める。なんだろう、色が鮮明に。


「ちょっといいですかね」


 声をかけられた方をちらりと見ると、警備隊らしき男たち。それを無視し俺は、夜空へと顔を向ける。

 見えない星が現れていくような、意識が洗礼されていく感覚がし目を奪われる。


「なんだ貴様らは」

「女性を怒鳴りつけているって通報があってね。痴話喧嘩? ここでやられちゃ迷惑だよ」

「なんだとっ!」

「……そちらの人、具合悪そうだけど大丈夫なの? 一応話だけ聞かせてもらえる?」

「ふざけるなっ! 貴様らの相手など、そんな場合ではないっ!」

「こっちもね、大変なんだよ。ほら、昨日から騒ぎが立て続けで起こってるでしょ? まぁ簡単でいいからさ、間違っても加護の力を使おうとしないでくれよ」


 ミツカゲの怒気を孕む声も、警備隊の男の覇気のない声もくぐもって聞こえる。

 ずっと風が吹いている。

 俺を……呼んでいる気がする。


『この風がきっと……応えてくれるでしょう』


 ふいにフォニの言葉が、頭の中に蘇る。



 体が跳ねる。

 次に俺は駆け出していた。



「おいっ! 貴様どこへ」

「ちょっ! ってあれ、貴方は」


 ミツカゲの問いには答えられない。

 俺もどこへ行くのか分からない……だけど。


 ずっと風が吹いている。

 追い風は背を押し、抜けた風は先を示す。

 呼んでいる、導いてくれている。

 不思議な気分だ。

 不安の中に、妙な高揚感が入り混じる。

 誰が呼んでいるかと追求する余裕もなく無我夢中で、何もない虚空を見上げながら走り続けた。

 届かないものに、手を伸ばすように。

 ひたすらに追い求めるように。






 薄暗い灯りが窓から漏れる家々の中、辿り着いた場所。

 乱れた呼吸を整えながらそこを見つめる。

 緑が生い茂り、煉瓦の道沿いには季節の花を咲かせ、昼間には人々が散歩を楽しんだりする憩いの場所。

 ここで、前リナリアと話しをしたな。

 その時に俺の母は悪魔だと知り、俺自身もその血を引いているのだと知った。

 反対にあの時の君は、自身が神の半身だなんて知らなかったな。

 騒めく木々の音が、思考を遮断させ成すべきことを呼び起こさせる。

 ここにリナリアはいるのか?

 煉瓦の道に足を踏み入れ先へ進む。

 まだここへ入って時間は経っていないが、人影が見当たらない。この時間であればいつもは多少人がいるはずなのに。

 街灯が点々と立ちうっすらと淡く照らされる道は、どこか不気味で胸騒ぎがする。

 視界の先に人影が見えた。

 街灯の下のベンチに一人は腰をかけ、もう一人はそばで見下ろすように立っている。

 あれはっ!

 

「リナリアっ!」


 彼女だと確信した時には名を叫んでいた。

 行かないでと、引き戻すように。


「――っ! ヴァン!?」


 振り向いたリナリアは目を丸くたあと、ゆるゆると瞳を歪めどうして、っと呟く。

 その意味を汲むことよりも怪我をしていないこと、生きていること、間に合ったこと。それを確認できた時、一気に安堵が胸に広がる。衝動は止められなかった。

 

「無事で……本当によかった」


 彼女を抱きしめる。

 怖かった。間に合わなかったらと、最後だったらと思うと……。

 きつく抱きしめる彼女は温かく確かにここにいると実感でき、こんな時なのにたまらなく幸福を感じた。


 ――視線。

 

 顔を上げると目の前にカイリの顔。


「カイリ」


 椅子から立ち上がって、唖然とこちらを見ているカイリ。言葉が詰まる。言い訳や、追求そんな言葉は、ぽっかりと穴が空いたような瞳に呑み込まれてしまう。

 カイリの口角だけがにっと釣り上がる。

 顔に手をあて笑い出す。

 

「ふふ、あははっ!」


 一瞬、目の前にいるのが誰なのか分からなかった。

 いつも笑顔を絶やさない、よく人を見て世話焼きな人だった。なのに今は、相手を思いやる心を持つカイリの片鱗すらどこにも見ることができなかった。

 嘲笑う声だけが、この場に響く。 


「カイリさんっ!」


 飛び出そうとする彼女の腕を咄嗟に掴む。


「ヴァンっ!」

 

 失うことに怯える、泣いてしまいそうな瞳。そんな悲しい目が俺を奮い立たせようとする。

 

 カイリを見据える。

 笑っているのにどこか悲しく、叫びにも似たようなそんな高笑いを壊れたようにし続ける。

 

 すまない。君がカルディアであっても、俺は……。


 リナリアの手を引き、後ろに立たせ……グリップに手をかける。


「まっ、待って。ヴァンはここから離れて」


 背にしがみつく彼女の言葉が届いたのか、カイリはピタリと笑うのを止めゆっくりと手を退ける。

 そこには能面のように凍てついた顔。


「嘘つき。やっぱりそうじゃない」

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