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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第四章
104/111

103.悪魔の助言②

 希望のない世界で俺が手にしたものはあまりにも少ないというのに。

 それなのになぜこうも掌からこぼれ落ちてしまうのだろう。掴んだ一握りですら掴めないのだとしたら、この手は一体何のために……。


「酷い顔ですね。やはりお兄さんにとってご友人は特別な存在なのですね」


 怒りが体を蝕んでいく。

 お前が俺から奪ったくせにっ。

 お前が、お前さえいなければ……。

 

 殺したいっ。

 

 その衝動は津波のように押し寄せるのに、グリップを握るひ弱な手だけしか見つめることができない。

 それは迷いが生じたことへの罪悪感と自己嫌悪からの落胆。

 カイトを見捨てられない。

 だが、その為にはリナリアが犠牲にならなければならない。

 嫌だ。

 それは絶対に受け入れられない。

 

「知らなければ、このような葛藤を味わうことはなかったのですよ。ただ覚悟を持って選んだ道を、突き進めばよかっただけなのですから」


 知らなかった未来を想像し身が震えた。

 リナリアを救い共に生きれる未来を得た喜びの裏で俺は、カイトをまた殺してしまっていたんだ。

 どうしたらいい、一体俺はどうすれば……。


「リナリアも真実を知りったらどう思うのでしょうか。仮に父さんを討ち望む世界が訪れたとしましょう。ですが、天への道が閉ざされたこの世界はいづれ終わりが訪れる。そこで彼女が永遠に生き続けることを選ぶとは僕には思えない。やはり貴方には何か考えがあるのでしょうね」


 俯瞰するような目でフォニは問うが、ミツカゲは警戒するばかりで答えようとはしない。

 考えってなんだ?

 ミツカゲは何を考えている……。

 もし二人を救う道があるのなら教えて欲しい。

 だが、俺の懇願やフォニの期待に反して、ミツカゲは沈黙を破ろうとはしない。話が進まないことに業を煮やしたのか、鬱陶しそうにフォニは首を振る。

 

「やれやれ、ならばこの世界の存在を教えてくれませんか? 加護という異質な力を扱える人間、そして天への道が閉ざされているというのに未だ世界の命は巡っている。何故なんです?」

「次から次へと、それを知ってカルディアに告げ口でもするつもりか」

「いいえ、これは僕の好奇心です。決してカルディアを助けるために情報を収集しているわけではありませんよ」

「はっ、嘘をつくならもう少しましな理由を用意しておくのだな。誰が悪魔のいうことに耳を貸すか」

「ふふ、おかしなことを言いますね。僕の助言で貴方はカルディアを探しているというのに」

「――くっ」


 正論だ。

 今思えば、こいつを信じてよかったのか?

 こいつに騙されて、カイトは死んでしまったというのに。


「僕は何も喋りません。だからカルディアも困惑しているでしょう」

「どういう意味だ」

「貴方たちがどこまで知っていて、何をしようとしているのか僕はカルディアに伝えていません。まぁ、僕自身なにも知りませんからね」


 フォニはさっきからよく喋る。

 こいつの目的はなんだ?

 俺たちには何もできないと鷹を括り、足掻いている様子を楽しむ愉快犯か。

 悪魔らしい趣向だが、カルディアも同じ状況に立たせているのは……ダメだ、カイトのことで頭がうまく回らない。

 

「同じ悪魔から生まれた存在であるのに何故黙っている。奴の手足として動くだけの貴様に、思惑と外れる行動は用意されていないはずだ」

「……」

「それとも貴様には奴に離反できる自我があるとでもいうのか」

「……まったく本当に貴方は、嫌なことを言う人ですね。僕にはまだその答えが」

 

 フォニの瞳からふっと光が消える。

 こいつの違和感は目の光だけだと思っていたが、言葉を飲み込んだフォニから初めて感情という揺らぎを感じた。

 結んだ口からは戸惑いを。

 逸らしたいものと向き合おうとするような険しい瞳から、一言では言い表せない複雑な思い。

 お兄さん、っとフォニが呼ぶ。


「全てを知らない僕でも、この強い拒絶を見れば大方予想はつきます。それも、理解ができない。僕は言いました、リナリアを思うその心は身に流れる血のせい、父さんのせいだと。それなのに何故己を信じることができたのか。リナリアにとってお兄さんこそが、彼女を彼女でいさせる。ならばお兄さんの場合はなんだったのでしょうか」


 ふざけたことを、そんなこと今関係ないだろっ。

 俺が俺を信じた理由は散々悩んできたが、それをわざわざこいつに教えてやる必要はないし言いたくもない。

 ただ一つ、言えることは。


「お前には分からない。奴の手のひらで殺戮を犯しているような空っぽのお前なんかにな」

「それは遠回しに答えを出していないということなのですか?」

「わざわざお前に言いたくないだけだ」

「そうですか。確かに僕は父さんの意思によって、数え切れないほどの命を奪って来ました。ですが、それはお兄さんにも言えることでは?」

「なんだとっ」

「リナリアの覚悟を揺るがすことができるのはお兄さんしかいません……あの時彼女に希望を見せた貴方にしか」


 いつの話だ?

 彼女を説得した時のことか?いや、それよりも前のような言い方だが今思い当たることはない。


「生きる道を選ばせた結果、世界は危機に陥りました。今ルゥレリアを呼べば救われた大勢の命は虚となり、あなた方の手の中です。ならばこの選択になんの罪はないと?」

「それは」

「リナリアを救うことは父のせい、マリャのせい。全ては不遇の運命に翻弄された結果と言えた方が楽なのでは?」


 確かに他人のせいにすれば楽であろう。

 だがそれは同時に俺を否定してしまう。

 彼女を救うと決めたのは、抱いた思いは俺自身のものだと信じている。


「誰のものでもない、これは俺自身の選択だ。そしていづれ自分の犯した罪の罰を受ける」

 

 唖然とし目を丸くしていたフォニは、ふふっと声を漏らしたあとなるほど、っと呟く。

 そして、何気なくぎゅっと胸元の絵を握り込んだ。


「そうですよね、僕は殺戮をしてきた悪魔だということを忘れてましたよ」

「貴様、今更何を言っている」


 纏う空気に僅かに悪意が混ざる。

 ミツカゲは身構え、少し遅れて俺も戦闘の体制をとる。

 薄気味悪い笑みを浮かべ始めたフォニは、それを隠すように長い袖に覆われた手を口元に当てる。


「秘密を教えてくれないのなら黙っていましたが、今の話リナリアにしましょうか」

「なんだとっ!」


 ミツカゲは構えを崩し大声を上げる。

 こいつ、嫌なところから攻めてきた。


「この悪魔めっ!」

「えぇ、僕は悪魔です。ですが僕がリナリアに伝える前に、お兄さんが話してしまう可能性もありますよね」

「なっ」


 勢いよく振り返ったミツカゲと目が合う。

 まさに鬼気迫るといった、切迫した表情。


「貴様」

「いや、俺は」

 

 俺を責め立て、軽蔑し威圧の色を見せる瞳。

 そんな目で見ないでくれ。

 絶対を彼女に失いたくない、守り切るという気持ちに変わりはない。だがカイトを犠牲にすることもできない……だから。


「策があるのなら教えてくれないか。この現状を打開する策があるのなら」


 フォニに知られるのは不服だが、ここまできたら話すしかない。それにその案が俺にとって最善なものになるとも限らないのだから。

 ミツカゲは顔を下げ苦々しい表情でちっ、と舌打ちをするとフォニへと顔を向ける。


「……リナリア様が、神になるのだ」


 神?何だそれは?

 糸を這っていたような空気は揺らぎ、そこへフォニの落胆するため息が混じる。

 

「何を言ってるのですか? リナリアはルゥレリアの半身、紛い物であっても神と言って過言ではない力を有しているのですよ。貴方自身もそう思っていることでしょう」


 確かにフォニの言う通りだ。

 リナリアの生い立ちを知れば、神だといって誰も不自然には思わないだろう。なのに神になるってどういうことだ?


「命が循環している理由は、この世界には貴様が知らぬ神が存在し管理しているからだ。管理者ができるならば、本来の力を取り戻したリナリア様ならば造作もないこと。リナリア様がこの世界の神になれば、全て解決する」

「全てですか?」

「愚者の友も、そして滅びへ向かう世界も救うことがきっと可能だ」


 なるほど。悪魔を倒しリナリアから母が消えれば本来の力を取り戻せる。

 そうすれば何の制約もなくあちらの世界へ行けるし、管理者が行っていた命の循環もできるということか。

 不満はない。

 管理者は俺を許しはしないだろうがそれでもいい。リナリアとカイトが救われてくれさえすれば。しかしリナリアは、後にこの事実を知った時どう思うだろうか。


「なるほど。それは素晴らしい打開策ですね。これでお兄さんのお友達も救われるかもしれませね。しかし懸念すべきは、それをリナリアは受け入れかどうか?」

「受け入れる」

「根拠は」

「図に乗るなよ。これ以上は話すつもりはない」


 納得できない様子のフォニと目が合う。

 見定めるような目でじっと俺を見たあと、瞼を閉じふっと笑みをこぼす。不快だ。


「いいでしょう。確かに知りたいことは知ることができましたから。リナリアにも秘密にしておきますよ」

「ならば、即刻この場から」

 

 ――ドンッ。

 

 音はない。

 だが、それを感じるほどの重く潰れるような圧がいきなり上から落ちてきた。

 息が一瞬止まり、体が硬直する。

 皮膚がひりつき、心臓を掴まれたような恐怖から溶け出した体は震え出す。

 動く視界だけで、急いで辺りを見渡す。

 静まり返るこの場の光景に変化はない。

 微動だにしないミツカゲの背。

 よく口を動かしていたフォニも、鋭い眼光を横目に何かを感じるようにしているだけだ。

 徐々に恐怖の呪縛から体が解放され始める。

 

「なんだ、今のは」

「分からぬ」


 ミツカゲにも分からない。

 だが、とても嫌な感じだ。

 激しい憎悪と怒り。そして、殺意を一身に浴びたそんな感じが。


「リナリアの元へ急いだ方がいいかもしれませんね」

「なにっ! まさかカルディアか!?」

「さて、どうでしょうか」


 フォニは変わらず何かを探るような視線で辺りに気を配っている。

 ミツカゲが走り出す。


「行くぞっ!」

「お、おい!」

「お兄さんっ!」


 なんだ!こっちは急いでるんだぞっ!

 足を止め振り返るとフォニは呑気に空を見上げていた。

 ああ、まったくっ!

 無視をすればよかった。ミツカゲを見失ってしまったら、俺ではリナリアのところへ行くことができないっていうのに。

 微風に揺られるフードの裾からおもむろにこちらを見る眼光は、俺を見ているようで見ていない。

 そういえばミツカゲも、さっきそんな目をしていた。こいつらは一体何を見据えているのか……。


「お兄さんに会うといつも嫌な風が吹く」

「なっ、こんなときになんの話だっ!」

「僕を威嚇し拒絶するそんな風です。気づいていましたか? この風がきっと……応えてくれるでしょう」


 そう言うと闇がフォニの周りに蔓延りそして呑まれ消える。

 まるで夢だったかのように何も残さず。


 ……風?


 どうだったか、そんな記憶は……いや、考えるのはあとだっ!

 ミツカゲに追いつけるか!?

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